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心の行方  作者: 心愛
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授業に困惑、ご飯に感嘆

 入学して、オリエンテーションが済み、教科書も一通り配られ、ようやく一息つけると思えば今度は授業が始まる。中学生になったばかりを思い出す。こんなに忙しない日々を過ごしていれば。

「いつか一回学食行こ」

 机でぐったりしていると、疲れた様子を一切見せない井原が声をかけてきた。

 この学校は学食、購買といった青春には欠かせないアイテムがある。他の学校に両方あるところは少ないらしくここが珍しいという。

「いいよ。いつから使える?」

 確か後ろの方に紙が貼ってあったはず。顔を後ろに向けると丁寧に一枚だけ貼ってあった。

「あ、1年生は2学期からだって」

 席を立ち井原についていく。僕が紙を一通り読み終える頃にはもう井原は目を通していた。

「ちょっと待って、僕ら4年生じゃない?」

 中高一貫校では、高校一年生は4年生にカウントされる。だから僕らはこの高校に来たのは1年生かもしれないけれど、扱い的には4年生になる。中学からの繰り上がりがいるのもそう呼ばれる1つの理由だろう。

「そっか。じゃあもう使えるじゃん」

 井原は手のひらをグーでぽんと叩いた。アニメなどでよく見る動作。アニメを見て影響を受けたのか元々の彼の習性なのか。井原もまた謎が多い人間だ。

「いつ行く〜?」

「じゃあ金曜でいいんじゃない?あと、3日後だし」

「オッケ〜」

「それ、アニメでよく見るわ」

 僕が親指を立てたポーズのことだろう。指を指して笑ってきた。このグッドのポーズはそんなに…見ない気がするけど。どっちかって言うと井原のしていたポーズのほうがよく見るような気もする。

「井原には言われたくない!」

「なんで」

 それはこっちのセリフなんだが…。井原に目を細められた。


4月16日(金)

「数A先生やばかったな」

 教室から先生が出たことを確認し、予定通り学食に行こうと席を立つと井原もこっちに来た。ちょうど同じようなことを言おうとしていたところだ。

「うん。びっくりしたもん」

 それを示すように僕は少し体を震わす。これからあの先生が授業担当だと考えると妥当の反応だ。

 それは、さっきの授業(4時間目)で起こったことだ。

「はい起立」

 高校では時間割は日にちごとに決まっているらしく、金曜日の4時間目は数学Aの授業となっている。

今まで忙しくて、数学の授業は初めてだ。教室の扉がガラガラと開けられると、高身長で細身の先生が入ってきた。ぱっと見はおじちゃん先生。多分僕の歳の3倍くらい。ぼさっとした黒髪は多分寝癖だろう。

「気をつけ、礼」

 人数が少なく、まだほとんど会話の聞こえてこないクラスの号令は鳥のさえずりのようだ。そんな僕も鳥の一羽に入るらしくお願いいたしますの声はほぼ空気だった。

「はい、ちょっと待って。こういう挨拶は、将来通用しません。まず、号令のときは椅子を持たず気をつけ。オッケーか?はい、じゃあやり直し」

 椅子を持っていたのは僕だから多分僕のことを言ったのだろう。少し手のひらに汗をかく。

 日直が再び号令をかける。今度は許されたらしく着席が許された。

 そして授業という名の地獄が始まった。

「はい、高校の数学では、途中に確率を習います。じゃあそこの君、確率とは?」

 先生の手の先。当てられたのは真ん中の一番前の席の女子だ。彼女は教科書に書いてあるとおりに確立の説明を読んだ。

「はい。あなたは、教科書通りにものを言うってことですか?」

 何故か僕までもがびびってしまった。おそらく僕だけじゃない。当てられた女子はもちろん、他のクラスメイト全員が同じ感情に、同じ感想を持っただろう。この瞬間、多分クラスの全員に悪寒が走ったと思う。

「いや…」

 当てられた女子の反応は正しい。僕も同じ反応をするだろう。

「これからの時代、特に君たちが大人になるときに求められるのは、いかに自分で考えられるか。このネット時代、コピペやらなんやらするやつばっかりで考える力がなくなっとるんよ。彼女、ええ…愛花(あいか)も、間違っては無いけど、通用はしない」

 愛花、なぜ下の名前。名字の赤田のほうが短くて呼びやすいのでは。

 なんとなくではあるが先生の言いたいことは分からなくはない。ただ、やばい雰囲気が漂っている。なんというか、言い方というものが他にあるような気がする。

「俺の授業は、板書はほとんど数字。日本語はあまり書かない。いうからメモして。なんでそうするか、だって本番。大学入試とかは文字とか書かないから。こういう話は他のクラスにはあんまりしないけど、まあそういうことでよろしく」

 この時間はこんなテンションで50分続き、僕は上の空だった。思い描いていた高校生活が全て崩れるくらいに破壊的な先生だった。毎週金曜日の4時間目はこの先生だと思うと背筋が凍りそうだ。

