悪戯と約束
紬と伊織、見分けが難しいかもしれません。頑張って区別がつくようにします。
4月18日 日曜日午後1時
こんなにもきれいに晴れた空なのに、僕は今遥輝の家にいる。今日は遥輝の親もいないらしく、普段は中々入れることのできない紬も家に入れるということで、今日は遥輝の家に集合することになった。僕たちは同じマンション内に住んでいて、部屋番号が違うだけ。左右がまんま変わっただけの部屋。始めてきた時はびっくりしたけど、今はもう遥輝公認で第2の家と化している。何回も来ているから、僕はいつでもここに来れる。
「開けてるよ」
ピンポンとチャイムを鳴らすと遥輝からそう返事が返ってきた。いつもも開いているときが多い。買い物をして帰ってきたときなんかはピンポンも押さずにそのまま入ることが多い。
そして僕は扉を開けた。
『ガチャ』
一瞬何が起こったか分からなかったけど、次に瞬きをした刹那、引っかかったと確信した。中からは笑い声が聞こえてくる。
「あー。引っかかったー!」
ドアロックだ。いわゆる2重ロックと言われるもの。ドアロックをしておくことで万が一鍵を閉め忘れてもドアがほとんど開かないので誰も入れない。簡単に言うとトラップを仕掛けられた。
「もー最悪」
笑うしかない。それでも久しぶりにこのプチドッキリを仕掛けられて懐かしくも嬉しくもあった。
「ういー」
廊下からメガネをかけた遥輝が歩いてくる。今日はコンタクトじゃないようだ。その奥にある居間からは紬も来た。
「もう紬来てたんだ」
「やっほー」
廊下の奥から、明るい茶髪と丸い眼鏡が特徴の紬が歩いてきた。まだ1時になったばっかりなのに。珍しく早い。僕は手を振られたのに応えて同じ動作をした。
「ちょっ、どこに行く。とりあえず、開けて」
僕を幽閉したまま遥輝が戻ろうとしていたので呼び止めた。
「ごめん忘れてた」
なんでそこ忘れるんだろうと言おうとしたけど、それは黙っておいた。ドアロックが取れ、閉じ込められていた僕は解放された。
「今日は何する?」
「どうしようかね香川くん」
「こっちに来るのんだ。今の流れ返す雰囲気だったじゃん」
「読んでる人にわかりやすいようにね」
「ん?何の話?」
紬は一体何を言っているんだろう。首を傾げるけど答えてくれそうもなく、僕は持ってきていたペットボトルの蓋を開ける。
「日曜なのに親いないんだ」
「お父さん仕事だし。お母さんは買い物行った」
遥輝自身はインドアだと主張しているし、実際そうであるものの、家族ででかけている姿をよく見かける。僕のところも出かけないわけじゃないけど、休日は試合などが入ることが多かったし、それがなくても友達と遊んだりするから出かける時間を割かざるを得なかった。僕は次の瞬間肩がビクンとなった。
「ヘックション」
遥輝がくしゃみをしたのだ。
「うわ、髪一切動いてない」
「え?そこ?」
「いや、僕動くから」
「伊織くん結構長い間いるけど返答が未だに読めない」
どこかで聞いた展開。ここでも言われるってことはもうそうなんだろう。別に言われることに対して嫌だとかはない。
遥輝の髪は長くも短くもない。この中で言えば1番短いわけだけれど、髪質上セットされたように動かなかった。
「紬も動かないでしょ?そんなにサラサラだったら」
紬は頭を振って確かめた。すると後ろでくくられているポニーテールが左右に動く。こうしてみるとだいぶ伸びただなんてあまり関係のないことを考えてしまう。中学入学時なんてボブだったのに、一度も切ってないとなるとここまで伸びるのか。
「髪質の問題でしょ」
確かに、僕と紬の髪はサラサラなのに対し、遥輝はパーマがかった髪質だ。
「その髪、いつ切るの?結構伸びてるけど」
常に髪は結われていて、どれくらい長いのか断定はできない。でも余裕で背中に届く長さはある。
「今年中には切るつもりなんだけど、思ったより伸びなかったら伸ばしてるかも」
「夢にまでみるサラサラヘアー」
「この髪質も大変だけどね」
