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ダメ女のエール ~笑顔のキセキ~  作者: F'sy
第二章・恋愛
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アプローチ大作戦

 翌日の日曜日。珍しく休みだった父に子供の世話を任せて、昼から教習所へ行くことにした。

 いつものようにお気に入りの曲を聴きながら、自転車を走らせる。まだまだ暑い日が続いている九月末。燦々と輝く太陽に照りつけられて汗だくになるが、途中にある大きな橋を下る時に正面から受ける風は爽やかで、ほんの少しだけ暑さを紛らわせてくれる。

 しかし今日は、初めから暑さなど気にならなかった。お気に入りの曲も耳に入ってこず、運転を楽しみにしている自分もそこにはいなかった。一部分だけ切り取った歌詞を自転車のペダルでリピートさせているように、手紙を渡す時のために用意したセリフが頭の中いっぱいに巡っていたから──。


 教習所に着くと、私の目は真っ先に葉山先生を探す。この行動はすでに習慣のようなもので、今見つけたからといってここで手紙を渡そうというわけではない。今日の私はかなり慎重だ。せっかく立てた作戦を無闇に変更するつもりはない。

 今の時間は授業がなかったらしく、葉山先生はロビーの奥で他の先生と談笑していた。先生が休みではないことを確認し、乗車表を見に向かう。

(神様、お願い! 今日は絶対、先生の車に乗らせて……!)

 ……祈るだけ無駄だった。神様に文句を言いたくなった──実際、心の中ではかなり言った──が、仕方なく作戦を変えて授業の合間に渡せるチャンスを窺うことにした。


 しかし、慎重になりすぎて何度かあったタイミングを逃し、結局渡せずにこの日の授業をすべて終えてしまった。今日最後の授業で乗っていた車から降りた私は、ため息をつきながら建物の中へ戻り、ロビーにあるソファに座ってぼんやりと外を眺めていた。

(次にしようかな……)

 白から赤へと色を変えた太陽が少しずつ遠くの建物たちに吸い込まれるにつれ、昼間は高まっていたはずの私の気持ちもそれと同じように沈んでゆく。


 ──いけない、と思い直す。絶対に今日渡すと決めたんだ。それに、運のない自分のこと……。ましてやここに来ること自体が残り少ないのに、また先生に当たる可能性に賭けるのは無謀だ。今、渡してしまおう。


 勢いよく立ち上がった私は、ロビーと教習コースを隔てているガラス扉越しから葉山先生の姿を探した。少し離れた所に、車の脇で教習簿のチェックをしている先生が見える。私は先生のもとへ駆け寄り、勇気を出して声を掛けた。

「あ、あの……葉山先生」

「はい?」

 久しぶりに間近で見る、先生の顔。

(あ〜、やっぱカッコいいなぁ〜♪ ……じゃなくて!)

「えっと……」

 話を切り出そうとしてあたりに目をやると、他の先生や生徒たちが次々と私たちの横を通ってゆく。時計を見てそろそろ授業の時間だと気付いた私は、仕方なく場所を変えることにした。

「……次の休憩の時、少し……お時間いただけますか? ちょっと、お話ししたいことがあるんですけど……」

「? ──ええ、いいですよ」

「じゃあ、えと……自販機の前でいいですか……?」

「わかりました。じゃあ、のちほど」

 私は「ありがとうございます」とお礼を言い、ロビーへ戻った。

(……ふぅ。とりあえず第一段階クリア。でも、手紙渡すだけなのに話があるなんて言っちゃったけど……ま、いっか!)

 安心するとつい、いい加減さが顔を出す。昔からの悪い癖だが、そんな自分も嫌いじゃない。


 授業が終わるまでは一時間ほどかかる。先生を待つ間、見直す必要のない手紙を何度も見直しながらロビーのソファに座っていた。正面に見える柱に掛かっている時計の、チッ、チッ、チッ、……という一定のリズムで刻まれ続ける音が、少しずつ緊張感を高めてゆく。


 実際よりもだいぶ長く感じられた一時間は、ようやく授業終了時刻に差し掛かろうとしている。ふぅっ、と軽く息を吐いてソファから腰を上げ、ロビーの隅にある自動販売機へ向かった。

 授業終了のチャイムが鳴るとロビーは人で溢れるが、その中でもここは比較的人目を避けられる位置にある。しかし、この時間にかぎって自動販売機を利用する人が多かったら……と不安に駆られていると、誰かがこちらへ歩いてくるのが見えた。──葉山先生だ。あとに続く人影は……ない。ほっとした。

「お待たせしました」

 優しい笑顔で言う先生。この笑顔を見るだけでドキドキする。

「いえ、全然っ。……先生、これっ」

 ヨウちゃんのアドバイスを受け、考えに考えた手紙の内容は……携帯番号とメールアドレス、名前、『連絡下さい』のひと言。さんざん悩んで、結局これだけ。後日、ヨウちゃんに結果報告とともに手紙の内容を話した時、すかさず「それだけかよ!」とツッコまれたのは言うまでもない。

 さらに、人目に付くことを恐れるあまり早くこの場を去ろうとして、覚えてきたセリフを言うことも忘れていた。

「え? あ……」

 先生は私の勢いに圧倒されつつ、手紙を受け取った──というより、無理矢理押し付けた。何か言いたそうな先生を無視して、「ありがとうございますっ」と言って逃げるようにその場を走り去った。

(ヘンな子だと思われたかな……? でも、たぶん私の気持ちには気付いたよね。とにかく今は、連絡が来ることを願おう。……なんか、中学生みたい)

 自分の行動に失笑を加えつつも、とりあえずやるべきことを済ませて少しだけ気分が軽くなった。

(さて、帰ろ! ──あ、ちょっと遅くなっちゃったなぁ。夕飯は奮発しようかな♪)

 うきうきとして子供たちの好物を頭の中で確認しながら、まだうっすらと明るい空のもと家路についた。

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