「うん。やばいね」

 思い返してみると井原と同じ感想が出た。

「あ!食券忘れた」

 いつもの癖で両ポケットに手を入れたとき、僕ははっと気づいた。

「急げ。5秒で行ってこい」

 今は井原にツッコんでいる余裕もない。僕は流れ来る人の波を逆走した。


「おまたせ…ごめん」

 右手に財布を握りしめ、ダッシュしてきた。

「思ったより早かった」

「急げって言われたから」

 伊原はさっき別れたところよりも食堂に近いところにいた。だから先に食べたんじゃないかとびっくりしたけど、彼はそんなに悪人ではない。

「揚げ鳥丼よな」

 僕は自分の食券を見る。

「うん」

「じゃあこっち?」

 井原の指さすほうには『揚げ鳥丼↓』と書かれた看板がある。井原が先導して歩いていき、人混みを不器用ながらかき分けていく。

「食券貸して。出してくる」

 背の高い井原のほうが適任だ。断る理由なく、食券を預ける。僕は人混みの後ろに下がりいばらを見守る。

 少しして、井原が人混みから出てきた。親しみのある人は見つけやすいのか、少し目立って見える。

「人がゴミのようだった」

「それは…何?」

「アニメ。気にしたら負け」

「そう、なんだ」

 井原に聞けば、僕らの前にも何枚か食券がおいてあったらしく、おばちゃんに名前を呼ばれるまではここにいても大丈夫なのだと。

「人気なのかな。学食」

「三分の一くらいここに来てそう」

「毎日学食の人って食費やばくない?」

「揚げ鳥丼が350円。それプラス自販機で100円のジュース買ったら、1日450円。学校に来るのを30日と仮定したら…。」

「25000円?やばっ」

「違う。13500円。どうやったらそうなるんよ」

 彼は、理系だ。対して僕は、ぶっちぎりの文系。計算なんて大の苦手。筆算を使わないとできない。

「井原くーん。岡村さーん…あ、岡村くーん?」

 字のせいか、名前を2度呼ばれた。井原が鼻で笑いながら揚げ鳥丼を取りに行く。僕は後ろをついていく。

 おばちゃんから各々受け取った。マヨネーズをかけるか聞かれたが、僕はマヨネーズが嫌いなので断った。井原はかけてもらったみたいだ。

「どこ座る?」 

 井原は首を振って席を探している。僕は外にも席があるのを見つけた。

「外は?席空いてるし」

「ありよりのありけり」

 ツッコむべきところかもしれないけれど、笑いのツボが浅い僕は笑ってしまった。

「マヨ嫌いって珍しくない?」

 井原に聞かれ首を傾げた。そしてうまいこと割れなかった割り箸に対して「なんでやねん」と関西弁のツッコミ。井原らしい。

「遥輝もだから、そうは感じなかったけど」

 僕は割り箸を割る。僕もきれいに割れなかった。 

「いただきます」

 小声を添え、手を合わせる。そして見た目の8割を占めている揚げ鳥に箸を伸ばす。

「うん。おいしい」

 サクッと一口。肉汁は閉じ込められておりそれ故ジューシー。程よい塩コショウの加減。正直想像以上の味覚だった。

「これいいな」

 井原も絶賛してるくらいだ。あの辛口の井原がするくらいだから。

「ね。毎週どこかは学食にする?」

「あり。もう金曜にするか」

「いいね」

 箸を握り親指を立てる。

「周り、みんなマヨかけてる。てか揚げ鳥丼多!」

 周りの5割以上は揚げ鳥丼と言っても過言ではないかもしれない。

「マヨラーばっかだね」

「人類巨漢時代襲来」

「すごい、八字熟語」

 つい、いつもの癖で言われた言葉を漢字変換してしまっていた。そんな僕の癖を井原は見逃さなかった。

「伊織って返答予想できんよな」

「文系脳がでちゃった」

「そういうとこだぞ」

 井原はクスッと笑った。同じようなことをアサガオのみんなにも言われたことがある。自分でも何言ってるのかわからないときもある。要するにそれほどバカでアホなんだろう。

「うちらのクラス、静かだよね」

 揚げ鳥丼は美味しく、もう半分ほど食べた。早いだろうと思い井原を見るともう7から8割くらい食べていて格の違いを感じた。僕もそこそこ早い方だとは思っていたけれど、上には上がいるものだと知らされた。

「最初だし。こんなもんっしょ」

「そうなのかなあ」

 最初に飛ばす人はあとから失速する。うちのクラスにはそういう人がいなくて良かった。僕は超のつく人見知りだから元々そういうことはしない。最初は人を見て、どういう人がいるか見る時だ。慣れてからでいいと思うけど、それにしてもうちのクラスは静かだなと思う。他のクラスからはちらほら話し声が聞こえてくる時期に入っている。人数が少ないというのも理由の一つなのかもと考えている。

「だってまだ2週間くらいしか経ってないんぞ?」

「まあそうだけど」

 僕は最後のひとくちを口に入れた。最後まで、この味は新鮮で飽きなかった。

「てかさ、俺の斜め後ろの人全然来てなくない?」

「ああ、あの子。入学式の日は見たけど…それ以来」

 入学して2日か3日目で井原の斜め後ろの席の人が欠席した。クラス第一号だ。風邪引いたのかもしれないなあと2日くらいは思っていたけど、3日4日と経つうちにおかしいと思い始め、本当に風邪なのか疑念を抱いたまま今に至る。

「流石にまだやめてないよな」

「いや…流石に」

 口ではそう言うけど、本心井原と同じようなことを思っている。僕らから言わせてもらうとまだクラスは馴染んでないから一人増えようと減ろうとなんら関係はないってこと。そんなの、本人からしたら知ったこっちゃないだろうけど。

「井原いきなり消えるのだけはやめてよ。1人は寂しいし」

「おっけ。じゃあ頑張って消えるわ」

「話聞いてた?しかも頑張ってって…」

 今はこの話をして笑えるけどどっちかがこんな状況になることだけは避けたい。今のままだと人見知りでまともに人と話せないかもしれない。別に悪くはないのかもしれないけど、せっかく高校に入ってそれは後悔が残りそうだから嫌だ。

「次来たとき自販機でなんか買おうよ」

「よいぞ。俺も今日お金学食分しか持って来てなかったし」

 外で食べている人も多いし、中を見れば満席だ。よほど人気なのだろう。まあ納得はできる。安いしそれなりに美味しかった。

 毎週金曜日が楽しみだ




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