平凡伯爵令嬢は有能な平凡子息と絶賛内偵中
こちらは、柴野いずみ様主催企画「ざまぁ企画」の参加作品です。
ぜひ、ワクワクしながら読んで下さると嬉しいです。(*^ω^*)/
「見て見て、オリバー。あれ、完全にやっているわね」
「ああ。確かに喧嘩勃発中ってところだね」
我が国きっての学び舎である、国立学園のとあるお昼時。
伯爵令嬢の私、ミミリン・フォードは、この学園で仲良くなった子爵令息のオリバー・アンダンテと共に、廊下に面した曲がり角の近くに隠れて、とある喧嘩を見守っていました。
喧嘩の中心は、公爵令嬢のミーア・セルシス様と、男爵令嬢のカミラ・オルモスさん。どうやらミーア様の婚約者であるサイモン第二王子を巡って、バチバチに争っているそうで、見ているこっちもハラハラしてしまいますね!
でも、こういう喧嘩をこっそり眺めるのは楽しいので、オリバーと共にこうやって見守っている訳なのです。
「カミラさん。王子とイチャイチャするのは構いませんが、隠れてやりなさいと何度も言ったはずです。そのせいで王子の評判が下がるのですよ」
「え〜、それって嫉妬ですか〜?貴女の評判も下がるって事、分かってるのですか〜?」
「貴女ねぇ!…はぁ〜。まぁ、私の評判については別に構わないのですが、殿下は将来王になるお方なのです。もしこの噂が他国に渡ったら、この国はお終いなのです!せめて私の卒業まで、隠れてして下さいませ!…ふん!」
あ〜らら…。結局、ミーア様が機嫌を悪くして去っていきましたね。
その後ろ姿を見たカミラさんも小声で「間抜けな人」ってほくそ笑みながら、私達の方に歩いていきます。
ど、どうしましょう!このままだと、内偵がバレてしまいます!
「ミミリン、ごめん」
「えっ?きゃっ!」
突然オリバーが私の手を取って、近くの階段を降りたあと、すぐに踊り場の隅に私を隠して抱きしめてきました。
わっわあああああ!?い、今の私、顔赤くなってる自信ありますよ!?
「お、オリバー!?」
「しっ、ミミリン。今声出したらカミラ嬢にバレる。…うん。大丈夫。階段で上に向かったから、小声なら出していいよ」
「う、うん。ありがとう、オリバー…」
「いえいえ。…急を要した事とはいえ、こんな平凡顔の僕に抱きしめられて…嫌だったよね?」
「ええっ!?そんな訳ないじゃない!オリバーは私の友達兼相棒なのよ?嫌な訳ないわ!」
「ミミリン…ありがとう」
そして、身体を離してフワッと笑ったオリバーに、私の心臓がドクッと一回跳ねたのを感じました。
もう、この笑顔は反則です!オリバーは自分の事を平凡顔とは言ってはいますけど、私はそうは思わないんですから!
そばかすと小さな目が、平凡さを引き立たせているのかもしれませんが、それ以外は申し分なく最高なんですよ!?
サラサラの短い茶髪にスッとした鼻と薄い口。そして細いのに筋肉質な身体つきをしていて、美しい緑の目をしているというのに…!
むしろ私の方が、そばかすも結構あるし、化粧映えもあんまりしない平凡顔なんですけどね!
私はなんだか自分の顔が惨めに思えてきて、顔を両手で覆い隠しました。しかし、もうすぐお昼が終わるため、そういう事を考える時間はもう殆どありません!
なので、さっき見た喧嘩のやり取りを、すぐにオリバーと確認する事にしました。
「…オリバー。先程、ミーア様とカミラさんのやり取りをメモしたかしら?」
「うん。要点はちゃんと書いたよ。ミーア様は、婚約者のサイモン王子とカミラ嬢がイチャイチャするのは構わないそうだよ。自分の評判が落ちてもいいとは言っていたけど、多分この国では、の話だよね?」
「そうね。ミーア様はこの学園に留まらず、他国でも優秀な事は知れ渡ってるから、他国に行ったら評価は高くなるでしょう。むしろ、評判を落としてるのは殿下とカミラさん自身だという事は、本人達は全く思ってないでしょうし…」
「そうだね。あと、調べによると、サイモン王子を擁護してるのは、女遊びをしている伯爵以下の子息達。しかも次男から低い立場の男子生徒が多い事も分かってるよ」
「あら、そうなのね?でも、貴方も子爵家の次男じゃなかったかしら?」
「確かに。でも僕は一途だから、彼らの中には入ってないし…。今はミミリンと一緒に内偵するのが楽しいから、恋愛する暇はないよ」
「そ、そうなのね…」
『一緒に内偵するのが楽しい』とオリバーに言われ、つい自分の頬が赤く染まりました。
こ、これは照れますねぇ…くふふっ。こちらこそ、次席を取っている優秀なオリバーがいるからこそ、こっそりと内偵業をする事が出来てますし、話も弾んで面白いんですけどね。
…しかし、私は聞き逃してはいませんよ。オリバーが『一途だ』と言った事を!
「ですがオリバー!恋愛する暇はないと言いましたが、一途だとハッキリ言ったわよね!?もしや好きな人がいるのかしら?」
「えっ!い、いやいやいや!す、好きな人は、い、いる訳ないよ!?も、もし好きな人がいるとしても、僕は子爵令息だし、この国の法律で格下の貴族が格上の貴族令嬢に婚約の打診をする事も出来ないし」
「へぇ〜。つまり、好きな人は伯爵家以上の令嬢という事ね?なになに〜?応援してあげるから名前を教えて頂戴?」
「ひいぃぃぃ!む、むりだって!絶対言いません!それよりも、次の行動はどうすればいいの!?」
「…ちぇっ。分かったわよ。もう言及しないわ」
オリバーがひたすら顔を赤くして否定するものだから、何だか興醒めしてしまい、私は口を尖らせながら、頬を大きく膨らませました。
オリバーほど頭が良くて、中身も優しくしっかり者な男性は、結婚相手としては引く手数多なはずなのに…。どうして彼には婚約者がいないのでしょう。
まぁ、私も婚約者がいないので、こう言う権利はないのですが。
「さて。次の行動の前に、まずは私の推測を言うわね。多分オリバーも勘付いていると思うけど、ミーア様は他国に好きな殿方がいると思うわ」
「えっ!そうなの!?その可能性はないかなぁと思ってたけど、何だかそう言われると現実味が…」
「まぁ、まだサイモン殿下とミーア様は婚約関係にあるから、公にはしていないと思うわ。でも、殿下の浮気を容認している事から、私はこの可能性は高いと見ているわ。サイモン殿下がそうするのなら自分も、と思うのはおかしくないはずよ」
「そ、そうなんだ…。そう考えてるって事はミミリンも」
「浮気なんてしてないわよ!というか、そもそも婚約者も恋人もいない私にそんな事出来ないわ。これは全て、恋愛小説とミステリー小説の知識よ」
オリバーが私を浮気人間だと疑ったので、私はこの事に思いっきり反論して、そっぽを向きました。
そもそも将来は、恋愛小説のような一途に愛し愛される幸せな結婚生活を送りたいのです。私のこの容姿を好きになってくれる殿方は、多分殆どいないと思いますが、きっとどこかにいるはずです!
