寝取ってくれてありがとうございました
客が来ないということで、バイトが早めに終わる。気前のいいことに、1日分の給料は貰えるらしい。
ウキウキしながら、同棲中の彼女が待つアパートへ帰る。
「?」
鍵を開け、靴を脱ごうとしたところ、玄関に俺のものでも彼女のものでもないスニーカーが置いてあることに気付く。
彼女からのプレゼントか? とも考えたがそれはあり得ない。
そもそもプレゼントであるならば、わざわざ箱から出して置いておくなんてしないはずだ。となると、アパートに彼女以外の誰かがいることになる。
あまり広くはないアパート、部屋は二つしかない。如何わしいことをしていれば丸聞ごえだ
お決まりというべきか、靴を脱いで早々、艶かしい声が響き渡る。
「先輩……好き……」
「ああ……俺も……」
間違いない。彼女は男を連れ込んでいる。
全くいい神経をしている。このアパートを契約しているのは俺だと言うのに。
ベッドのある部屋のドアノブに手をかける。当然ノックはしない。だってここは俺のアパートだから。
「きゃっ!」
「うぉ!」
案の定、部屋の中にいたのは一組の男女。一人は俺の彼女――植山桃奈。もう一人の方も俺がよく知っている男だった。
男の名前は板倉晋。俺の通う大学のサークルの先輩だ。飲み会で男慣れしていない女子をよくお持ち帰りするチャラ男。
桃奈はベッドの上で板倉に馬乗りになったまま、口をパクパクとさせている。
板倉はと言えば、仰向けに寝そべって顔だけをこちらに向けている。桃奈とは打って変わって、その表情からは焦りが感じられない。
「どういうことだ……」
「これは……」
言わなくても分かってはいる。これは彼女の裏切り、疑う余地はない。
「よぉ~山口くん、随分早く帰ってくるじゃねーか。俺と桃奈の邪魔しやがって、ムカつく野郎だ」
圧倒的に人の彼女に手を出した板倉に非があるにも関わらず、何故か俺が責められる。
逆にここまでくると感心してしまう。浮気と言う行為をしておきながら、罪悪感の欠片もないなんて。
「ご、ごめんなさい! ほんの出来心なの!」
出来心……か。だからと言って決して許されることではない。
「言い訳の前に、まずはその格好を何とかしろよ」
「!!」
桃奈は俺の言葉にハッとし、板倉との戦闘態勢を解除した。そして、ベッドの脇に脱ぎ捨ててある服に手を付ける。
板倉も同様に、舌打ちしながらも服を着始める。カチャカチャとベルトを締める音が妙に耳につく。
「「「…………」」」
二人が服を着てから数分、誰も口を開かない。
板倉のさっきまでの威勢は何処へ行ったのだろう。賢者タイム中なのだろうか……。
机を挟んだ向かい側には、板倉と桃奈が並んで座っている。桃奈は俯いていて、板倉は俺と目を合わせようとしない。
「一体どういうつもりなんだ?」
「えっと……あの……その……」
桃奈は今にも泣き出しそうだ。瞳には大粒の涙を浮かべている。
「分かっていると思うが、お前とは別れる。浮気するようなやつは信用できない」
「はい……」
「アパートからも出ていってもらう。私物は全部着払いで送るから、送り先だけ教えてくれ」
「分かりました」
★★★★★
「シーツ代えなきゃな……」
染みなどは付いていないが、気分的にベッドを今の状態で使い続けるには無理がある。
桃奈と板倉先輩はこれからも付き合いを続けるらしい。まあ、今の俺には関係のないことなのだが……。
それよりも――
「やった……」
とうとう桃奈と別れることができた。
さっきは怒りを滲ませているかのように振る舞ったが、浮気されたことに何の怒りも悲しみも感じてはいない。
むしろ俺にとって、桃奈の不貞行為は喜ばしいことだった。何故なら桃奈に板倉先輩を仕向けたのは俺なのだから。
元カノはいつも俺を束縛した。少しでも彼女に構わない時間があると、「大切にされていない」と泣き叫んだ。
時にはバイト先にまで押しかけてきて、早退せざるを得なかったことさえある。
そんな桃奈に嫌気が差し、一度別れを切り出したことがあった。すると彼女は――
「そっか……じゃあ私死ぬね。隆生くんと別れるのなら、私の人生意味ないもん」
剃刀で手首を切りつけ、自らの命を断とうとした。
慌てて桃奈を押さえつけて、その場はなんとかした。だがそれ以来、俺は桃奈に別れを切り出すことができなくなった。
どうしても、俺は桃奈と別れたい。されど、別れようとすれば、自殺を仄めかされる。
毎日のように頭を抱え、地獄のような日々を過ごしていたある日、俺は桃奈の元カレと出会った。
彼は桃奈が生きたまま別れることができた人物。俺にとって、彼は救世主のように思えた。
「どうやって桃奈と別れることができたんですか?」
「ああ、それはだな――」
彼曰く、桃奈は極度に男に依存する。
彼女は常に男を傍に置いていないと気が済まない性格だそうだ。
だが、彼女にとって傍にいる男は誰でもいいらしい。極端なことを言えば、依存さえできれば別に恋人であろうとなかろうと関係ないとのこと。
彼の助言を聞き、俺はすぐさま男を見繕った。それがチャラ男で有名な板倉先輩だった。
「板倉先輩、俺の彼女の桃奈です」
「植山桃奈です。よろしくお願いします」
「よろしくね。植山さん」
板倉先輩に桃奈を紹介した時、彼の桃奈を見る目はギラついていた。これはイケると俺は確信した。
桃奈は容姿だけはいい。男であれば狙いたくなるのも頷けた。
そして、紹介して数ヶ月も経たない内に板倉先輩は桃奈に手を出してくれた。俺が桃奈と別れるための道筋を開いてくれた。
正直に言えば、板倉先輩には感謝しかしていない。彼が桃奈を引き取ってくれなければ、俺は桃奈から解放されることはなかっただろう。
――板倉先輩、桃奈を寝取ってくれてありがとうごさいました。
最後まで読んで頂きありがとうございました