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心の行方  作者: 心愛
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空蝉の箱

6月3日 午後3時

 雲の隙間から太陽が覗いている。今日は雨は降っていない。部室に向かう途中の空を眺める。まだ抜けぬ水たまりのせいで、足取りが重くなっている。もう少し水たまりが乾けばきっと晴れ間も訪れてくれるんだろう。

「今日先生くんのかな」

「今日筋トレの日?」

「あいつキモいよな」

 部室の中ではそんな他愛のない会話が飛び交っている。僕は盗聴器の如く物静かに人の会話を聞く。中には聞きたくなくても聞いてしまうものもある。

 扉で仕切られた部室は、裸族の集いかと思ってしまうくらい皆上裸になったり下着になったり。知りたくないことばかり、目を背けたい現実ばかりが僕を襲う。こんなの、僕は知りたくない。

 周りの人は空気のように僕を構うことはなく出ていく。

「伊織」

 初めて部室で声をかけられた。同じクラスのバドミントン部の羽根山光留(はねやまみつる)君。青いスポーツ刈りの髪にお似合いの容姿。そして髪の影響を少し受けたのか服も水色。光留君はリーダーシップがあって責任感の強い子だったような気がする。まだクラスでは片手で数えるくらいしか話したことがないから分からない。

「今日のトレーニングマッチ、対戦しようよ」

「え?いいけど」

 思わぬ誘いに少し戸惑う。今まで余った人と組むというのが当たり前で、残る人はだいたいあまり強くない人だから手応えのない試合がずっと続いてきていた。

「伊織両利きだから結構強そうだよな。皆んなそういう」

「そう…?」

 正確には違うけれど…。普段は左で打っているけれど、場合によっては右手でスマッシュを打ったりする。多分部の中で唯一の左利きということで少し注目を浴びていたらしい。少しばかり嬉しくなってしまう自分がいた。

 練習が始まり、最初はラリーをする。ペアもコートも一回ごとに変わる。極力人との会話を避けてきてバドに集中していたこともあってか、僕は部内でもそこそこ強い方になっている。でもこのか弱そうな見た目と弱いメンタルのせいで、何かと物を言われてしまうことが多い。これが嫌なのだ。なんで1つのミスでグチグチ文句を言われないといけないのか意味がわからない。じゃあ君たちは失敗しないの?って思っちゃう。自分のミスなんだから自分が1番わかっていること。

 バドミントン部は風の影響を受けたくないスポーツなので、たとえ暑くても扉を開けることはできない。そのため6月の気温でも夏のような暑さになることもある。今日も暑い。汗で床が滑ると危険なのでしばしばモップ掛けをする必要がある。

「はい10分休憩!」

 部長の声掛けを背に僕は外に出る。

 窓の外では涼しい風が体を冷やしてくれる。何もない空を見ると、僕らがどれだけ小さな存在なのかと思ってしまう。

「お疲れい」

「光留くん」

 隣に座った光留くんに肩を叩かれる。

「お疲れ様」

 声のかけ方が分からず気まずい沈黙が風に運ばれてやってくる。

「やっぱし強いな」

「そう?ありがとう」

「もう疲れるよな。部活って」

 あんなにいつも楽しそうにしてるのに。

「伊織は部活楽しくないの?なんかいつも無表情だけど」

「バドをすることは嫌いじゃないよ。でも…」

「でも…?」

「いや、なんでもない」

 主な悩みは人間関係のこと。部活にはあまり関係ないので別に言う必要がないと思った。

「なんだそら」

 体育座りに顔を埋める。この地獄をあと3年間味わわないと行けないと思うと悲しくなる。

 まだバレていない。

「はーい休憩終わり!」

「お、休憩終わりだって…。伊織?」

「少し休んでから行くよ。つっちゃったみたいだから」

「じゃあ部長には行っとくから。伸ばしたら早く来いよ」

 部長の声は聞き取れなかったから、光留くんがいなかったら行方不明者になっていたかもしれない。多分誰も気づかないんだろうから構わないけど。

 あふれる涙も、濡れたタオルで拭けばごまかすことができる。なんで、泣いてるんだろう。無抵抗に流れる涙が心を藍色に染めていく。高校に入った理由さえも見失いそうだ。風船が膨らみ、無理をしたものが壊れるのと同じように割れてしまいそうだ。

 みんなに嫌われているんじゃないかな。自尊心の芽生えがそんな感情を運んでくる。

『もう…。ちゃんと打てや』

『下手くそ』

『チッ』 

 幾度となく刃を向ける言の葉が弱った心には刺さる。誰にも救われないまま孤独を味わう。これが望んでいたことなのに、いざそうなると寂しくなる自分勝手な心に怒りが湧く。混沌とする感情にもお面を被って対応していく。壊れない限りばれないんだ。

―あれ、僕何しているんだろう。

 無気力に襲われそのまま横に倒れる。今は溢れる涙を抑える気力もない。

 すべてを終われたら、別の誰かで楽しく生きれるのかな。こんな悩みさえも部活さえも終わって、普通になれるのかな。

 どうせ戻ったらサボってたとか言われるんだろう。表面だけでも優しくしてほしい。自分の悪行は自分で殴るから。




「はーい休憩終わり!」

「お、休憩終わりだって…。伊織?」

 埋められた顔を覗いてみるが見えない。光留はもう一度声をかける。帰ってきた返事に納得し、庵をおいて体育館に戻る。

「おー光留、どこ行ってたんだよ。一緒に外行こって言ったのに」

「ごめんごめん。ちょっと他の部活の人と話してたんだ」

 繕いに部活仲間は疑念なく笑顔で納得した。

「あ、それと伊織がお腹壊してトイレだってよ」

「伊織?あああいつか。まあどうでもいいっしょ。どうせサボり」

 議論になると面倒だと思ったのか、光留は反論を抑えた。

 しばらく経って、時計を光留が見たときはもう30分。が経過していた。

―遅いな。まさかほんとにサボってるのか?ちょっと様子を…

 ここまで遅いとやはり心配になったのだろう。光留が練習を抜け出した。そしてさっきの休憩所に行く。

「おーい。足は治った…か」

 疑問形のはずが言葉が喉で止まってしまった。

 そこには泣き崩れた伊織の姿。

―声かけるべき?え、これどういう状況?なんで、横たわってるの?寝てる?

 幸い光留の視点からは伊織が泣いているところは見えなかったよう。それでも横たわる姿はあまりにもだらんと力が抜けていたので少し気になるらしい。

「おい、大丈夫か?」

―泣いてるじゃん。そんなに足痛いのか?

「光留くん…」

「足大丈夫か?痛いか?」

「ごめん……。今は少し1人でいたい」

「なにがあった」

「なにもないよ。足も大丈夫。光留くんこそ。練習抜け出してきたんでしょ。僕のことはいいから」

「いや…。うんわかった。先生とかには適当に理由つけとくわ」

 納得行かない様子で光留はその場を離れる。伊織のいうとおり無断で抜け出した身なのでそろそろ戻らないと行けない。だから言うことを聞いたのだ。

 伊織は結局、その後無意識のうちに早退をした。

どうせ何も手に入らないのに

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