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 朝の魔塔の食堂は、出勤を控えた魔術士や魔道具士たちでごった返していた。


 魔塔で暮らす人々が思い思いに行動するなか、ノエルは寝ぐせを抑えながら人ごみをするりと通り抜けて配膳台へ向かう。棒切れのよう、と例えられる体躯は、こんなときには便利である。


 魔力と体力が勝負の魔術士と、研究に没頭して寝食を忘れがちな魔道具士のため、栄養面を考慮して用意された食事のプレートを受け取ったノエルは、空席をさがして視線をきょろり。

 無駄に伸びた身長を活かして見つけた、食堂の隅っこの空席に近づいた。


 遠目にはわからなかった、というかノエルが気にしていなかったのだが、四人掛けのテーブルに向かい合わせで座っているのは、二人組の若い男たち。濃紺のマントに金の縁取りがされているのを見るに、位の高い魔術士なのだろう。


 ここで城勤めの者であれば、相手の爵位やら地位やらを考慮しなければならないと聞く。

 が、身分を気にする魔術士はそもそも魔塔で暮らさない。

 

 空席は空席だ、とノエルは彼らに声をかけた。


「相席、よろしいでしょうか」

「ああ、どーぞどーぞ」


 ちらと視線をくれた金髪の青年は、あっさりと許しを出して仲間との会話に戻っていく。


「それで、ルシアン。きみ、あのご令嬢のお誘いを断ったんだって? めちゃくちゃ美人だったのに、もったいないねえ!」

「顔のパーツの配置がいくら良かろうと、自分の魔道具の手入れすら怠る人間は無理だ」


 ルシアンと呼ばれた青年はきっぱりと答えた。

 暗いところで見れば黒髪にも見える、深い藍色の髪と濃紺の瞳をした青年はルシアン・パーシャリット。けっこうな爵位を持つ家柄の三男であったか、四男であったか。


(めちゃくちゃ顔が良いとは聞いていたが、なるほどなるほど)


 交友関係のせまいノエルでさえ噂に聞く青年は、なるほど神に愛されているとご令嬢方が騒ぎ立てるのも無理はない美しさをしていた。


 きりりと整った眉、意思の強そうな目、高すぎない鼻とひきしまった頬から顎のライン。不機嫌そうに曲げられた口でさえ、やや厚みのある唇が絶妙な色気をまとわせている。


 ただでさえボリュームのある食事をさらに大盛りにしてあるのだろう、形の良い口が勢いよく減らしているのだが、品の良さは失われない。食べ方がきれいなせいもあるのだろう。


(相手のご令嬢は知らないが、ご本人こそパーツの配置が良い)


 ふむふむ、と腸詰を咀嚼していたノエルに、金髪の青年がぐるりと顔を向けてきた。

 こちらもすらりとした体躯に見合わない、大盛りご飯をもりもりと消費している、その最中。


「ねえ、きみ! 魔道具の手入れが好きなふつうの子と、魔道具の手入れはしないけど超美人なら、どっちが良い?」

「……私に聞いているんですか」

「そう!」


 にこっ、と人好きのする笑顔で言われて、ノエルは気が付いた。


(あ、このひと私のこと男だと思ってるな)


 肉付きの悪さと高身長、さらに愛想のなさが相まってよく間違われるので今さら驚きもない。

 訂正するのも面倒で、ノエルは手にしたフォークをおろして考える。


「そうですね……魔道具の手入れは使用人に任せるなり業者を呼ぶなりすれば解決することなので、超美人、ですかね」


(ルシアンさまの顔が見放題というのは悪くない暮らしだろうし)


「ほらね!」


 我が意を得たり、とばかりに声を弾ませた金髪の青年は、ぐるんと勢いよく顔を戻した。

 対するルシアンは、わかっていない、とばかりに頭を振る。


「そういうことじゃない。魔道具を所持していながら、手入れをするという意識がないその姿勢がありえない、と言っているんだ。身につける型の魔道具が壊れるまで手入れもしないなんて、論外だ。顔はそもそも判断材料に至っていない」

「えぇー!」


 金髪の青年が大げさに落胆するのを横目に、ノエルはつい頷いていた。


「ああ、それなら納得できます」

「え」

「ほう?」


 驚きと興味の視線を向けられて、ノエルは「しまった」と思うけれど、口に出した言葉は戻せない。

 ならばさくっと伝えて立ち去るのみ。


「魔道具をどれほど改良しても、日常的に使う以上は手入れが必要ですから。どなたでも手入れできるとはいえ、使用者の方に気にかけてもらわなければ。ちなみに、壊れた魔道具の種類を聞いても?」


