源氏物語について語る紫式部の手紙 ⑫
「……話はまったく違いますが、彼は気づいてはいないでしょうね?」
重要な部分が大幅に省略された彼女の言葉。
だが、男にとってはそれで十分だった。
すべてを承知しているかのようにそれに答える。
「それはもちろんです。彼くらいの洞察力のある人間なら夜見子様が国宝級の書を、なにかもわからぬものを手に入れるためのエサにするということに大きな疑念を持つのは当然のことです。ですが……」
「たとえ何かあると疑っていても、どんな科学的調査でもクロ判定が出ない本物より本物に似せたものをつくりだす『すべてを写す場所』の完全再現を見破ることができる者はこの世にたったひとり、究極の才を持つあの方しかいないというこの世の理が破られることはありません。しかも、彼はすべての面において非常に有能。そして、ここではその有能さが返って仇となり、事前におこなった科学的調査でシロとなれば、さらに疑うことなく彼は目の前にある事実を追認し、それがおこなわれるためにはどのような状況が必要なのかを考えます。その結果、我々が彼の疑いを晴らすために必要だったその理由は彼自身が勝手につくりあげていきます。妄想によって」
「妄想?それはどのようなものですか?」
「実際にどのようなことを考えていたのかは彼自身に聞くしかないのですが、例を挙げれば、我々が実は冬桜女史が吐き出すものを知っていたとかそのようなものになるでしょう」
「なるほど」
……つまり、あなたはそこまでのことまで織り込んで今回の策を桐花武臣に持ちかけたのですか。
……こうなってくると、あなたは、彼女の財政状況だけではなく、実は本当に冬桜クスミが「源氏物語」にかかわる式部直筆の書を所有している情報まで手に入れており、それを売りに出させるためにすべてを手配したのではないかと思いたくなります。
「わかりました。桐花家傘下の闇オークションを舞台として桐花武臣と手を組んだ冬桜クスミ所有の書を差し出す策略。とりあえず第一段階は成功ということですね。まあ、何が出てくるのかわからなかった私は、まさか彼女がこんなものを持っていたのかと驚いています。本当に」
これぞ苦笑い。
彼女のそれはまさにそう表現するにふさわしいものだった。
彼女の顔からその笑いが消えるのを待ってから、今回の大仕掛けのすべてを考えだした男が口を開く。
「ですが、これで彼女自身とその周辺が持参している式部の書はこれ一品ということが確定しました。彼女ほどの目利きなら式部直筆の書をどこかで目にしていればこれが本物とすぐに確定できるわけですから」