風の強い日に自転車に乗ればオールバックになる。寝癖なんてドライヤーで暫く乾かさないと治らない。紬もうなずいているということは共感できる節があるのだろう。
「高校はどう?」
僕はみんなに問う。
「部活楽しいよ。話せる子も出来たし」
紬の馴染みの速さに僕は目を丸くする。
「早すぎる」
遥輝の反応が正しい。でも紬はそこまで珍しそうな顔をせず、僕たちが逆に間違っているとでも言うようだった。
「まだ自分ほとんど喋ってないよ」
それはそれでどうなのか…。
「紬ちゃん早すぎるだけ」
久しぶりに紬のことを名前で呼んでいるのを聞いたような気がする。周りにいる人の中でも声が低い遥輝だが、未だに仲のいい友達にさえも呼び捨てで呼ばないのが違和感でならない。これがギャップってものなのかな。
「早く慣れないと…。ボッチになっちゃう」
「井原くん一緒でしょ」
「そうだけど。他の友達もほしいなってこと」
流石に井原といれば誰か寄ってきてくれて、仲良くなれるだろう。人見知りだし、1人は嫌だから、誰かしらと一緒にいたい。
「カフェオレもらうね」
僕がさっき一口飲んでいたカフェオレを紬が取った。
「間接キス許せるって結構珍しい」
「遥輝も平気でしょ?」
「そうだけど。4人がみんな許せるのは中々ない」
「言われてみれば…?私は特に気にしないかな」
「僕もそうかも」
今まで別に気にしてこなかった。人が飲んでる飲み物は無性に美味しそうで、つい欲しくなってしまう。特に僕と紬は互いにカフェオレが好きだから、集まるときはどっちかは毎回のように持っている。その度にもらったり上げたりしている。日常茶飯事だから今更気にすることなんてみんなない。
「僕が持ってきたお菓子も知らぬ間に食べられてたことも」
「間接キスとは関係ないじゃない。それに一応毎回許可もらってるから」
と、犯人は申している。まあこれも気にしてないからいいんだけど。そんなので怒ってたら、こんなに長く友だちとして続いてないだろうし。嫌なときは嫌って言うし、ほんとに嫌じゃないから許してるってだけ。
「そうだ、今年の夏祭いく?」
紬が持ち出してきた話題は毎年8月中頃に行われるこの市の祭りのこと。植えられた花を見たり、出店で料理を食べたり。主は花を見ることらしい。この街はこの県でも有数に花が多く植えられており、この街特有の祭りだ。とはいっても、普通の夏祭りとなんら変わりはない。
「遥輝とは行ったことあったけど、紬たちとはないもんね。せっかくなら行きたいね。遥輝も行くでしょ?」
「みんなが行くなら」
「私も予定見て見るから。行けたらみんなで行こ!」
楽しみなのだろう。紬は4ヶ月も先のことをあたかも今日のことであるように笑っている。
僕もいつあるか詳しくは知らなかったけどあることは知っていて、近くになったらみんなを誘おうとしていたところだったのでちょうどいい。
「確か…去年はなかったんじゃなかったっけ」
「雨降ってたからね、私も初めて友達と行こうとしてて楽しみだったんだけどね」
道沿いには様々な花が咲いており、季節を感じられる。朝から夜までずっとあり、その日は歩行者天国ができるほど。
毎年ニュースにもなるくらいに人気があるので、市民としては嬉しい限りだ。
それに、僕は家族で昔に行ったことがあるけど、夜にはライトアップもされる。流石にその時間までいるのは当時中学2年生の僕と遥輝には無理だった。朝からいて、そもそも体力が持たないのも理由の1つ。
「さやも、来れるかな…」
僕はダメ元で言う。諦めてると言っても過言ではない。
「どうかな」
「きっと、来れるよ!…タブン」
せっかくいい自身だったのに、最後で台無しになってしまっている。
「まあ、皆で声かけてみよっか」
「自分も」
遥輝が自分を指差し首を傾げた。
「当たり前でしょ」
面倒そうな遥輝に僕は誘うよう促した。するとわかったと返事が返ってきた。
「また近くなったらそれぞれ予定教えて。どこに何時とか決めないといけないから」
「りょーかい!」
「うぃーす」
遥輝も乗り気なんだろうけど、前者の紬が元気すぎて両極端に感じてしまう。