そうして、遠い未来を想像しながら思いを馳せていると、突然オリバーが「ふへっ」という腑抜けた笑い声を出し、私の顔を覗いてニヤニヤと笑い始めました。
「そっかぁ…。ふへへっ、そっかそっかぁ…。ミミリン、例えどんな事があろうとも、浮気はしないでね?」
「は、はぁ!?言っておくけど、そんなの絶対にしないわよ!?だって私は、とても危ない橋は渡らない主義だもの。危機察知能力は高い自信あるのよ?」
「…ふーん。でも、もし何かあったら、絶対に僕を頼ってね。僕は男だから、君を物理的に守れる立場にあるんだ。身分差とかの問題はあるけど、それ以外ではちゃんと君を守るから。いいね?」
「うっ。わ、分かったわよ…」
気の緩んだ顔から一転して、急にオリバーが真顔で圧をかけてきたものだから、私はとりあえず頷く事にしました。
オリバーって結構過保護な気がするんですけど、多分大切な仲間を失いたくないのかもしれませんね…。
とりあえず今は、これからどのように行動すればいいのかを、しっかりと話し合う事にしましょう。
「さて。今後の行動についてなんだけど…。まず、私はお父様に一旦、この事を相談してみるわ。ミーア様が議会に参加しているのか。そして、もしそうなら、他国とどう交流しているのか、を探ってみようと思うの。お父様はこう見えて、宰相補佐官の仕事をしているのよ。代理で議会に参加もしているから、きっと何か情報が掴めるはずだわ」
「…ふむ、確かにいい方法だね。でも、僕はこれからどう行動すればいいの?こっそりとカミラ嬢を監視すればいいのかな?」
「ええ。いい判断よ、オリバー。…あの喧嘩からして、多分カミラさんは、ミーア様をカンカンに怒らせようとしてると思うの。そして、彼女はミーア様からの報復を、今か今かと待っている可能性があるわ。でも、もしその報復がなかったら…きっとカミラさんは、ミーア様の罪を捏造して殿下に伝えるはずよ」
「あー、その可能性は確かにあるね。じゃあ、その事を踏まえて、じっくりと観察してみるよ。あと、この件はミーア様に話すべきかな?『貴女様に今後危険が及ぶ可能性がありますよ』と伝えるべき?」
「うーん…そうね。この学び舎では、等しく平等を掲げているわ。オリバーがミーア様に接触して面会を求めるのは間違ってないと思う。ただ…この件は、ミーア様と面会出来なくても構わないわ。彼女の護衛か侍女に伝えるのも手だと思うの」
「え?それって…」
私の出した提案に、オリバーは眉根を寄せて考え始めましたが、すぐに合点がいったかのように目を大きく見開きました。
「あ!そうか!『ミーア様の罪を捏造』するのを阻止するために、ミーア様の行動を記録してもらうって事か!」
「そう!ご明察よ、オリバー!『ミーア様の護衛や侍女は、セルシス公爵家直々に信頼を置ける者をつけている』って、お父様が昔言っていたの。だから、ミーア様に危険が及ぶかもしれない事を伝えて、それを阻止するための記録をつけてくれれば…もし何かあった時にミーア様を護る盾になるわ!」
「おおっ!さすがミミリン!頼りになるね!それじゃあ、僕は任務を全うするために、今から準備してくるよ。次に集まるのは、一週間後でいいかな?」
「ええ。それまでお互い頑張りましょうね!」
キーンコーン、カーンコーン…。
あら?ここで、タイミングよく予鈴が鳴りました。そろそろ、お昼タイムも終わりという事ですね。
私はオリバーと別れて教室に戻り、メモとペンを取り出して、お父様と話す内容について軽く整理する事にしたのでした。
※※※※※
あれから3日後の昼。私は、王城の中にある、とある一つの部屋の前に立っていました。
この部屋はお父様の仕事場であり、この事を知っているのはフォード伯爵家の家令のみ。しかも、彼は私にすごく甘いので、この件を報告したら、快く承諾して道案内をしてくれたのです!
ふふっ。オリバーと計画を話し合ったその日の夜、すぐに屋敷に戻って家令にこの件を伝えてよかったです!
「ミミリン様。ここがご主人様の部屋です。既に文も送り、許諾の返事も来ていますので。ぜひ遠慮なく入室して頂ければと思います」
「ありがとう、ロム。お父様、失礼いたします」
コンコンとドアを二回叩き、私はお父様に入室の許可を願います。すると、「入れ」という厳かな声が聞こえてきたので、周りを確認してから、即座に中に入りました。
私が入った部屋の中には、ソファーに座って腕を組んでいるとても厳つい顔の男性がおり、私の顔を真正面から見ています。私は立ったまま、父であるその人に声をかけました。
「お父様、お久しぶりです」
「おお!ミミリン、息災だったか?」
「ええ。お父様もお元気でいらっしゃいますね。仕事の方は順調でしたか?」
「あー、今日も順調に終えられた…とは、実は言えなくてな。すまないが、この後用事が出来てしまったのだ」
「用事?それって緊急の案件でしょうか?」
不安に思って、私はお父様にこう問いかけます。しかし、彼は首を横に振ってから、にこやかに笑ってこう答えました。
「いや、緊急って訳ではない。あと20分後に、大事な来客が来る予定だ。ミミリンであれば、20分で私との用事を済ませられるだろう?」
「ええ、勿論。そのために、念入りに準備をして参りました。端的に申し上げますと、セルシス公爵家のミーア様について、彼女の政治への参加、及び他国との交流歴についてお訊きしたいのです」
「…ほう?ミミリンが訊きたいのは、ミーア様の事か。良いだろう。後で資料にまとめて、屋敷に送ろう。だが、その前に、なぜその事が気になったんだ?何かきっかけがあるのではないのか?」
「はい。それも勿論でございます」
ふっふっふー。やはり、お父様は宰相補佐官なだけあって、話しやすいうえに話題の持っていき方がプロ並みに素晴らしいです!これは、上手くことが運びそうです。
私は、前にオリバーと話し合った事を洗いざらいお父様に話しました。すると、彼は目を大きく開いたかと思うと、突然ガハハハと大声で笑い始めました。
「がっはははは!なるほどなぁ。ミミリンの話をまとめると…まず、ミーア様の婚約者殿が他のご令嬢に現を抜かしている、と。そして、ミーア様が一応それを容認していて、その理由が他国に好きな男がいるのでは、という事だな?」
「はい、仰る通りです。お父様はこの事について、どう思われますか?」
「うむ。そうだなぁ…」
お父様は未だニヤニヤした顔をして、顎を指で撫でています。そしてしばらくして、彼は納得したかのように首を縦に振って、こう言いました。
「ミミリンの言っている事は、正直に言って、私自身も正しいかどうかは分からない。だが、少なくともあのお方は、この説を大層喜ばれると思うぞ」
「え!?お父様、あのお方とは…?」
「ふっ。ミミリンも会えば分かるだろう。本日の来客はそのお方だ」
訳が分からず、私は首を傾げます。すると、扉の方からコンコンとノックする音と、父を訪ねる言葉が聞こえました。
「フォード宰相補佐官殿、入室してもよろしいでしょうか?」
「ええ。私の娘が来ておりますが、それでも宜しければ、どうぞ」
「はい。それでは失礼します」
そうして、お父様の許可を得たそのお方は、ガチャリとドアを開けて部屋の中に入ってきました。だが、私はそのお方のお姿を見て、驚きのあまり身体がカチンと固まることになったのです。
「え…?うそ!貴方様は…!」
※※※※※
予期せぬお客様に出会ってから、数日後。ついにオリバーが、我がフォード伯爵家の屋敷にやってくる時がきました。
私は応接間のソファに座り、ソワソワしながらオリバーを待ちます。すると、扉からノックの音がしたあと、「ミミリン、入るよ」というオリバーの声が聞こえてきました。
「ええ。どうぞ、入って頂戴!すごく待ってたわ!」
「ふはっ!すごい大声だね。ではお言葉に甘えまして、失礼します」
そう言って、オリバーは扉を開けて応接間の中に入り、向かいにあるソファに腰掛けました。
わあぁ…!やっぱりいつ見ても、エメラルドグリーンのジャケットが、すごくオリバーに似合っていますわ!髪も綺麗に整えられてて、なんか物語の王子のようで素敵ですっ!
