夕暮れが教えてくれるもの
これは僕が死ぬまでの物語
『生き方が、わからない。目を瞑っても、お面を被っても、何倍にもなってあとからつらくなる。たぶん、生まれたときから間違えていたんだろう。胸を張って歩く。そんな単純で、簡単なことがあのときの自分にはできなかった』
20〇〇年 4月5日 8時20分
「やっぱ同じクラスだったか」
僕の隣に立っている井原拓馬が張り出されたクラス表を見て自慢げに腕を組んだ。
「なに?わかってたの?」
僕はすかさず首を突っ込んだ。今まで同じクラスになれたらいいねだなんて互いに言ってきたのだ。
「だって、進学クラスって一つしかないから。合格通知特進って書いてただろだからもう同じクラスってずっと知ってた」
てことは…僕はずっと井原に騙されていたってことなのか。中学の時から騙されることは多々あったけれどこんなに長期間に渡って騙され続けたのは初めてだ。
「まあいいや。同じクラスだし。でも良かった。仲いい人が同じクラスで」
井原とは、中学2年の時から話し始めた。理科の実験のとき、班がたまたま同じだったことから話し始めた。趣味とかは違うけど、それでもいつの間にか一緒にいるようになっていた。当然僕より頭がよかったから勉強も教えてもらっていた。
「明日はね、お弁当がいるので。絶対忘れないように!毎年1人はいるから」
入学式が終わって、担任の先生も発表されて、教室で初の顔合わせ。担任の先生は若い女性の先生で、伸びた髪はポニーテールとしてまとめられていて、裸眼のため視力の有無は確認できなかった。
なぜこんなに人数が少ないんだろう。なに?この学校だったら普通のことなの?人と人との間にもう一人くらいずつ入れそうなくらいだ。別に教室が特別狭いとかではない。ぼくの後ろだって普通の教室では生まれないスペースができている。そういえば井原と名簿を見たとき、極端にうちのクラス(1組)だけ少なかったような…。他のクラスの半分くらいしかいなかった。
「そりゃ、ここ本命で受ける人は少ないだろ。私立だし。大半は別の公立行ってる」
「あんだけ受験者多かったのに…。うちのちゅうがくからもおおかったからもっと知り合いいると思ってた」
「100人受けて10人おるかおらんかだもんな」
顔合わせは、どこのクラスよりも早く終わった。まだ人が少ない廊下を井原と歩く。
ここ私立国学大学はその合格率の高さからいろんな公立高校を受ける人たちの滑り止め高校となっている。今年は県内から700人以上の人が受けたとか受けてないとか。そのうちの100人がうちらの中学から受けている。つまりここはそこまで頭が良くない高校。ここしか受けるところがないという人もここに来ることがある。というかここ進学クラス意外は大半がそうなのではないだろうか。中学のときは自分の周りに頭のいい人しかいなくてどうしようかと不安だったけど、ここまで普通コースが多いとあれほど不安になっていた自分がバカバカしくなってくる。
「伊織こっちだもんな」
「入試受けないわ!確かにこっちだったけど」
どこか見覚えがあると思ったらそういうことか。
そうだ。確かにこの階段入試のときにつかった。あのときの担当先生もいつか学校で見ることになる。
「そういえばあれはどこいったん。香川」
「遥輝は興国」
井原が言っているのは、僕にできた1番最初の友達の香川遥輝だ。小学校時代一年生の時からずーっと仲が良い。でも彼はあまり感情を表に出さないから何を考えているのか10年近く経った今でもよくわからない。ちなみに興国と言うのは市内の駅の近くにある。遥輝の家からは自転車圏内だ。
「まあ高校行けたしいいんじゃない?」
「まあまあ。うん」
下駄箱まで出ると、校庭が駐車場と化しており、数え切れないくらいたくさんの車が止まっている。この中に僕らのお母さんの車もある。
「伊織車?」
僕は「うん」と答える。そして校庭の車の中から自分の車を探す。ここでは自慢の視力もあまり役に立たない。
「もう来てるはず…たぶん」
「返事が曖昧ミーマイン」
「は?」
彼は脳内に何を浮かべたらそんな単語が出てくるのか知りたい。こんなことをたくさん言うから井原は面白い。そういうのに僕の笑いのツボは反応してしまう。僕はギャグセンスとか皆無だし、みんなのボケにツッコん出るだけだから。でも遥輝いわく僕はドのつく天然らしいので僕の常識がみんなと違って笑ってくれることはある。
井原にバイバイし、迎えに来てくれているお母さんの車に乗った。このあと友達と遊ぶ予定があるのでワクワクして帰路を進む。家から車で20分弱。
『今日何時集合?』
たった今通知が来た。今日遊ぶ桜井紬からだ。ラインの通知は個人ではなくグループからきていた。
ぼくには『アサガオ』という四人の友達で構成されたグループがある。みんなの名字から一文字ずつ取ってこの名前になった。どうせグループラインを作るなら何か名前がほしいと思った僕が勝手に作ったのだ。岡村伊織、これが僕。そして香川遥輝、桜井紬。もう一人有村さやもいる。唯一名前がひらがなだ。最初はさやはいなくて、『おはぎ』というグループだった。(こっちの方は名字じゃなくて名前を取っている)でも途中から彼女が加わり、仲間はずれは可愛そうだという理由からグループの名前も変わった。
