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死に戻り聖女は、魔王への愛を叫ぶ  作者: 三歩ミチ
7 聖女は、魔王への愛を叫ぶ
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7-4 作戦会議

「初めましてー。えっとー、フィリス様の、お友達さん?」

「リナルドで良い」

「リナルドさんですねえ。あたしはリサですー。それじゃ、サディロ街に行く支度をさっさと済ませましょうかあ。そんな格好じゃ出られないのでえ」

「あっ」

「ん? 何だよ、フィリス」

「いや……びっくりする格好になるけど怒っちゃだめよ。必要なことだから」


 サディロ街に行くのはフィリスも久しぶりだったので、そのことをすっかり忘れていた。治安の悪いサディロ街に、綺麗な格好をしていくのは御法度である。一度あの街の雰囲気を味わったフィリスはその必要性を納得できるが、初めて準備をした時には驚いたものだ。


「フィリス様はこれをきましょうねえ。リナルドさんは、あっちの部屋でこれを着てきてくださあい」

「……服なのか、これは?」

「必要なのよ、リナルド。リサの言うことを聞けば大丈夫だから」

「しかし、これは……」


 ボロ切れのような布地を見て者言いたげな視線を向けてくるリナルドだったが、フィリスが促すことで移動していく。リナルドを見送ってから、リサの手を借りて支度を進める。やがて部屋のドアがノックされ、入室したリナルドは目を見張った。


「まさか、フィリス……? どうしたんだ、その顔は」

「リナルドもこれからこの化粧をしてもらうのよ」

「化粧? 砂地で転んだ後みたいだぞ」

「必要なことなのよ」

「これが必要って、一体……げほっ、んん」


 話している間にも顔に砂埃をはたかれ、リナルドは唇を閉じる。肌が薄灰色の砂でまだらに塗られていくリナルドは、相変わらず不審そうだった。

 城を出た後も、瘴気の壁を抜ける間も、リナルドは不思議そうにしていた。彼の顔が納得に変わったのは、瘴気を抜け、サディロ街の状況を目にした時である。


「これは……ひどい」

「うるさいわね。さっさと行くわよ」

「ああ、悪い」


 以前と同様、サディロ街に入ってからはリサの態度はくだけたものに変わっている。上下関係を思わせる態度を取っていたら、金目のものを持っていると思われ襲われかねない。その辺りの事情を深く察したようで、リナルドも咎めずに頷き、目立たぬようにちらりちらりと視線を左右へ振る。


(……こんなにもぴりついた雰囲気だったかしら?)


 街の様子をひっそり伺いながら、フィリスはそんな疑問を抱いた。良くない雰囲気が漂っているのは以前からだが、それにしても重々しい。武装した兵士らしき人々が街の各所におり、街の住人は彼らを避けて動いているように見える。何か事件でも起きたのだろうか。そんな雰囲気だ。

 瘴気を防ぐ布とやらは無事に手に入った。武器の劣化を遅らせるために開発されたとのことで、確かにそれを知ってから見てみると、兵士達は同様の布を身につけていた。


「ふうー。最近ますます嫌な雰囲気で、緊張するんですよねえ。大切なお客様を無事にご案内できて良かったですー」

「いやあ……君のおかげで助かった。何も知らない僕がのこのこ出て行ったら、物取りに遭っていたに違いない」

「ほんとですよー。もっと感謝してくださあい」

「ああ。ありがとう」

「……えへっ。どういたしましてえ」


 城に向かって瘴気の中を進むリサの足取りが、心なしか浮かれて見える。分かりやすく喜ぶリサの後ろ姿が何だか可愛らしくて微笑むと、同様に微笑するリナルドと目が合った。


(リナルドだって、微笑ましく思うんだわ)