…って、なに呑気にそんな事考えているのですか、私!早速本題に入らないといけないって時に、思い耽ってはいけません!
私は、興奮してお祭り状態になっている心を鎮めつつ、目の前にいるオリバーに話しかけました。
「オリバー。ここまで足を運んてくれて感謝するわ」
「いやいや。そんなの、僕は気にしてないよ。むしろ、ミミリンに是非とも聞いて欲しい話が、いくつもあるからね」
「えっ!?オリバーもそうなのね!?という事は、お互い収穫があった、という事よね」
「うん、そうだね。じゃあ先に、どっちから話す?僕からでいい?」
「ええ。多分、私よりもオリバーの方が報告する事が多いと思うわ。だから今のうちに、全て話して頂戴」
私が話を促すと、オリバーはジャケットの中から小さなメモ帳を取り出し、それを広げながら淡々と話し始めました。
「では、まずはカミラ嬢の件について。やはり、あの男爵令嬢はサイモン王子をそそのかし、ミーア様との婚約破棄をさせるつもりだそうだよ。なにせ、お昼の中庭で堂々と言ってたのを、この耳で聞いたからね」
「やっぱり!そう来ると思ったわ!それで婚約破棄はいつ行うのか、分かっているかしら?」
「うん。あと1ヶ月後に行われる、学園創立祭の舞踏会当日。その日に婚約破棄をするそうだよ」
「ええっ!?それって、早くないかしら?」
「ん〜。それはどうかなぁ…。1ヶ月もあるって考えれば、長い方だと僕は思うよ。長期的な休みもないし、この間に冤罪をでっち上げれば、婚約破棄に踏み切った理由を不思議に思う人は恐らくいないはず…」
…ふむ。確かに今は勉強月間で、祝日もなく、試験も行われません。しかも舞踏会当日が来るまで、学園で生活するのは約20日間。これは、オリバーの話が正しいと納得せざるを得ませんね
私は彼の報告に首を縦に振り、肯定の意を示しました。
「なるほど。確かにその可能性はありますわ。ちなみに、この件についてミーア様には話したのかしら?」
「うん。そちらも根回し済みだよ。ちゃんと、ミーア様の侍女と護衛にも伝えてある。彼女達はすごく驚いていたけど、僕が話した提案に頷いてくれたよ。…あ!ちゃんと周りに人がいないかを確認してから声をかけたから、この事が知れ渡る事は多分ないはず!」
「そう。それはご苦労様ね、オリバー。それで、その記録した内容はどうするつもりかしら?」
「あー、えっと…。とりあえず、ミーア様の護衛が侍女と一緒に資料にまとめて、厳重に保管するって事になってるけど…。それがどうしたの?」
「実は…その手掛かりが、こちらの方で必要になったのよ。お父様のお客様が欲しがっていたものだから、舞踏会前日にお父様にその資料を渡す事は出来るかしら?」
私が提示したこの案に、オリバーは眉根を寄せて首を捻りました。これは『何だか怪しい』って顔をしてますね。
でも、オリバーの協力がないとこの話が成り立たないのも事実。とにかく、より詳しく話して、オリバーの疑念を晴らした方がいいかもしれません。
私はテーブルに置いてあったカップの紅茶を少し飲み、オリバーの目をしっかりと見ながら、口を開きました。
「そのお客様を最初に疑うのは、確かに英断よ、オリバー。『もしかしたら悪用されるかも』と一回警戒する人こそ、信頼のおける人間だと思われるもの。…でも、もしも『そのお客様がミーア様の想い人かもしれない』と言ったら、貴方はどう思うかしら?」
「!?…ミ、ミーア様の想い人!?ま、まさかミミリン…その方に接触したの!?」
あらあら…。私の言った事に驚いて、急にオリバーが前のめりになりました。
まぁ、彼がそうなるのも無理はないでしょう。なにせ私も驚いたのですから。
とりあえず一旦冷静になってもらうように、私はオリバーの目の前に手のひらを翳しつつ、彼の質問に答えました。
「いいえ。『接触した』というよりも『たまたま偶然出会った』の方が正しいわ。なにせ、この国でお目にかかれる機会が滅多にないお方ですもの。しかも、そのお方がこちらに来ているのも想定外だったから、最初から接触しようと試みるのは、端から不可能。あれはまさに、奇跡と言っても過言ではなかったわ」
「そ、そっか…。つまり、そのお客様は、他国からやってきたって事なんだね?…でも、一体何のために、こっちに来たんだろう…」
「ふふっ。そんなの決まってるわよ、オリバー。そのお方はミーア様に逢いたくてやって来たのよ。サイモン殿下の代わりにミーア様が議会に参加しているのも、お父様経由で調べがついているし、議会後の交流も盛んで仲睦まじかったという事も既に分かっているわ」
「は?」
おやまぁ…。この情報を伝えた途端、今度は石のようにオリバーが固まってしまいました。やはりこれは、彼の想像を遥かに超える内容だったようですね。
私はもう一口だけ紅茶を飲んで、短く息を吐いてから、オリバーが動くのを待ちます。するとしばらくして、呪いが解けたようにオリバーの身体が動き、彼の驚嘆した声が応接間に響き渡りました。
「…えっ、ええっ!?つ、つまり…そのお客様は、最終的にミーア様を手に入れるために、わざわざこっちに来たって事!?この国は山々に囲まれてるうえに、王都は隣国から向かうのにも遠い距離。最低でも到着に7日はかかるというのに、政務以外の目的で来たって事!?む、無謀すぎる…」
「あら、そうかしら?でも、この国の郵便配達員は馬に乗って手紙を届けてるわよ。往路だけでも、最低2日で隣国に行けるわ」
「うっ…それは僕も知ってるけど…。つまり、そのお客様は1人で馬に乗って、この国にやってきたって事だよね?」
「ええ、多分そうね。そしてそのお方は、私達よりも身分が上の高貴なお方なの。侯爵家以上の身分で、その方々が日常的に馬に乗って移動するのを許可している国。オリバーは分かるかしら?」
