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心の行方  作者: 心愛
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五月闇の明かし方

 その言葉に、心臓は1つ大きな鼓動を打った。

「伊織はトランスジェンダーなの?」

 真剣な眼差しは真夏の太陽を連想させる。目を背けたい現実というのは誰しもに平等に現れ、それは不平等に未来を変えていく。

「わかんない」

 否定も肯定もできず中立に位置する。それはまさに今の僕の心を具現化しているようだった。

 少し時間を置いた。話そうか話さないか悩んだが、紬になら、話さなければならないと思った。これからのためにも。

「最初に異変に気づいたのは中学生のときだったんだ」

 いや、もっと前だったかもしれない。でも最初におかしいなと思ったのは中学2年生の、秋のことだった。

 僕の周りには友達は少なくなかったけど、その殆どは女の子だった。男友達もいないわけではなかった。井原も、遥輝も、いまは別の高校に行ってしまった子の中にも、男の子はいる。多分その当時は、周りの子から見たら僕はハーレムと呼ばれる存在だったんだろうと思う。でも僕はそんなこと意識なんてしなかった。するはずもない。僕にとってそこが落ち着く場所だったから。でも、その中で完全には輪に入れない疎外感と、周りの人との違いというのを感じ始めた。それまで感じることのなかった違和感に気づき始めた時、僕は誰にも相談に乗れず気づいても貰えず、周りに人はいるのに何故か孤独感を感じるようになっていった。違和感が強くなったのは中学3年生になってからだった。他の男の子と同じように育つ体。それと反対に育つ心。趣味も価値観も他の男子とは合わない。その時から孤独感が、孤独に変わった。誰も知ることのできない僕の本当の気持ち。そんな僕も服屋さんに行ったとき、勇気を出したのだった。元々親には可愛いとよく言われていたので、服もメンズではあるものの可愛げのあるものを選んでいた。でも、それは家族の思うかわいいではあっても僕の思うかわいいではなかったのだ。僕の可愛いとは子供っぽさのことじゃなく、女の子として見てかわいいだった。そこに矛盾が生じていたのだ。勇気を出してその時初めてレディースの服を手に取った。と言っても、中性的なものだったけれど。それでも、その服を着るのはものすごく楽しくて、少し前に進めた気がした。多分、その時は笑顔の時間が多かったんだと思う。

 しかしそんな夢のような時間が長く続くわけもなく。次第に制服を着るのも嫌だと思うこともあった。理由は簡単で、それはメンズ用だから。僕にはメンズという概念で押しつぶされてしまいそうなくらい窮屈だった。だから、生きる意味を見失っていた。幸い、学校に行くことはものすごく好きだったから、背に腹は代えられないという思いだった。こんな体で生まれて来たことが、すべてを狂わせているんだと。正直今も学校では少し窮屈だ。井原といることは別に嫌ではない。そう、『()()』なのだ。どこか心の奥のどこかで、本当にこれでいいのかと思うところがある。自分でもよくわからないのが現状ではあるものの、僕の思い浮かべる理想像とはかけ離れた状態にいるのは確かだ。そのせいえまこんなに悔やんだ気持ちが続いている。誰にも染まれないのは、この髪の白が表している。誰かに染まることはできるけど完全には染まることができない。いつまでも偽りを続けるのは良くない。今回みたいに誰かに気づいてもらえたのは初めてだ。だからだろうか。景色が歪んで見える。僕の中の私という存在が、徐々に顔を出し始めている。いいことだけど、それが空回りしている。誰かに自分からこの違和感を相談したことがない。もちろん医者に行ったわけでもない。だって怖いから。もしこれが性別に関する何かではなかったとき、本当に僕はどうかしていることになる。受け入れたい現実があるのに、それが違ったらと思うと足を踏み出せなくなってしまう。

 憧れの存在に近づく度遠くなる気がする。今の自分とその夢がかけ離れていることに気付かされてしまうが故の気持ち。胸の中にあるモヤ。正体はわかっているのに手を出せないもどかしさ。誰にも気づいてもらえたのに混沌する感情。良し悪しではない気がするけどそれ以外の言葉で表現するのは難しい。

 一通りの説明が終わる頃には僕は泣いてたと思う。この空に浮かぶ朧月みたいに確信はなかった。ただそれは闇に紛れて多分気づかれてはないと思う。

 紬は、本当にいるのか疑ってしまうほど黙り込んでいる。え、いるよね。

「だからかな。今元気が出せないんだ」

 この口調も心所以のものだと思っている。

「伊織は、ひとりじゃないよ。だって、伊織には、アサガオがついてるじゃん!グループの名前だってこんなにきれいに作れるのわたしたちくらいだよ。それにみんなが仲良し。いまはみんな学校も違うけど、それでもこうして辛かったら相談すればいい。笑い足りない分は集まって大笑いすればいい。話の種もその時話して咲かせればいい。私は気づいたけど、他の二人には、自分から言えるといいね。時間がかかったっていいよ。これからの私達のために、大事なことだもん」

「…僕からも1つ質問」

「ん?なに」

「紬は、なんで落ち込んでるの」

 これは、ここに呼び出されたときから少し疑問に思っていたことだ。はっとしたように目を見開いて、その後にそむけた。

「私は、もう大丈夫。なんで元気がなかったのかわからないくらいだよ。多分ちょっとした5月病だったんだよ、きっと」

「5月病って。なに?」

 井原の言葉だ。オリジナルじゃなかったんだ。

「知らなかったの?てか多分伊織もそれだよ」

「え、そうなんだ」

 井原、ごめん。僕はあなたを疑いました。というよりみじんも信じてませんでした。どうかお許しを。

 でも…。なんだか少し楽になった気がする。紬と会えて、良かった。


5月24日夜8時 帰宅

闇は照らされた

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