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ダメ女のエール ~笑顔のキセキ~  作者: F'sy
第二章・恋愛
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ひと目惚れ

 梅雨も明け、徐々に日差しが強くなってきた七月。営業もだいぶ板に付いてきた。借金はまだ八割以上残ってはいるものの、このままなら少しずつだが順調に返せる見通しだ。


 子供たちが大きくなってきたこともあり、時間と体力の節約のために車の必要性を感じるようになった私は、仕事の休日を利用して自動車教習所へ通い始めた。

 体はさらに忙しくなるが、学生の頃から運転には人一倍興味のあった私にとって、教習はとても楽しい時間だった。私の通う教習所には託児所も設けてあるので、子供たちのことも心配なかった。


 そしてもうひとつ、楽しい理由がある。

 何度か通ううち、ひとりの男性に目が向くようになっていた。その頻度は日ごとに増してゆき、同時に想いも強くなる。

 まさか、こんな場所で誰かを好きになるなんて……。しかも相手は、たった二回教わっただけの同い年くらいの教官だ。いわゆる、ひと目惚れ。

 葉山修はやましゅう先生。とても優しく教えてくれて、運転している短い時間だけだが話していてすごく楽しい。笑顔も優しくて、どこかほっとする。


 しかし、先生のことを考えるたびに思う。

(……バカみたい。今こそ恋愛なんかしてる場合じゃないじゃん。二人も子供いて、昼も夜も働いて、そんな余裕あるわけない。それに、先生にも大抵のことは話してる。若い男がわざわざ子持ちの相手なんてしないよ……)

 先生は子供たちのことを知っている。教習簿には託児所のスケジュールも書くので、子供の会話になるのは自然な成りゆきだ。


 世間の平均的な結婚年齢が二十代後半の今の時代、私の年齢で子供が二人もいることに先生は目を丸くしていた。さらにユヅキを十七歳で産んだことを話すと、ますます驚いていた。

 その時はそんな先生の反応がおかしくて笑っていたが、改めて思い返すとその様子は、先生にとって私は恋愛対象外であることを意味しているような気がして、一度は自分の気持ちを抑えようとした。

(でも……ひと目惚れなんて初めてだし、しかもこんなに想いが強いなんて……。もしかしたら、子供たちの父親になってくれるような寛大な人だったりして! ……って、もっともらしい理由付けしてるかな? 子供たちのため、みたいな。嘘じゃないけど、完全に後付けかも……)

 私は悩んだ。頭の中で否定と肯定がひとつの輪になり、ぐるぐる回る。

(この強い想い。今度こそ本物かもしれない)

(でも、また前みたいに寂しいだけかもしれない……)

(あの優しい笑顔。もっともっと、先生と同じ空間にいたい)

(でも先生にとってそれは仕事。私だけに優しいんじゃない。わかってる。わかってるけど、でも……)


 普段はせっかちなくせに、こういう時にかぎって優柔不断だ。数日悩んだ末、ひとりの友人に相談することにした。

 以前アルバイト先で知り合って仲良くなり、それ以来、私が保険の契約をなかなか取れずにいた時に二つ返事で契約してくれたり、キャバクラにも何度か遊びに来て悩みなどを聞いてくれたり……。いつも何かと助けてくれる五つ年上の頼れる友人、ヨウちゃん。いつも頼ってばかりだが、今回のことも何かアドバイスをもらおう。行動に踏み切るための、決定的な何かがほしい。


 私は先生への想いをメールに打って、ヨウちゃんに送った。

『別にいいんじゃねぇか? 現状はどうあれ、恋愛は自由だろ。あとのことはその時考えりゃいい。とりあえず誘うだけ誘ってみろよ!』

 返信された単純明快なメールを見て、私は思わず笑ってしまった。

(さすがヨウちゃん、話が早いっ!)

 きっかけを作る決心をした私は、『何て言おう?』『どうやって言おう?』『手紙には何て書いたらいいかなぁ?』などと、そのあともしつこくメールしてしまった。ヨウちゃんは『めんどくせぇなぁ』『少しは自分で考えろ!』と返信のたびに文句を付け加えてきたが、そう言いながらもちゃんと考えてくれる。


 そんな子供じみた作戦会議の中で、〝教習車の中で手紙を渡すのが、一番確実で誰にも見られずに済む〟という結論に達した。しかし私の通う教習所は教官を指名できないので、葉山先生の教習車に乗るのは運に任せるしかなかった。


 ……二ヵ月後、私は自分の運のなさを思い知らされる。呆れるくらい、葉山先生に当たらない。

(教官なんて、そんなにたくさんいないのに……。誰か邪魔してるんじゃない?)

 自嘲気味にそんなありえないことを思い、誰にともなく心の中で八つ当たりした。

(はぁ……。やっぱり、ひと目惚れなんて勘違いだったんだよ。子持ちは子持ちらしく、堅実にいかないとね……)

 だんだん悲観的に考えるようになり、教習自体も残りわずかになってしまった。


 ここに通わなくなったら、もう先生に会えなくなる。何もしないまま、この恋も終わってしまう……。

 そう考えた時、先日のヨウちゃんのメールが頭の中をよぎった。

『現状はどうあれ、恋愛は自由だろ』

(……そうだ。この前、決心したんだ。作戦まで考えたのに、全部無駄になっちゃう。やるだけやらなきゃ!)

 私は二ヵ月前の気持ちを心に呼び戻して、明日は何がなんでもこの手紙を渡そうと決めた。

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