「うーん…。僕達より身分が高い方々が、日常的に馬を使う国…」
私のこの問いかけに、オリバーはゆっくりとソファに座り直し、こめかみを抑えて思考を巡らせました。
しかし、とある答えに辿り着いたのでしょう。彼は急に自分の身体を抱きしめて、全身をブルブルと震えさせ始めました。
「あ!も、もしや…そのお客様って、この国が敵に回してはいけない、あの大国のお方ってこと!?」
「大正解よ、オリバー!あの国は 絶大なる武力と交渉力で、今も領地を広げてきているわ。既にもう、5つの大きな国がその国に戦争で敗れ、20以上の国がその大国と同盟を結んでいる。だから、敵に回ってしまうと、兵力がそもそも弱いこの国はすぐに火の海になるわ。…でももし、ミーア様が婚約者と仲が良かったら、きっとこういう事にはならなかったと思うの。サイモン殿下が浮気をしたから、付け入るチャンスがあるかもしれないと、あのお方は考えて行動したのだと思うわ」
「つ、つまり…この件は結局、この国の未来にも関わるぐらい、重大な案件になったって事だよね…?ミーア様が不当な扱いをされても、彼女をミミリンと救えるよう支えるはずが…まさかこんなに大きな問題に発展するだなんて…。もし何かあったら、僕達責任取れるかなぁ…」
手を出した案件が膨大なものだと分かったオリバーは、とうとうソファの背にもたれかかり、白目を剥いてしまいました。
驚いたり絶望したりと、くるくる顔が変わる彼が面白くて、つい吹き出しそうになりましたが、やっぱり相棒がネガティブになっている時に笑ったら反感を買ってしまいますね。
では、そろそろオリバーの肩の荷を下ろすとしましょう。
「大丈夫よ、オリバー。この件について、もう既にあのお方が『全責任を負う』と言ってくださったわ。私達の仕事は、情報を集めて、舞踏会前にあの方に渡す事よ。嘘偽りなく伝えれば責められる事はないわ。だから、安心して頂戴」
「…へ?じゃあ僕達がやる事は、以前と変わらないってこと?なら僕はやっぱり、ミーア様の情報はお客様本人に渡した方がいいと思うな。お客様の事も知りたいし、ミーア様の護衛とも話し合って、今後の事をちゃんと決めることにするよ」
「ええ。分かったわ、オリバー。じゃあ舞踏会当日までのスケジュールと行動について、今から擦り合わせをしましょう?」
「そうだね。せっかく入れてくれた紅茶もあるし、ティータイムを楽しみながら話し合おっか」
こうして、私達は新しくいれた紅茶とクッキーを楽しみつつ、舞踏会当日までの段取りを話し合いました。
ああ!舞踏会がとっても楽しみです!
※※※※※
さあさあ!いよいよ、この時がやって参りました!念願の舞踏会当日です!
この日まで、私もオリバーも忙しく学園や王城を駆け回り、ミーア様が無罪であると主張する証拠を集めまくったのです!
それはもう、全て調べ尽くして魂が抜けたんじゃないかと思うほど!
…まぁ、舞踏会が始まる前に、一旦その証拠の全てをあの大国のお方に渡しに行ったのですが、同行していたオリバーが物理的に魂抜けてましたからね…。本当に、魂を戻すのに一苦労しました…。
さて、余計なお喋りはここまでと致しまして、そろそろ本題に入りましょうか。
私は、今回のパートナーとなったオリバーと共に、夜の舞踏会会場に足を踏み入れました。
私達は見た目が平凡なので、派手なドレスやジャケットは似合いません。その事をお互い自覚しているので、今回のコーデはお揃いの地味なセピア色セットにしたのです。
…ふっふっふー…。これで背景に紛れて、断罪劇を見れますわ!
あと、身バレもしないよう、こんな時のために地味な扇も商人から買ったのです!…ふっ、完璧です。
あとは断罪劇を待つのみなのですが…
「公爵令嬢、ミーア・セルシス!我が愛しのカミラに危害を加えて傷を負わせた罪により、この場で婚約破棄を言い渡す!そして、一国民であるカミラを傷つけた者に、生きる価値などなし!そのため、この場で処刑を執り行うものとする!」
うきゃああああああああ!き、来ましたわあああああああ!!!!!断罪劇の始まりですわああああああ!!!!
そう!舞踏会会場に設置してある長い階段の踊り場で、ついにサイモン殿下が大声で婚約破棄をしたのです!!これぞまさしく、オリバーの言う通りです!
興奮のあまり私は叫び出しそうになるを耐えましたが、それは隣のオリバーも同じで、目を輝かせながらこっそりガッツポーズをしつつ耐えていました。
やはり予想していた事が起きると、こんなにも嬉しいものなのですね!
私達は興奮を抑えつつ、踊り場にいるサイモン殿下と、彼に腕にもたれ掛かるカミラさん、そして階段の下にいるミーア様の動向を見守ります。
すると、ミーア様が扇子を広げ始め、冷静な表情とお声でこう口を開きました。
「あら、そうですか。それで?私がこんな事で泣くとでも?貴方に縋るとでも?はっ、ご冗談を。私は貴方に恋情など抱いていないというのに」
「な、なにっ!?だが、カミラはお前に危害を加えられたと」
「まぁ。きっとそれは、カミラさんがでっち上げた嘘に過ぎませんわ。でも、そう言っても、きっと誰も信じてくれないのも事実。ここで、カミラさんが私にどういうイタズラをされたのか、教えて頂けますか?サイモン殿下?」
「き、貴様ぁ…!」
うわぁ…!やはりミーア様は素晴らしいです!こんな時にも冷静沈着で、サイモン殿下の怒りを歯牙にもかけません。
でも、こういう態度を取れるようになったのも、ひとえにオリバーが『謂れのない罪で婚約破棄される』とミーア様に言った影響もあるのでしょう。
さすがは、私とオリバーなだけありますね!
