源氏物語について語る紫式部の手紙 ⑩
……一番簡単なのは、これまで組み上げてきた事実のどこかが間違っているということだ。
……たとえば、我々の存在に関係なく、資金不足に陥っていた女史が魅力的ではあるが確実性の乏しい式部の手紙を売り払って聖徳太子直筆の書を購入するための軍資金を手に入れようとした。
……それを知ったオークション主催者に近い桐花武臣が彼女の軍資金確保に協力するため夜見子様に知らせた。
……これなら、最初の問題はクリアできる。
……だが、これでも第二、第三の疑念は答えることはできない。
……そもそも、夜見子様はなぜ聖徳太子直筆の書を欲しがらないのだ。
……それは藤見坂さんも同様だ。
……ここに来るまでこのような大物が出品されていることを知らなかったということ自体今回のオペは鮎原さんが直に差配していることを考えればありえないことだが、たとえなんらかの事情によりそれが起こったとしても、蒐書官ならそれを見つければ予定を変更してでも手に入れようと動くはずなのに、藤見坂さんが食指を動かしているようにはまったく見えない。
……この様子では本気で取る気はないと考えるのが妥当。
……では、なぜ手に入れる気がないのだ?
ここまで考えたところで、彼はコーヒーとともにあらたに注文したリンゴがたっぷりと入ったアップルパイを頬張る先輩蒐書官を眺める。
……これほどの大物が目の前にありながら手に入らなくても問題にならない理由とはなんだ?
……考えられるのはそれを出品したのが夜見子様本人だった場合ぐらいだが……。
……夜見子様がそれを手放すことなど……。
……いや、ある。
……そういうことか。
「わかりましたよ。藤見坂さん」




