告白
夕飯が済んでからの私は、ずっとそわそわしていた。何をしていても携帯ばかりが気になる。
(そんなにすぐかかってくるわけない。今日来るかどうか……。もしかしたら、ずっと来ないかもしれないのに。焦るな、焦るな)
頭ではそう思っていても、私の右手は落ち着きなく携帯を弄んでいた。
しばらくそうしていると、着信音が鳴った。開いてままの携帯の画面には、知らない番号が表示されている。一気に速まる心臓の鼓動。少し間をとって気持ちを落ち着かせてから、意を決して通話ボタンを押し携帯を耳に当てた。
「──もしもし?」
「あ、もしもし? 教習所の葉山です」
ひと呼吸置いた甲斐もなく、頭の中が真っ白になった。自分で『連絡下さい』なんて書いたくせに、いざかかってくるとやはり動揺する。変な間が空いたのだろう、先生が「もしもし?」と私の返事を促す。
「……あっ! 先生、びっくりです〜」
「いやいや、こっちのがびっくりですよ」
笑って言う先生の笑顔が想像できるほど、声だけでも優しい雰囲気は変わらない。それだけに、耳元で声を聞いていると急に親密になったような気がして、話すうちにだんだん気恥ずかしくなってきた。私は耐えられなくなって、自分勝手だとは思いつつも言った。
「すいません……。なんだか電話、恥ずかしくなってきちゃったんで、メールにしてもらってもいいですか……?」
「ええ、いいですよ」
先生は気を悪くした様子もなく、電話を切ったあとすぐにメールをくれた。その後メールのやりとりが何度か続いたが、気が付くともう日付が変わろうとしていた。先生は明日も仕事のようだし、主婦の朝も早い。お互いに『おやすみなさい』と送り合って、この日はメールを終えた。
本当はもっと続けたかった……でも、嬉しかった。気分が高揚してなかなか寝付けず、いつの間にか窓の外では朝日が昇り始めていた。
それからというもの、私たちは毎日メールのやりとりをし、時には電話もした。その日ごとの他愛もない出来事の話ばかりだったが、先生と言葉を交わしているだけで楽しかった。
教習所内では秘密にしている。『教官と生徒が必要以上の交流を持つのは、所内の心証がよくないから……』と先生に言われたからだ。先生に迷惑が掛かってはいけないので、私は素直に聞き入れた。
教習所で先生を見つけても声を掛けたりせず、たまに目が合うとお互いにぎこちなく笑顔を作る──。少し恥ずかしくもあり、けれど秘密を共有しているという小さな優越感を感じられる、その瞬間が嬉しくもあった。
最初の電話から数日後、私は今回の恋で二度目の決心をする。──告白。
今まで想いを言葉にしなかったのは、まだひと目惚れという感覚に充分な自信を持てていなかったから。しかし、この数日で自分の直感は正しかったと思えるようになり、教習所を卒業する前に想いを伝えようと決心したのだ。
メールを送る時間は、いつも大体同じ時間帯だ。先生は『今日も来た』程度に思うだろう。本当は電話で言いたいのだが、きっとまともに伝えられないし、雰囲気が重くなってしまうのも避けたかった。
断られることが前提なら、受けるショックはなるべく少ないほうがいい。……要するに、それが怖かっただけ。
(ダメダメ、言う前からそんなんじゃ……。でも軽めに言えば、先生も困らないよね)
一度大きく深呼吸してから、『今日もお疲れ様です!』とメールを送る。そしていつもと変わらないやりとりが始まり、何度目かの返事で私はこう打った。
『私、先生のことすきですよ! 今も会いたいです♪』
かなりの不意打ちだったと思う。送ったあとにそれまでのメールを見返してみると、驚かせようとしているみたいで少しおかしかった。だがそれも一瞬だけで、あとは来たるべき返事に対しての心の準備をしていた。──もちろん、否定的な返事に対しての。
……やはり、なかなか返事が来ない。考えさせてしまうのはわかっていたが、それでも返事を待っている時間はつらかった。答えは出ているようなものだから……。
今まで先生と交わしたメールを見返していたが、三十分ほど経ったところで諦めて携帯をベッドに置く。それとほぼ同時にメールが届いたが、携帯を開いて『葉山先生』という表示を見てもまったくテンションが上がらなかった。
(きっと、なんて断ろうか考えてて時間かかったんだろうな……)
そんなふうにしか思えず、先生がこれ以上困らないような返事を考えながら返信メールを読み始めた。
『お互いのこと、まだ何も知らないし……。
でも、人を好きになるタイミングは人それぞれ違うと思うので、
気持ちはとても嬉しいです。
よければ、教習所を卒業したらどこか遊びに行きましょう。』
(──えっ? これって……)
すぐに内容が理解できなかった。必要以上に時間をかけてようやくメールの意味が頭全体に浸透すると、体からふつふつと喜びが沸き上がってくる。
否定的じゃない、むしろ肯定的といえるその内容に、私は目を潤ませた。嬉しくてたまらなかった。その喜びをメールに打って返す。さっきまでの無感情な自分はどこかに消え、別人のように浮ついた気持ちの私がいた。
(早く卒業したい! 免許も絶対、一回で取ってやる!)
俄然やる気になった私はその夜、いつもよりぐっすりと眠りについた。