脳内で大きく胸を張りながら、私達はサイモン殿下がどういう話をしてくれるのかを見届けます。
すると、サイモン殿下は怒りのまま従者を呼び、一通の書類を受け取ってこう高らかに言い放ちました。
「まず、お前はカミラの上履きを隠してハサミで切り、ゴミ箱に捨てた!そしてカミラの制服のスカートも盗んで、切り刻んだようだな!?また、先週カミラが貴様と言い合いになった時に、肩を押され、カミラの肩に青痣ができた!それだけでなく、従者に命令してカミラを暴漢に襲わせようとしただろ!さらには先日、カミラを学園の階段から突き落とした!これがお前の罪だ!観念しろ、悪女ミーア!」
…うっわぁ…。なんかテンプレ通りというか、なんと言うか…青痣が出来たこと以外、完全にでっち上げですね、これ。
そのでっち上げた全てが、オリバーがサイモン殿下たちを偵察して手に入れた内容そのままですし、そう話しながら彼らが下品な笑い声をさせていたのも、私知ってますからね?
まぁ、その謂れのない罪を打ち消す証拠は、あのお方にしっかりと渡しましたので、そろそろ彼に登場して頂きましょうか。
私は、オリバーの袖を軽く引っ張ってから、二人一緒に後ろにあるバルコニーの方を向きます。そして同時に軽く頷くと、バルコニーにいたあのお方が仮面を被りながら出てきて、ミーア様の近くにやってきました。
「…おやおや。ミーア嬢は悪女ではありませんよ。しっかし、この国の王子殿下は目が腐っておられる。ふふっ」
「なっ!貴様は誰だ!?もしや…ミーアの差し金か!?」
「差し金?はっ、何を仰ってるんです?私はただ、ミーア嬢を助けたいがためにやってきた騎士ですよ?」
そう言って、ミーア様を隠すように出たあのお方は、ゆっくりと仮面を外し、その美しい顔貌を晒しました。
その刹那に、ピタッと凍りつく舞踏会会場。そして次の瞬間、一気に周りがザワザワとどよめき始めました。
階段の踊り場では、殿下が青ざめながら口をパクパクしてます。けれど、やはり何か言いたいのでしょう。しばらくして、サイモン殿下はなんとか声を絞り出してこう言いました。
「…な…なっ…!あ、アスラン…皇帝陛下っ!な、なぜここにっ…!?」
「ふふっ、だからさっき言いましたよね?私はミーア嬢を助けたいだけ、だと。妻にしたいと昔から思っていた聡明で美しい女性を、まさかここで殺すとは…。これは、我が軍事大国であるマヌルス帝国を敵に回したも同然ですよ。ねぇ?宰相殿」
「…ええ。昔から、マヌルス帝国を敵に回さないよう、同盟を組んで、互いに協力し合っていたのですがね。…まさか、舞踏会でこんな事になろうとは、思ってもいませんでしたが。…ええ」
あらー…。アスラン陛下にそう威圧的に言われて、宰相様が萎縮して冷や汗を掻いておられます。
確かに、こんな少し危ない橋を渡って今回の内偵捜査をしていた私でさえも、悪寒がしますもの。
ちなみに、マヌルス帝国の賢者であるアスラン・アリタ=マヌルス皇帝陛下は、最近前皇帝の退位を受けて、現皇帝になられたお方です。
前皇帝も素晴らしき手腕を発揮して、あらゆる国と貿易を為されておいででしたが、マヌルス陛下は前皇帝よりも多くの国を見ており、強大な交渉力と武力でマヌルス帝国をさらに大きくして来たのです。
しかし、その力の一添えになっているのは、アスラン陛下の美しい容姿にもあります。
褐色の肌に、美しい銀色のお髪と碧い目、そして端正な顔立ちに鍛えられた体躯は、世の女性達を魅了して止みません。(少なくとも私は除きます。私は褐色肌ってあまりタイプではないですから)
さて、ここまで宰相殿を威圧感で脅して『敵に回しても同然』だという事に賛同させたアスラン陛下に、この国の第二王子はどう反応するのでしょうか?
「て、敵に…まわる?そ、そんな…!た、ただ自分は、ミーアの悪事を晒しただけで…!なぁ、カミラ?お前も俺と同じ立ち位置で、ミーアに裁きを与えようと思ってただろう?」
「…え?そうだったかしら?そもそも、声高らかにミーア公爵令嬢が私にした悪事を言ったのは貴方だけじゃない!そして、その悪事をでっち上げたのも貴方よ!私は悪くないわ!…そ・れ・で〜、アスラン様ぁ〜♡私はちゃーんと、『ミーア公爵令嬢が悪事をしたのがでっち上げ』だと言いましたわ♡ですので、ご褒美に、私を貴方の妻にして下さいませ♡」
…うへぇ…。なんか、すっごく下心ありまくりですね、この男爵令嬢さん。
サイモン殿下よりも素晴らしい優良物件を見つけたら、彼を悪にしてでも自分を良くしようと、アスラン陛下の前まで走って弁明するとは…。なかなか度胸がありますね。
しかもその一方で、この国の第二王子殿下はカミラさんの裏切りに怒るどころか、ショックを受けて尻もちをつきながら震えています。
…まぁ、そうでしょうとも。だって、カミラさんはお金と贅沢にしか興味のない、脳内お花畑令嬢ですもの。これも実は、オリバーの情報で分かっていた事なのです。
先日一度だけオリバーが彼女と接触したと聞いたら時も『お金のない子爵令息のブサイクには興味ないの。私は玉の輿を狙って何不自由ない生活を送るわ!』って言ってましたし…。
あと、この件でオリバーは他人に『ブサイク』と言われた事を悔しがってましたが、私が『全くブサイクじゃないわ』と言ったらすぐ機嫌を直してくれました。あの時のオリバーの笑顔、とって可愛かったですわ!
…あっ!またやってしまいました、私…。ここでつい、無駄話をしてしまいました。
で、ですので、もうこの話はやめておきましょう。今は修羅場真っ只中にあるんですから。
でも、こう暴露されてしまったら、せっかく私達が集めた情報が台無しになってしまいますね。うーん、どうしましょう…。
私は扇をゆっくりと開き、それを口に当てて考えます。すると、さっきまで冷ややかにカミラさんを見ていたアスラン陛下が、私達の提出した証拠が記された書類を懐から出し、口角だけを上げながらカミラさんにこう言いました。
「…私の妻になるのであれば、常にミーア嬢よりも勉強も教養も勝ってからにして頂きたい。ただ…私の言った質問に答えるのであれば、別の褒美を与える事を保障しよう」
「そ、そんなぁ〜…。でも、そんなアスラン陛下も大好きですわ♡それで?褒美とは一体なんなんですの〜?」
ひいいいいい!カミラさんが気持ち悪いです!彼女の動きも声も、媚び売ってる感バチバチで、もう見てられません!
隣にいたオリバーも、苦虫を噛んだような顔をして、私に「大丈夫…?ミミリン」って言って心配してますし…。顔色が悪くなっているオリバーを見ると、こっちまで顔色悪くなりそうです!
