源氏物語について語る紫式部の手紙 ⑧
「いくつか疑問があります」
「聞こう」
先輩蒐書官の流れるような説明をすべて聞き終えた鷲江が呟きに似た疑問の言葉を口にすると目の前の男は鷹揚に応じる。
ひと呼吸分の間を取った後輩蒐書官が口を開く。
「まず時系列がおかしいこと。さらにどう見ても式部のものより格が上の聖徳太子の書が我々の主要ターゲットになっていないのもおかしいことのひとつです。それからその出品者も同様です」
「なるほど。一応理由も聞いておこうか」
「最初は時系列ですが……」
「冬桜女史はオークションに我々が参加することを知り、我々に勝ち聖徳太子の書を確実に手に入れるための軍資金をつくるために紫式部の手紙を売ること決めたとのことでしたが、我々は紫式部の手紙が出品される情報を手に入れ、オークションに参加することになった。これはあきらかに時間的な矛盾があります」
「なるほど」
「次のオークションにおける主要ターゲットですが、我々が指示を受けたのは紫式部の手紙。もちろん他に珍しい書が登場すれば獲得に動きますが、聖徳太子の書と紫式部の手紙。これは同格または前者がやや上。それにもかかわらずそちらを手に入れる指示がなかった」
「両方手に入れろという指示があって然るべきということか。まあ、前者が出品される情報を我々が事前に手に入れてなかったとなれば当然式部の書のみを手に入れる指示となるが、言いたいことはわかった。それで、最後の出品者に関する疑問とは?」
「聖徳太子の書。こんなものを誰が持ち、そして、なぜ売りに出すことになったのかという単純な疑問です。それこそ冬桜女史や桐花家が持っているべき品でしょう。状況から冬桜女史の所有ということは当然ないのだから、残りは桐花家の一族の所有物と考えるべき。そうなるとこれを相対ではなくオークションという形でなぜ売りに出したのかという疑問も追加されます」
「なるほど。どれもこれもそれだけを聞けばなるほどと思う話だな」
「そうでしょ……」
「だが、実際にそれが起こっているのだ。鷲江君はそれを否定するのではなく、どうやったらそれが可能になるのか考えるべきだったな」