前世の記憶を思い出したら、なんだか冷静になってあれだけ愛していた婚約者がどうでもよくなりました
シュゼット・エメリック。公爵家の一人娘である彼女は、婚約者であるバヤール・アンブロワーズに心酔している。
「はぁ…バヤール様、今日も素敵…」
「こっちを見るな鬱陶しい」
美しい金髪、春の空のような青い瞳。整った顔立ちにすらっとした体格。全てがシュゼットにとって最高だった。性格以外は。
「バヤール様。手作りのお菓子をお持ちしましたの。食べてくださるかしら」
「お前なんかの手作りなんて誰が食べるか。毒でも盛られていたらたまらん」
バヤールはシュゼットを拒絶する。初めて会った時からずっと。
「初めまして、バヤール様!とっても素敵な方で思わず見惚れてしまいました」
「ふん。お前がどう思おうが僕には関係ない」
理由はわからない。わかるのは好かれていないことだけ。シュゼットは、それでもバヤールの容姿が好きだった。だから我慢出来た。今日までは。
「…バヤール様?」
シュゼットの視線の先には愛するバヤール。しかし、彼の隣には美しい女性がいた。
「そんな…」
シュゼットはあまりのショックにその場で気を失った。
シュゼットは夢を見た。シュゼットが生きる世界とは別の世界。魔法も無く幻獣もいないその世界で、日本という国で暮らす夢。彼女は「女子高生」で、「乙女ゲーム」という遊戯に嵌っていた。その「乙女ゲーム」の設定やキャラクターが、非常にシュゼットの生きる世界によく似ていた。
ヒロインはバヤールの隣にいた女性によく似ていた。攻略対象とやらにバヤールも入っていた。バヤールは設定上、幼い頃から美しく聡明だと話題だった婚約者シュゼットに劣等感を抱いていて、それをヒロインに癒してもらうことで次第に大人になっていく、らしい。そのルートだと、バヤールの婚約者シュゼットが悪役令嬢になる。ちょうど、今日のように街で仲睦まじい二人を見つけて。
悪役令嬢になったシュゼットはヒロインをいじめるが、聖女であるヒロインを害したことで逆にバヤールに断罪される。事態を重く見た国王が公爵家をお取り潰しにして、シュゼットは重い枷を背負うことになる。
そこまで夢を見てショックを受けるシュゼットにさらに追い討ちがかかる。
女子高生であった彼女には恋人がいたが、浮気をされた。そして、浮気を咎めて言い争いになり、ちょっとした小競り合いになって彼に突き飛ばされて。たまたま頭を大きな石に強く打ち付けて、そのまま亡くなった。
シュゼットは、そこで目が覚めた。
シュゼットは夢が前世の記憶であることを悟る。実感はなく、性格や教養において特に何か影響を受けているわけではない。ただ。
浮気者はクズだと、はっきりと認識した。
そこからのシュゼットは早かった。両親にバヤールの浮気を告げてこう言った。
「婿養子に入る予定の者が、まだ結婚もしていないのに愛人を作る。これは不誠実です。せめて結婚して、後継を作って、公爵として功績を残してからならまだしも、です。ですから、彼は公爵家を継ぐに相応しくありません。婚約の白紙化、または破棄をお願い致します」
あれだけバヤールに心酔していたシュゼットの冷静な言葉に、シュゼットの両親は却って困惑した。困惑するなりに調査をしたところ、なんとバヤールは婚約者へのプレゼントに当てるためのお金を聖女様に注ぎ込んでいることが判明した。
シュゼットはアンブロワーズ侯爵家から多額の慰謝料を受け取り婚約を破棄した。アンブロワーズ侯爵家はバヤールを勘当した。優秀な長男がいるので問題はない。むしろバヤールを置いておく方が問題だとすら言える。
バヤールは後悔したがもう遅い。何もかもが終わってしまった。
聖女には特にお咎めはなかったが、そんなふしだらなことをする時間があるならと聖女としての仕事を大幅に増やされた。自由な時間はほとんど無くなり、国のために奉仕するだけの存在とされてしまった彼女は後悔に打ちひしがれているという。
幸か不幸か、他の攻略対象とやらは特に聖女と関係を持つこともなかったらしい。婚約者と仲睦まじい様子が見られる。
あとはシュゼットが幸せになるだけだったが、シュゼットはもう恋愛に夢を持てそうになかった。
いくつも届く釣書を無視して、今までどうせバヤールが公爵になるからと勉強してこなかった領地経営を意欲的に学ぶ。そして、なんと女公爵になってしまった。
女公爵はこの国では珍しい。色々言われることもあったが、シュゼットは女公爵になって数年間領地を積極的に改革して、ここ五百年で最も栄えさせた。
それだけの実績を残せばさすがに誰も文句は言わない。あとは後継だけだと結婚を勧められるが、シュゼットは断り続ける。
そして、従兄弟の三男がとても優秀な子だと聞き養子に迎え入れた。
シュゼットの両親は孫の顔を見られず残念がっていたが、シュゼットは養子である息子を本当の子供だと思い大切に育てた。
シュゼットはその後も領地を盛り立てて、たくさんの「孫」に囲まれて幸せに生涯を終えることになる。彼女の残したものは、国にとっても領地にとっても、そして「息子」達にとってもとても大きなモノだった。