現在時刻11時43分。今から帰ってご飯をたべたら12時40分くらいになるかな。そこから着替えてもろもろ準備とかしてたら1時は過ぎるかも。
『1時…半かな』
『りょーかい』
すぐに既読がつき返信が来た。紬は返信の速さが遅いときと早いときで両極端だから困る。急ぎのときに遅かったときにはスタンプ連打でもしてやろうかと思うときさえある。
午後2時
「バド部どうなの?」
「……僕?」
紬にたずねられてもボーっとしてて曖昧だった。
「お前しかいないよ」
遥輝が隣で笑いながらツッコんできた。僕はそれに思わず吹き出した。
僕はなんとなく続けているバドミントンをなんとなく高校まで続けている。市内でもそこそこの高校のバドミントン部に入り、新入生として2週間前ほどから部活が始まっている。
「いや〜。人見知りほんとしんどい」
僕は、本当に重度の人見知りだ。
「え、伊織くんって人見知りだっけ」
「それ私も思った」
二人にはそう思われているらしい。まあ事実ではある。
「慣れたらね。こっちもテンション上げて行けるんだけど。それまでがねえ…。遥輝人見知りじゃないっけ?」
「全然。単純に自分から行かないだけ」
「人に興味持たないもんね〜香川」
ほんと。紬の言う通り。遊びにも自分からは絶対誘わないし、基本人に振り回される方。その振り回す役を担うのが僕でもある。
「紬は?」
「そこまで酷くないと思うけど伊織とおんなしタイプかも」
こちらにむけて紬は首を傾げた。
「なんで疑問形?」
「伊織どんだけ酷いかわかんないから」
少し溜められた間に思わず吹き出すと紬もつられたのか笑った。僕の人見知りが強くなったのは、中学2年の時くらい。そのときには既に紬や遥輝はもちろん、さやとも友達だった。故に人見知りの僕をまだ知らないということ。
「イメージがなかったわ」
長い付き合いをもつ遥輝でさえこの言いようである。仲のいい二人に言われるってことは、傍から見たらそう見えるってことなんだろう。自分でも、部活の自分とここの自分が別人のようだとわかる。多重人格者何じゃないかと思われるほど。
「ボッチ?」
「限りなく。いや、そうかもしれない」
よほど意外なのか紬は目を丸くした。対して遥輝はあざ笑うかのように声を上げて笑った。
「頑張れ!応援してるぞ」
紬からガッツポーズで声援が送られた。
「だいぶ、暖かくなったよね」
神々しくひかり、僕らを照らしている太陽を見て遥輝が目を覆う。
「今だからここでもいいけど、夏とか冬はしんどいかな」
まあ普通に考えて高校生が、いや中学3年生だとしてもおかしいかもしれない。
「公園でずっとは馬鹿」
今度はようなではなく遥輝が確実にあざ笑っている。
僕らは、なにか集まったり遊んだりするときには毎回と言っていいほどここの公園を選ぶ。広い敷地に寂しそうに置かれたブランコと滑り台。そんな広さから勝手に『広場公園』と呼んでいる。今日も集合のときに広場集合といって集まった。他にもみんなの家から違いだとか、昔から来慣れているなど理由はある。毎回広場に集まってから何するか考える事がテンプレート。
「これからも。こうするんでよろしく」
冗談混じりに笑うと「絶対やだ!」と二人は笑いながら拒否した。
「でも、みんなでまだ遊びに行ったとかしたことないからいつかしてみたいよね」
「自分は別にいいよ」
「金欠なんだけど…どうすれば」
事情があるのか。約一名だけだけど。
「まぁなにか買うことより周ることに楽しみがあるし」
「たしかにね」
もう高校生。ずっと公園でお話ばかりではつまらない。できることが増えたのだからそれらを利用しないと面白く無い。まだみんなで見たことのないこと。いったことのないとこ。それがしてみたい。
「そのときにはさやもいればいいけどね」
「全員で集れるといいなあ」
紬の言葉に僕は付け足した。そう。さやは中々遊べないのだ。遊べる確率は極めて低い。最後に4人が集まったのは1ヶ月近く前。卒業式の日に4人で集まったきりだ。それ以降の春休みは他の人たちと遊んでいた。さや以外の二人は予定が合う日が多く、3人で遊ぶ日も少なくなかった。
「でももう集まるのは難しくなるもんね」
僕は言葉の最後にため息を加えた。みんなそれぞれ部活があって、予定がある。誰か一人が良くても他の人みんながだめなら予定は没になる。学校も違うので、部活の時間帯もバラバラ。考えれば考えるほど集まれることが無理と思えてくる。
「自分部活入らないから。いつでもいいよ」
「私も家庭科続けるから…」
「んー。難しい…」
絶望な状況に苦笑するしかなかった。まあわかっていたことではあった。中学3年生の最終学期から、なんとなく嫌な予感はしていたから。だから、覚悟はできていた。
「あ、私明日の準備あるから帰るね」
「もうそんな時間」
「自分もそろそろ」
「またね」
紬にそう告げ、遥輝と帰路を歩いた。
4月5日午後5時半
帰宅