 ノエルがついつい聞いてしまったのは、完全なる興味本位から。

 面倒ごとは嫌いでも、魔道具のことは気にかかるのだ。だって生業にしていることだし、と誰にともなく胸中で言い訳をするノエルに、ルシアンが言う。


「魔時計だ」

「え、それはあり得ない」


 うっかり素の驚きが出たノエルの言葉づかいを気にもとめず、ルシアンは深く頷いた。


「そうだろう。魔時計は魔道具のなかでも点検が容易」

「「「裏蓋を開いて中央のボタンを押すだけ」」」


 ノエル、ルシアン、そして金髪の青年の声が重なる。


「子どもでもできる、がウリ文句だもんねえ。僕でも知ってるよ」


 さっきまで令嬢を擁護していた金髪の青年も戸惑い顔。


「実際、壊れてたの? ルシアンと手を触れ合わせるための口実じゃなくて?」

「いや、壊れてはいなかった」

「なんだよ、色男のせいじゃん」


 茶化す金髪の青年をそのままに、ルシアンは続ける。


「壊れてはいなかったが、裏蓋を開けたら埃が詰まって機構が停止していた」

「「えっ」」


 魔時計は身につける魔道具の第一位とも言われている。

 歴史は古く、人気も高いため度重なる改良が行われてきた。そして十数年前にはボタンひとつで内部清掃が済むまでになったというのに。


「埃で止まるほど……どれだけ放っておいたらそうなるのか」

「一度も開けたことがないそうだ」

「一度も?」

「ああ。六つのときにプレゼントされてから、一度も」


 ぞっとした。


「あの令嬢……僕らの三つ下くらいだから、たしか19歳だっけ?」

「ああ、そんなようなことを言っていた気がする」


 6歳から19歳まで。

 13年間、手入れなし。確かに長い。

 長いがしかし、それしきで止まるほどもろい回路ではないはずなのだが。

 ノエルの疑問を読んだかのように、ルシアンが続ける。


「とても気に入っているからどこへ行くにも身につけて、風呂にも一緒に入って、ふかふかの羽毛布団で寝ることもしばしばあったと」

「水濡れ……ほこりの温床……」


 ノエルの声は知らず、ひどく重苦しくなっていた。

 魔道具を偏愛する仕事仲間をやや引いた目で見ていたノエルだが、魔道具を大切に思う心は人並みに持っていたらしい。


「浸水し、乾かないうちに微細なほこりが水分でこびりつき、蓄積し、そして回路が停止した、といったところですか。魔道具士として浸水とほこり、それぞれに対する自動清掃の度合いは確認しても、濡れたままほこりのなかに放り込む試験はしませんからね……なんて恐ろしい。本人が大切にしているつもりなのが、また……」

 

 鬱々とした気持ちでつぶやくノエルに、ルシアンも暗い顔でちいさく頷く。


「ああ……だから、俺はあの令嬢と親しくなれない。たとえ時を共にしたとしても、その間ずっと彼女の持つ魔道具や家にある魔道具の手入れが気にかかって仕方ないだろうから」


 その光景が想像できたノエルがルシアンといっしょになってどんよりしていると。


「それじゃあまあ、仕方ないねえ。ルシアンてば、身の回りの魔道具は全部、自分で手入れしなきゃ気が済まないもんねえ」


 金髪青年の諦めたような声に、ノエルは瞬いた。いつの間にか彼のプレートが空になっているのも驚いたが、それとは別に。


「魔術士の方が、魔道具の手入れをご自分で?」


 簡単なものなら自分でする者は多い。けれど全部とは。

 どこまでを指すのだろう、とドキドキするノエルに、金髪の彼が肩をすくめる。


「ほんとに全部だよ。水回りの冷温機構から、魔道通信機まで。もちろん煮炊きに使う魔道具や空調関係の魔道具も全部、屋敷じゅうの魔道具を手入れしたがるんだよ。それも、毎日」

「毎日!」


 挙げられた魔道機構はどれも大物。

 ノエルたち専門の魔道具士でさえ、点検と手入れで数日かけて行うことを毎日。それも屋敷と呼べるレベルの規模となれば、数人がかりで数日かける大仕事だ。


「毎日……」


 信じられない思いと、それだけ魔道具が好きなのかという複雑な思いのままつぶやくノエルに、ルシアンはわずかに口を尖らせた。


「魔塔に移り住んでからは、自室の魔道具しか手入れしてないだろう」

「でも、魔道具士たちが手入れしてる姿をいつもいつもいつまでも眺めてるじゃん」

「仕事がないときだけだ」


 幼児と親のようなやりとりに、ノエルはついくすりと笑ってしまう。

 にぎやかな食堂にかき消されると思っていたが、聞こえてしまったらしい。ふたりそろって視線を向けられて、ノエルは慌てた。


「いえ、その。私も仕事が終わったあとに私物の魔道具を手入れしてしまうので」

「おお! あなたもか」


 ルシアンの目がきらりと輝いてノエルをとらえる。

 顔が良い。

 無表情でも美しい彼が嬉しそうに笑うと、とたんに顔の良さがぐんと際立つ。


 けれどそれよりもノエルをうれしくさせたのは、ルシアンが同意してくれたこと。

 魔道具いじりが大好きなひとなど、魔道具士以外でそうそう出会わないものなのだ。


 微笑み合うふたりを眺めて、金髪青年が頬杖をついた。


「なんだ、似たもの同士か。君が女の子なら、お似合いでよかったのにねえ」


 やっぱり男だと思われている。

 ノエルが苦笑いを浮かべかけたとき。


「何を言っている。彼女は女性だろう」


 ルシアンはさもふしぎそうに言った。


「え」

「えっ」

 

 ノエルと金髪青年がそろって驚きの声をあげた。

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