 魔人を見て和む感性は、自分だけのものではない。触れ合えば分かり合える。その証拠のようで、フィリスは嬉しくなった。


「戻りました、シルヴァン様」

「無事で良かった。フィリスを連れて出ただけの成果はあったか?」

「ないと答えたら殺しそうな顔で聞くのはやめてくれよ。あったさ。想定以上のものがね」


 身綺麗にしたフィリスとリナルドは、シルヴァンの待つ執務室へ顔を出す。


「それは何よりだ。俺の方も支度は済んだぞ。これが魔瘴石だ」


 シルヴァンの前には、漆黒がふわふわと浮いていた。明るいところで見ると、その黒はますます色濃く見える。


「それが……なんと禍々しい色をしているんだ」

「お前達には禍々しく見えるのだろうな、俺には見慣れた色だが。その布を寄越せ。……お前、持ってみろ」


 シルヴァンはくるりと魔瘴石を包み、無造作にリナルドへ差し出す。リナルドは、僅かに表情を引き攣らせて一歩引いた。


「いきなり近付けないでくれよ。危ないだろ」

「危ないも何も、お前はこれから持って帰るのだろう。フィリスが居る間に、死なないかどうか確かめておいた方が良いのではないか」

「わかってるよ。それにしても、心の準備ってものがあるだろう?」


 非難めいたことを言いつつ、リナルドは包みに手を伸ばす。瘴気の気配を押し隠した布。そっと指先を触れさせ、手のひらに乗せる。それから思い切った表情で胸に抱いた。暫くじっとした後で、困った表情でフィリスを見る。


「何ともないけど……これは、君の近くにいるからなのだろうか」

「……そうかもしれないわね」

「困ったな。このまま持って行って、僕は大丈夫なのかな」

「布を外して触れてみれば、違いがわかるかもしれんな」

「確かにそうだね。……うっ。わ!」


 包みを開いて濃厚な黒が顔を出した瞬間、リナルドは目を見開き、魔瘴石ごと包みをぱっと投げた。飛んでいったものをさっと掴んだのはシルヴァンである。リナルドはその行方を目で追う余裕もない様子で、自分の胸元を押さえていた。


「とんでもなく息苦しかった……これ、大丈夫なのか? 気をつけないと、マデルに渡した瞬間に死なせてしまうかもしれない」

「やはりこの布の効果は確かなようだな。仕組みはよくわからんが」

「そうさらっと言わないでもらえる? 僕の命が潰えかけたんだよ、今」

「フィリスがいる限りお前は死なないのだろう。その指輪まで着けておいて、何を言う」

「そうだけどさ……」


 指輪に輝く聖樹の涙へ目を落としたリナルドは、それ以上言い返せない。彼の不満げな様子が面白いのか、シルヴァンは口角を持ち上げて小さく笑った。


「布に包んだだけでは心配だろう。ディルが作った、布地を四方に貼った箱を預かってきた。これに入れれば良い」

「何だよ、そんなものがあるなら早くくれれば良かったのに」

「お前が街へ出たいと言ったのだろう。望みが叶った上に文句を言うのか」

「……悪かったよ」


 魔瘴石の入った箱をリナルドは受け取り、今度こそしっかり胸の前で抱いた。


「これで、マデルは説得できる。街の様子を見させてもらったおかげで、騎士団長ともうまく話が付けられるだろう。あとは大司教なんだけど……」


 リナルドの視線が自分に向く意味を、フィリスは承知している。こくんと頷き、言葉を継いだ。


「リナルドよりも私がお話したほうが、聞いて頂けるかもしれないわね」

「そうなんだよ。それに彼は、フィリスの近況が絶えたことにも気づいていて、随分心配しているんだ。顔を出してあげてほしい」

「そうよね……心配かけて申し訳ないわ」

「お前達、何の話をしている?」


 急に話題から阻害されたシルヴァンが不愉快そうに眉を顰める。フィリスは彼の問いに答えた。


「大司教様は、聖樹から生まれた私を育ててくれた……お祖父様みたいな存在なんです。大司教様も、私のことを『孫のように思っている』と言ってくださっていて。だから私がお話すれば、耳を傾けてくださるだろうということなんです」

