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死に戻り聖女は、魔王への愛を叫ぶ  作者: 三歩ミチ
3章 気付いたシルヴァン
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3-1 魔獣の生まれる場所

「あの……シルヴァン様」

「何だ?」

「その……なぜ今日は、隣同士なのですか?」


 大きなテーブルの中央、いつもなら対面でかなり距離があるシルヴァンの顔は、今日はすぐ隣にある。動揺したフィリスが問いかけると、シルヴァンは不本意だとでも言いたげに眉を動かした。


「食事時も傍に居たいのだろうと思ったが……俺の思い違いだったか?」

「いえっ、もちろん嬉しいです。突然だったので、びっくりしてしまって」

「そうか。これからは席を隣にするようディルに言っておいたから、今日からはずっとこの位置取りだ」

「はい、ありがとうございます」


 フィリスは努めて笑顔を浮かべた。愛する人とは傍に居たいもの。騎士達だって、恋人や妻からの手紙が届くと「会いたいなあ」と遠い目をしていたではないか。

 交わす言葉はいつもと他愛無いものなのに、隣に居るというだけで少し緊張する。気負っているのはフィリスだけのようだった。シルヴァンはいつもと変わらない表情で、食後のプリンを口に運んでいる。


「確かに少し焦げた風味があるな」

「あっ……やっぱり、今日のは出さないほうが良かったですよね」

「いや。これはこれで悪くないぞ。俺は好きだ」


 コツン。

 シルヴァンの返答に合わせて、何か硬質な後が食堂に響いた。


「うん?」

「何の音でしょう……あっ」

「……何だ、あれは」


 音がした窓の方を見て、一気に青ざめたのはフィリスである。翼を左右に広げたシルエット、あれは配達鳥だ。リナルドがまた手紙を送ってきたのだろうか。

 今はまずい。どうにか誤魔化して手紙を回収したいが、シルヴァンは訝しげな表情で配達鳥を凝視している。隙をついて取りに行くことは不可能だ。


「お前は知っているのか?」

「ええと……その……」


 どう誤魔化そう? フィリスはしどろもどろになる。知らないと答えればこの瞬間は切り抜けられるかもしれないが、後から嘘だとばれた場合面倒だ。


「遠くてよく見えんな。取ってみよう」

「あっ…………危ない、かもしれません」


 魔石が切れるまで宛先に向かって進み続ける配達鳥の特性で、窓に何度もぶつかっている。取りに行こうとするフィリスの声はひどく小さく、窓に向かうシルヴァンには届かない声量だった。

 どう言い逃れをするのが適切かわからない。フィリスの胸が緊張で締め付けられ、鼓動がどくどく不規則に速まる。


「……おっ? 何だ」


 シルヴァンが窓を開けると、障害物を取り払われた配達鳥は真っ直ぐにフィリスの胸へ飛び込む。仕方なく受け止めたフィリスは、泣きそうな目で配達鳥を見下ろした。脚には、見覚えのある封に包まれた荷物。ほぼ間違いなく、リナルドからの手紙である。


「……お前のものなのか?」

「私のものではないのですが……」

「では何でお前の元に飛んで来たんだ? 先程から歯切れが悪いな。何か隠しているだろう」


 青い瞳の奥に苛立ちが見え、フィリスは観念した。せめてシルヴァンへの愛だけは疑われないよう、自分の意思ではないことを強調しておこう。


「私はあの時シルヴァン様に一目惚れをして、仲間に何も説明せずにこの城へ参りました」

「ああ、確かにそうだったな」

「彼らは私がこんなに幸せな暮らしをしているとは知らないので、心配しているのかもしれません。これは配達鳥といって、荷物を相手に届ける魔導具です。瘴気の中をどうにか抜けてここまで届いたのでしょう」

