源氏物語について語る紫式部の手紙 ④
「一応、ここにある資料では……」
あらたにやってきた少し苦めのコーヒーをひとくち含んだ後輩蒐書官が手に持ったのは比較的厚い紙束だった。
「今回のオークションに出品されるその商品とは紫式部の手紙らしきものとされているようですが……」
そう。
その言葉どおり彼は疑っていた。
その事実を。
「真偽はともかく、紫式部の手紙ならそういえばいいでしょう。わざわざそうと思われるなどと書くのでしょうね」
「それが事実だからに決まっているだろう」
後輩の疑念をあっさりと払いのけた藤見坂の言葉はさらに続く。
「たとえば、そこに署名があれば紫式部の書簡となる。だか、それがないのだ。仕方あるまい」
「そうであれば……」
「だが、そうであっても、そこに書かれている内容が『源氏物語』の著者である紫式部以外は知り得ないことだからということなのだろう。おそらく非公式ではあるだろうが、紙の年代を調査し裏は取っているのだろうし」
「ですが、そんなことはこの資料には……」
「書いてあるだろう。間接的ではあるが」
そう言いながら藤見坂が差し示すオークション主催者から得られた資料の一か所に後輩蒐書官が目をやる。
……削除された部分についての苦情に似たものが延々と綴られ……。
……なるほど。そういうことですか。
たしかに深読みしなくても、それなりの意識を持ってさえいれば十分にそこに辿り着けた。
流し読みした自分と先輩との差を感じた鷲江はそっと話題をずらす。
「表の世界にバレないように調査をしたということは、出品者はそれなりの人物ということですか?」
もちろん彼の意図はすぐに先輩蒐書官の知るところとなるが、男はそれに触れることなかった。
代わりに少しだけ長い時間、後輩の顔に目をやった。
自分がそれに気づいていることを示すように。
それから、ゆっくり口を開き、こう呟く。
「そうなるな」