とりあえず私とオリバーは、一歩大きく後ろに下がって、アスラン陛下たちの様子を眺める事にしました。遠くの方から見るのは、まだマシですから。
すると、遠くから見ても分かるくらい、アスラン陛下の怒りが頂点に達したようで、周りの空気が雪国ぐらい凍ってるのを感じました。ミーア様も肩を抱いてブルルと震えているのに、カミラさんは気付きません。
…カミラさんはもしや、鈍感なのではないでしょうか?もしくは気付いてはいるけど、度胸パワーで跳ね除けているのでしょうか?
とにかく一旦、動向を見守りましょう。
「……とりあえず離れてください、オルモス男爵令嬢さん。気持ちわる…ではなく、褒美は私の言うことを聞く令嬢にしか与えませんので」
「は〜い♡」
「ブフッ!」
ま、待って下さいっ…!い、今アスラン陛下、『気持ち悪い』って言いかけてませんでした!?
しかも、アスラン陛下が『さん』付けするのって、確かその人に怒ってる時に使うものだったはず…!
私は思わず堪えきれずに笑ってしまい、条件反射で扇子を上げて顔を隠しました。
ま、まさか陛下が、私とオリバーと同じ気持ちだとは思わず、ついっ…!
でも、カミラさんは笑った私に気付いていない様子だったので、何事もなく会話が進み始めました。
「では、まず最初に『ミーア嬢がオルモス男爵令嬢の上履きを隠してハサミで切り、ゴミ箱に捨てた』件につきまして。これはサイモン殿の策略でお間違いないですか?」
「はい♡これは、ミーア公爵令嬢を陥れるために、サイモン殿下が考えた事ですわ〜。後で、私の上履きを新しく買ってくれると言う約束をつけて。ちなみに、ハサミは校内に持ち出せないので、私の家で侍女にやらせました。ふふっ、私って従順でしょう?」
「…ほう?完全に暴露しちゃってますね。では、『オルモス男爵令嬢の制服のスカートを盗んで、切り刻んだ』というのもそうですか?」
「はい♡上履きだけでは信憑性がないだろうと、それもサイモン殿下が言いましたの。これも私の侍女にさせましたわ」
「なっ!?す、スカートの件は違うだろう、カミラ!!」
あら?階段の踊り場の方から、サイモン殿下の怒鳴り声が聞こえてきましたね。
ええ、ええ。それは殿下の言う通りですわ。何故なら…
「…ふむ。ですが、この報告書には『上履きだけでは飽き足らないもの。私のスカートも切り刻んで、あの女をどん底に落としてやるわ!ギャハハハハ!』っていう貴女のセリフが記録されていますよ?この記録は約1ヶ月前のものですね。覚えておりますか?オルモス男爵令嬢さん?」
「…へ?」
あらあら。バッチリと証拠を突きつけられてしまいましたね、カミラさん。もうこれは、オリバーの手腕を、正当に素晴らしく評価する必要がありますね。
なにせ、この報告書を書いたのは、正真正銘オリバーですもの。昨日、『しっかり記憶してしっかり書いたから大丈夫!』って自信満々に言ってましたし、そんなオリバーを可愛いなと思ったのも事実ですから。
さて、この悪どいセリフを暴露されて、固まってしまったカミラさん。そんな彼女を無視して、アスラン陛下は次の質問を開始しました。
「ふむ。固まったと言うのは図星だという事ですね。では次の質問に移りましょう。『先週、ミーア嬢と言い合いになった時に、肩を押されてオルモス男爵令嬢の肩に青痣ができた』というのは日時が具体的でした。ですが、『ミーア嬢が、従者に命令してオルモス男爵令嬢を暴漢に襲わせようとした』というのは、具体的にいつ頃ですか?また、『先日、ミーア嬢がオルモス男爵令嬢を学園の階段から突き落とした』というのもいつ頃にしたのですか?…聞いていますか、オルモス男爵令嬢さん?」
「…ふぁ、ふぁいっ!そ、それは3週間前と一昨日に設定しましたわ!サイモン殿下が『こうした方が信憑性が上がる』と豪語していましたもの!ちなみに青痣が出来たのは事実ですわ!なにせ、先週サイモン殿下と喧嘩した時に、彼にに肩を押されたんですもの!」
「なっ!それは内緒にしろと言っただろ、カミラ!!」
あっら〜…気が付いたらド修羅場になってますね、この舞踏会。殆どの人がドン引きしてヒソヒソと内緒話をし始めましたし、私とオリバーも『見てられない』と目を閉じました。
なのに始まる、サイモン殿下とカミラさんの大喧嘩。しかし、その喧嘩を止めたのは、アスラン陛下の大きな笑い声でした。
「…プッ…あっはははははははは!!!」
「!?」
「え?…あ、アスラン様?な、何笑って…」
「い、いやぁ〜、面白いものを見せて貰ったと思いまして。では、サイモン殿にお聞きします。舞踏会が始まる前の一ヶ月間、ミーア嬢がどこにいたかご存知ですか?」
「へ?そ、そんなの、この国にいたに決まってるではないですか!ミーアは王子妃教育で忙しいんです!なので、そのストレス発散にカミラの事を虐めて」
「ふっ…。では貴方は、この一ヶ月間、ミーア嬢を本当に見ましたか?ずっとオルモス男爵令嬢さんにかまけて、ミーア嬢を見ていなかったのではないですか?確かに、報告書にも『この一ヶ月間、ミーア嬢と第二王子殿下が一緒にいた記録なし』と書かれてありますね。…まぁ、そうですよね。この記録は、ミーア嬢専属の侍女が書いたもの。そして、多くの使用人やセルシス公爵にも閲覧させ、間違いがないと太鼓判を押されたものです。素晴らしき行動力ですね、貴女の侍女は」
そう言って、アスラン陛下は蕩けるような笑顔で、ミーア様に話しかけました。
きゃあああああ!この笑顔は甘いですわ!口から砂糖吐きそうです!
しかも、アスラン陛下の笑みを見て、ミーア様も顔が真っ赤になっています!それを悟られないよう、扇で顔を隠しているのも微笑ましいですし、これは萌えますね!
私は心の中で、きゃぁきゃぁと恋愛小説を読んだ時のようにはしゃぎました。
しかし、今はまだ修羅場の真っ最中。断罪劇は楽しいですけど、段々飽きてくるのも困りものですね。
だから、そろそろ帰りたくなって来たのですが…。そういや、まだ私が提出した証拠が出ていないような…。
「…ああ!あと、ミーア嬢がサイモン殿と一緒にいた記録がないのには、もう一つの理由がありまして、報告書には『一ヶ月前から昨日まで、ミーア嬢はアデリア公国に滞在していた』という記録が書かれていました。アデリア公国は最近地震が起きて甚大な被害を出していた小国で、この国と友好条約を結んでいる所でもあります。そこに、ミーア嬢は第二王子殿下の代わりに向かっていたのです。そういや、貴方は『アデリア公国には行かない』と頑なに拒否していたそうですね。ミーア嬢に行かせればいいと言って、その間にオルモス男爵令嬢と逢瀬を重ねていたとか。宰相補佐官殿から頂いた報告書でそう書かれていますので間違いないですね」
まあ!やっとアスラン陛下の口から出ましたね、私の提出した証拠が!