「ふむ……これが魔導具か」

「はい。私が頼んだわけではないのですが……きっと彼らは事情がわかっていないので、こうして手紙を送ってきたんです」

「手紙を送って来たのか?」

「はい……恐らく。この包みの中に入っているのだと思います」

「ここで読んでみろ」


 やはりそうなる。ここで断ったらおかしい。フィリスは、頼むから妙なことは書いていないでくれと願いながら封を開けた。

 中からは、二つの封筒が出てくる。二つ? リナルドと誰だろう。予想外の内容物に、フィリスの表情は引き攣る。

 ひとつは、見慣れた封筒であった。リナルドものである。


「これは?」

「リナルド……仲間のひとりからの手紙です」

「仲間のひとり? 『愛しき花へ送る』と書かれているが」

「いつも書いてあるんですけど、よくわからないですよね。……お読みになりますか? 私、この方からの手紙の中身はいつもよくわからないんです」


 手紙を開いてみて、フィリスは安堵した。相変わらずの意味不明な文章である。これなら、シルヴァンだってわけがわからないだろう。

 瘴気の壁を強引に越えてでも伝えたい内容を理解できないという大きな問題には目を瞑りつつ、フィリスはシルヴァンへ手紙を差し出した。シルヴァンは受け取り、文章に目を走らせ始める。


(あれ? 普通に読んでる?)


 その視線の動きは、文章を目で追っている時のそれだった。フィリスはいつも最初の数行で諦めるのに、シルヴァンは時間を掛けて2枚目に到達する。

 どうやら読み終えたらしい。シルヴァンは、紙を整えてこちらに戻してくる。


「お前も読め」

「はい……」


 もしかして途中から普通の文章になるのかと思ったが、やはり相変わらずの妙な言い回しだった。読み切れなくて、フィリスは途中で目を離す。半分は目を通した。フィリスにしては頑張ったほうだ。


「もういいのか?」

「やっぱりよくわかりませんでした。シルヴァン様、よく読めますね」

「……お前、本当に内容を理解していないのか?」

「シルヴァン様はわかったんですか?」


 フィリスの澄んだ眼差しと、シルヴァンの視線が交錯する。シルヴァンは肩を落とし、はあ、と嘆息する。


「嘘をつく者の目ではないのだよ……」

「嘘なんて……ついてません」


 少なくとも今は。そもそもの始まりに嘘があるという事実が一瞬フィリスの唇を鈍らせたが、シルヴァンにはばれなかったらしかった。


「意味がわかっていないとして……ならばこの差出人は、お前にとっての何なのだ?」

「何年も共に戦ってきた仲間なんです」

「どう思っている?」

「どう? ……どう?」


 リナルドをどう思うか、なんて考えたことがなかった。真剣に悩むフィリスの様子に、「もうよい」とシルヴァンが終わりを告げる。


「そちらを読め」

「私が読んでいいんですか?」

「ああ。……内容がわからなかったら言え。俺が読む」


 先に読んでいいということは、何かの信用を得たのだろうか。今の会話にどんな良い点があったのかわからないが、とにかくフィリスは封を開けた。

 騎士団長アラバの名前で書かれた手紙は、読みやすい端正な字とわかりやすい文体で綴られていた。その内容はフィリスの頭にもよく入り……読み進めるうち、フィリスの眉間が固く強張っていく。


(私が抜けてから魔獣の討伐が追いつかなくなって、怪我人が増えて死者も出た……ミゲルも、右腕を折る大怪我をしたって……!)


 自分がいなくなった穴がそこまで大きいとは、フィリスは想像もしていなかった。仲間達の窮地に、表情が曇る。


「……どうした?」

「私が居なくなってから魔獣を処理しきれなくなって、怪我人が増えたって……あっ」


 もしかして今の、シルヴァンに言ってはいけない感想だったのでは。こんな悲痛な表情をして言ったら、心がまだ人間側にあるとばれてしまう。

 ぽろりと口から出た言葉を瞬時に反省するフィリスだったが、シルヴァンは「そうなのか」と簡素な相槌を打つだけだった。


「魔獣を減らせば怪我人は減るのか?」

「えっ? あ、まあ……そうだと、思いますけど」

「それなら今から減らしに行くか」

「え……そんな簡単な感じで減らせるんですか」

「気になるなら見にくるか? そう時間はかからんぞ」

「……良いなら、見に行きたいです」


 シルヴァンは、どのようにして魔獣を減らすのか。彼の力の一端を知る重要な情報のように思えるが、シルヴァンに隠す気はないらしい。

 見られるものなら、見ておきたい。フィリスは当然頷く。


「あまり遅くなると明日に障るからさっさと行こう。外出の支度が必要か?」

「いえ……特には。大丈夫だと思います」

「では、このまま向かうぞ」


 軽装であるが、フィリスに不安はない。聖なる力があれば、万が一魔獣に襲われてもどうにかできる。シルヴァンが軽装なのも同様の理由だろう。

 玄関ホールには月の光が降り注いでいる。広いホールが淡い光で満たされる幻想的な光景だったが、特に触れることなく外へ出た。夜風が涼しい。フィリスは、夜の静かな空気を鼻から吸い込む。