「こいつでは駄目なのか?」

「リナルドは、その……ふふ」

「笑うなよ。僕だって反省したんだから」

「ちゃんと謝ったの? 大司教様、リナルドが聖樹に謝ってないって怒ってたのよ」

「そうなのか? 言ってくれよ……聖樹に謝んなきゃいけなかったのか」

「おい、何の話だ」


 苛立つシルヴァンの態度に、フィリスは慌てて話題を引き戻す。


「リナルドは昔、聖樹で木登りをしたことがあるんです。その弾みで、枝が一本折れちゃって……大司教様はずっとそのことを怒っているので、リナルドは、未だにちゃんと話してもらえないんです」

「ふむ……」

「呆れた目で見ないでくれよ。昔の話だ」

「事情はわかった。ならばフィリスは、行かねばならぬのだな」

「ああ。念のため、この指輪は返すよ。フィリスを連れて行って万が一のことがあったら、君は本気で国を滅ぼすだろ?」


 リナルドは、胸元に掛けた指輪を取る。シルヴァンは輝く宝石を見て、リナルドとフィリスを交互に見比べた。


「いや……それはお前がこのまま持っておけ」

「駄目だよ。王都でフィリスの命を狙う奴らは、フィリスに毒が効かなかったこともわかっているんだぞ。次はどんな手で来るかわからない。街をふらふら歩くのとは訳が違う、本気で危ないんだ」

「危ないのはお前も同じだろうが」

「そうだけど、フィリスに何かあったらそれこそ困る」

「フィリスには何も起きない。そんなことは俺が許さん」


 ぞく、とフィリスの背筋が震える。シルヴァンが放った強烈な威圧に当てられ、手足も自由に動かなかった。


「あの時はフィリスの『自分を殺すはずがない』という言葉を信じた故に下手を踏んだが、もう同じ過ちはしない。俺が傍に居る限り、フィリスには傷ひとつ付けさせんぞ」

「……待ってくれよ、君はフィリスと一緒に来るつもりなのか?」


 青ざめた顔ながら、その威圧感から立ち直るのはリナルドの方が早かった。困惑を隠しきれない問いかけに、シルヴァンは首を縦に振る。


「ああ。お前の説明を聞いた時からそう考えていた。俺が『魔獣をけしかけるのをやめる』と宣言しないことには、人間どもの疑念は晴れぬだろう」

「……そうだね。君が直接言ってくれた方が信憑性はあるけれど」

「俺も、国王の言質を取らぬことには安心出来んからな」

「何の言質を取る気なんだ……?」

「俺達魔人が街を歩いても殺さず、他の人間と同様に扱うことを約束させる。それがフィリスの望みだからな」

「あっ……!」


 シルヴァンの言葉に、フィリスの体の強張りは解けた。


「私のために、一緒に来てくれるんですね」

「当然だ。……だからその指輪は、お前の身に危険が迫る限りは貸してやる。いつか返せよ。フィリスのために作ったものだ」

「わかってる。助かるよ、ありがとう」


 リナルドは、指輪をまた胸元に掛ける。礼と共に笑顔を向けられたシルヴァンは、照れ隠しか小さく舌打ちをした。


「僕はすぐに城へ帰るよ。次の諮問会は来週行われる予定だから、それまでにマデルの説得を済ませておく。君達も……」

「その大司教とやらのところへ、事前に連れて行けば良いのだな。俺は王都とやらの位置もわからんのだ。帰る前にもう少し詳しい話を聞かせろ」

「もちろんさ。ああ、地図は持ってきたんだ。あとは……」


 リナルドは執務机の上にいくつかの書類を広げ、シルヴァンとフィリスはそれを覗き込む。諮問会に向けての諸々の計画は、こうして速やかに立てられたのだった。

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