ちなみに、宰相補佐官殿というのはもちろん、私のお父様のことです。アデリア公国が地震に見舞われた時に、お父様がすぐにアデリア公国に連絡をとり、この国の国王陛下とミーア様を連れて向かっていましたもの。
そして、その時の私はというと、我儘を言ってお父様がこの国でやっていた業務を少し引き継いでおりました。
何故なら、その業務の書類の中に『サイモン殿下がアデリア公国に行きたくなかった理由』や、『ミーア様がアデリア公国に何日間滞在するのか』等の記録が残っているのでは、と踏んでいたからです。もちろん、この報告書はお父様名義にしてありますよ。
…だって私名義にしたら、内偵がバレてしまうではないですか!殿下やカミラさんに逆恨みされたくないです!
と、とにかく!多分、これで私たちが提出した証拠は以上でしょう。
他にもツラツラ〜と詳細を書いた報告書を提出した気もしましたが、アスラン陛下が掻い摘んで話した内容で充分ミーア様の冤罪は晴れたと思いますし!
(そもそも、罪をでっち上げた事を、最初にカミラさんが暴露してしまったので、証拠はいらなかった気もしますが)
私はオリバーの袖を引っ張り、「もう断罪劇が終わったので帰るわよ」と小声で囁きます。オリバーも「うん。そうだね」と言って頷いたので、私達2人は出口までこっそりと向かいました。
ですが、最後にカミラさん達の行く末が見たくなり、私はこっそりと後ろを振り向きます。
そしたら、アスラン陛下がミーア様の腰を抱き、どこから来たか分からないマヌルス帝国の衛兵が、第二王子殿下とカミラさんを捕まえている様子が目に映りました。
そして、アスラン陛下は大声で
「ただいまより、サイモン第二王子とミーア嬢の婚約破棄はマヌルス帝国皇帝の名の下に受理された。それと同時に、サイモン第二王子とカミラ・オルモス男爵令嬢の婚姻を認め、それを受理する事とする。また、サイモン第二王子とカミラ・オルモス男爵令嬢は、この国の王太子と王太子妃になる事を認めると同時に、我らマヌルス帝国がこの国の政治を牛耳り、王太子夫妻の政治への介入を一切禁じるものとする。もちろん彼らへの資金援助も未来永劫制限し、資金に関する反発や我が国への政治介入等が認められた場合は、即刻処罰を下すものとする!」
と宣言しました。
あらあら、まぁ…。カミラさんへの褒美というのは『この国の王太子妃にしてやりますよ』という事なんですね。
しかも、もし将来王妃になっても、政治介入禁止と資金援助の制限が続くって…。完全にいないものとして扱われる国王夫妻の出来上がりではないですか。
あと、どのぐらい資金援助が制限されるのか分かりませんけど、きっとカミラさんは何の考えもなしに贅をつくして、すぐに散財するのではないかと思います。この件も既に私が調べて、アスラン陛下に報告しているので、大丈夫でしょう。
「ミミリン?いきなり振り向いてどうしたの?事の顛末が気になった?」
不意に、オリバーが私を気にかけて、優しく話しかけてきました。こういう気遣いが出来るオリバーは、もう完璧な紳士なのではないでしょうか?
私は、オリバーの心配そうな声と顔にドキドキしながらも、冷静さを取り繕ってこう話しました。
「…コホン。ええ、そうね。でも、アスラン陛下のおかげで、スッキリしたのも事実よ。さて、もう帰りましょう、オリバー」
「うん!僕もスッキリしたし、ミミリンと舞踏会に出れて嬉しかったよ!…まぁ、舞踏会に参加したというのに、結局僕たち、一曲も踊ってなかったけどね…」
「ふふっ。確かに、そうね。断罪劇は楽しかったけど、あの雰囲気の中で踊るのは息が詰まってしまいそうだったもの。一緒に帰ってくれてありがとう、オリバー」
こうして私たちは、こっそりと舞踏会会場を出て、伯爵家の馬車に揺られながら修羅場と化していた場所を離れたのでした。
※※※※※
さて、ここからは後日談となります。少々お付き合い下さいませ。
まずはミーア様の事についてです。
ミーア様は、サイモン殿下との婚約破棄が受理されたと同時に、アスラン皇帝陛下の婚約者となりました。
今はマヌルス帝国の王城に住み、アスラン陛下との日々の激しい夜の営みに疲弊しているのだとか…。
いや、そういう情報は私には関係ないんですけどね!それもこれも全てお父様から聞いた話ですので!
私が興味もって訊いたわけではないですよ!断じて!
次にカミラさんとサイモン第二王子殿下についてです。
カミラさんは、この国の王太子妃になれる事に喜んでおいででした。
『アスラン陛下の妻にはなれなかったけど、玉の輿に乗れた!』という事で、1日もしないうちに、マヌルス帝国から援助頂いていた資金を全て使い果たしたそうです。
そして、この事にサイモン殿下は怒り狂い、カミラさんと大喧嘩をしたそうですが、ついに先日カミラさんがマヌルス帝国の金を横領しようとして捕まったそうです。
この件について、マヌルス帝国はカミラさんを一生涯牢屋に入れる事を決め、カミラさんとサイモン殿下は速攻で婚姻を解消。
また、サイモン殿下につきましては、『元カミラ王太子妃の散財を止めようとした良識ある行動をしていたので、追加の資金援助を行い、王太子の地位は剥奪しない』とお決めになりました。
つくづく、マヌルス帝国は強いのに、この国の王族には甘いなって思います。…まぁ、この国はミーア様の生まれ故郷でもありますからね。
そして、昨日。私とオリバーに舞踏会でのお礼がしたいと、アスラン陛下が我が伯爵家に直々にやってきました!