「俺が見えるか?」

「はい、辛うじて」


 迷いなく瘴気の壁へ突っ込んだシルヴァンに続き、黒い霧の中へと足を踏み入れる。濃い瘴気の中は、昼も夜も変わらず暗い。シルヴァンの姿に目を凝らすフィリスの手に、冷たい何かが触れた。くい、と引かれ、それがシルヴァンの手だと気づく。


「はぐれていないか何度も確認するのが面倒だ。手を繋いでおけば離れることはなかろう」

「なるほど、確かにそうですね。ありがとうございます」

「……簡単に言いくるめられすぎだぞ」

「何ですか?」


 低い声でぼそ、と呟いた内容がよく聞こえなかった。問い返すフィリスに、「何でもない」と返ってくる。

 繋いだ手はひんやりと冷たい。それがシルヴァンは人ならざる者、魔人であることをありありと示していたが、不思議とフィリスは恐ろしくなかった。冷たい手のひらが体温を下げてくれるようで、心地良さすら感じる。


(魔王と一緒に歩いていて、心が落ち着く日が来るなんて思ってもいなかったわ)


 フィリスの意識の中では、魔獣の延長線上に魔王が居たのだ。言葉は通じず、獰猛で、こちらを害することだけ目指して襲い来る存在。だからこそ魔王を倒すべきだと感じていたのだが、実際に触れ合ってみたシルヴァンは「倒すべき魔王」とは程遠かった。

 だからこそフィリスは、つい期待してしまう。言葉を尽くせば、戦争を終えられるのではないかと。


「見てみろ、フィリス」


 ぼんやり考えながら進んでいると、シルヴァンが足を止めた。彼の示す先には、暗い瘴気の中で、とりわけ黒い球体がふわふわ浮かんでいる。


「これは……?」

「やはり知らないか。魔瘴石だ」

「ましょうせき……」

「城を取り巻く濃い瘴気が時をかけて固まることで生まれると言われている。魔獣はここから生まれるのだ」

「えっ」


 今、さらりととんでもないことを聞いた気がする。驚くフィリスの目の前でデュークが魔瘴石に触れる。固体に見えた魔瘴石の輪郭が緩み、手のひらに吸い込まれていくように見えた。


「え、えっ」

「はは、随分驚いているな」


 シルヴァンが笑うという珍しい状況に気づく余裕もないほどに、フィリスは動揺していた。


「あの石から魔獣が生まれるって言いましたよね?」

「ああ。生まれた魔獣の多くは、ネフィリアに向かって走っていく。偶に城へ来た奴は追い払うか、物好きが飼うなどしているな」


 ガブのことだろう。いや、今はそれどころではない。


「石を壊したから、魔獣が減るってことですよね」

「すぐには減らぬが、生まれる数が減るからな。必然的にそうなる」

「全部壊せば魔獣は居なくなるんですね……」

「可能だが、お前達が望まぬのだろう」

「私達が望まない?」


 何を望まないと言うのだろう。魔獣が居なくなること? 意外な発言に理解まで多少の時間がかかったフィリスだったが、すぐに首を振って否定を示す。


「そんなはずありません。私達は、魔獣が居なくなって戦争が終わり、平和になることを願っていました」

「…………お前は何も知らないのだったな。この話はやめよう」

「何も知らないってどういうことですか?」

「……放置しすぎたな。ここにもあるぞ」

「シルヴァン様……私は、何を知らないんですか」

「もういくつか壊して帰るか。暫く様子を見て、必要そうならもう少し減らすから安心しろ」


 シルヴァンは、フィリスの問いかけにもう答えてくれない。まただ。何も知らない、と言ってそれ以降相手をしてくれないのは。


(何も知らないってどういうこと? 私は何を知らないんだろう?)


 考えても答えは出ない。もやもやとした気持ちのまま、フィリスはシルヴァンと共に城まで戻った。

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