それはそれはもう緊張しまくりで、私はソファーに座りながら、額から冷や汗をダラダラと流していました。…まぁ、オリバーはというと、私の隣で座ったまま、また魂が物理的に抜けそうになってましたが…。
でもそこは、貴族の矜持をなんとか持って、アスラン陛下を応接間にご案内する事が出来ました。
「…ほう…。フォード伯爵家の応接間は、こんなにも綺麗なんですねぇ…。この間取り、勉強になりますね」
「あ、あの…すみません。そろそろ本題に入って頂きたいのですが、早くしないと、オリバーがまた魂抜けて帰って来れなくなりそうなので…。とりあえずソファーにお掛けください」
応接間に入るなり、ウロウロし始めたアスラン陛下に、私はソファーに座るよう促します。
それを見て、アスラン陛下は「おや、そうでしたか。これは失礼しました」とペコペコと頭を下げてから、ソファーにゆっくりと腰を下ろしました。
「今回は、私の我儘を聞いてこちらにお招き頂き、誠にありがとうございます、ミミリン・フォード伯爵令嬢殿。では早速、本題に入らせて頂きますね。今回の婚約破棄の件につきまして、多くの冤罪の証拠を集めて頂き、ありがとうございました。おかげで、無事にミーアと婚約する事が出来ました。なので、是非ともお二方にお礼をと思いまして…」
「えっ、ええっ!?い、いや…私たちは大してそんなお礼を言われる事をしておりません!あと、後ろに『殿』をつけて私を呼ぶ必要もありませんよ、アスラン陛下!…ただ、断罪劇でミーア様を救えればな〜、という気持ちでいましたので、そんなそんな!」
私は手をブンブンと前後に揺らして、首も左右に動かしました。
私たち、そんな大それた事していないはずなんですけど…。
「いえいえ。ミーアを救ったというのは、私をも救ったという事。そしてこの国と我がマヌルス帝国を救ったという事でもあります。なので、もし何か私にご要望等ありましたら、出来うる限り叶えたいと思っています。何かありますか?」
「ひ、ひえぇ…」
ヤバいです、このお方!なんか、圧が強いです!
も、もしや、皇帝の力を利用して、何かしようとしてます!?うぅ…断りたくても断れません!
もう、私に要望とか何もないですし、断罪劇を見れただけでもお腹いっぱいですしぃ!
私はアスラン陛下の無言の圧に耐えられず、目を泳がせます。しかし、この話を聞いて、魂が抜けそうになっていたオリバーが覚醒し、すかさず手をバッと挙げました。
「あの!すみません、アスラン陛下!どんなご要望でも構わないのでしたら、僕のお願いを聞いて頂けませんか?」
「お、オリバー…?」
「おや?…ふふっ、分かりました。それで、貴方のご要望は?」
「はい!格下の貴族から婚約打診をする事を、アスラン陛下に特別に許可頂きたいのです!この国での婚約の打診は、格上の爵位あるものからしか受理されません。僕は子爵令息で、僕が好きなのは伯爵令嬢なので、格下の爵位あるものからの婚約打診を認めて頂きたいんです!」
…そ、そんな…。オリバー、本当に好きな人がいたんですね。しかも伯爵令嬢って…。
私は、胸がズキンズキンと痛むのを感じ、顔を伏せました。オリバーには他に好きな人がいたのに、あんなに振り回しておいて、私は最悪な女ですね…。
不意に目の前がぼんやりと滲み始めます。すると、オリバーが「ミミリン!」って叫びながら私をギュッと抱きしめてきました。
「大丈夫、ミミリン?何か嫌な事でもあった?なんか泣きそうな顔してたよ?」
「…オリバー…。ごめんなさい、貴方をずっと振り回して…。他に好きな人がいるんでしょう?だからもう、私たちの内偵遊びはここまでで」
「は?何言ってるんだ、ミミリン!他に好きな人なんている訳ないよ!僕が好きなのはたった1人、ミミリンだけなんだから!」
「…へ?」
えっえええええええええ!?ま、待ってください!ほ、本当にオリバーが好きなのは、私ですか!?
あまりにも衝撃的な話についていけず、私は目と口をポカーンと開けます。それを見て、オリバーは嬉しそうに笑ったあと、私の左手の甲に軽い口付けをしました。
「ミミリン。僕は初めて貴女を見た時から、貴女の事が恋愛感情として好きです。友人の関係も悪くなかったけど、僕は貴女の家に婿入りしたい。フォード伯爵家を、笑顔が可愛くて元気なミミリンの事を、死ぬまで支えたいんだ。だから、貴女の婿になって、結婚して、貴女を幸せにしたい。…だから、アスラン陛下に『この婚約の打診を認めて欲しい』ってお願いしたんだ」
「お、オリバー…。でも私は、そばかすがあって、平凡で、美しくもなんともないわ!社交界に出たら笑い者にされるかも…」
「そんなの、僕だってそうだよ。そばかすがあって、不細工で痩せてて、頭いい事以外何の取り柄もないんだから。僕の方こそ笑い者にされるよ」
「そんな事ないじゃない!オリバーは充分カッコいいわ!私だって、オリバーの事が大好きなんだから!」
「…ミミリン…」
オリバーの告白がすごく嬉しくて、私も彼の目を真っ直ぐに見て、想いを伝えました。もうとっくに私はオリバーに惹かれていたというのに、なんでこの時まで気付かなかったのでしょう…。それが不思議なぐらいです。
私とオリバーは、お互いの目を見つめながら、顔をゆっくりと近づけます。が、それをアスラン陛下が大きな咳払いをして止めました。
「んん゛っ!…二人の世界を邪魔するのは、悪いと思っていますが、私がいることも忘れないでくださいね。危うくこの場で、砂糖を吐きそうでしたよ」
「あ…あはは…」
「すみません…アスラン陛下…。うふふ…」
オリバーと両想いになれたのが嬉しすぎて、思わずアスラン陛下を放置する所でした。あ、危なかったです…本当に…。
ですが、これで私とオリバーは、アスラン陛下の立ち会いのもと、正式に婚約者同士になる事が出来ました。
きっとゆくゆくは、婚約制度もゆっくりと変わっていくでしょう。その先駆者に、私達がなれたら嬉しいですね!
そして、アスラン陛下が応接間から出るのを見送ったあと、私は座ったままオリバーを横から抱きしめて、こう伝えました。
「ねぇ、オリバー。私たちが婚約者になっても、内偵は続けるわよね?」
「ん?ミミリンが望むのだったら、いつだって続けていいと思うよ。もちろん、婚約者兼相棒の地位は絶対に譲らないけど」
「ふふっ、そうね。私も婚約者兼相棒の地位は譲りたくないわ。だからこれからも、一緒に頑張りましょうね」
「うん!ミミリンの仰せのままに、なーんてね」
私たちは幸せそうに笑い合いながら、お互いの額をくっつけました。
ああ!これからもオリバーと内偵出来るだなんて、なんて素敵な事なのでしょう!私たちの将来が楽しみですわ!
…そして、この時の私たちはまだ知る由もありませんでした。
オリバーが婿入りしたフォード伯爵家が、マヌルス帝国とこの国御用達のスパイ一家として、名を轟かせていくという事を…。
最後までお読み頂き、ありがとうございました!
実はこの作品は、今年の「バディコンテスト」に応募する用に書いていたものでした。なので、「ミミリンとオリバーが相棒しているなー」と感じて頂けたのではないでしょうか?
(結局字数オーバーしたので、企画に応募する事は出来ませんでしたが)
あと、間接ざまぁを書くのは初でしたが、とても筆が乗って、すごく楽しかったです。(о´∀`о)
(6/21 08:05 追記:沢山の誤字報告ありがとうございました!とても助かりました!)
よろしければ、感想や「☆☆☆☆☆」の評価、いいね等お待ちしております!(^^)