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魔法の火

 イノン家の人達、つまりファイエルの家族は多い。

 ファイエルの両親、父方の祖父母、兄と姉が一人ずつに、その姉の夫。ファイエルを入れて、八人家族である。

 サナはリープの村にいた頃、祖母のリダと二人暮らしだった。今はレリックと母方の祖母ローニャと三人暮らし。

 今も昔も生活にこれという不満はないが、やはり両親がいないことの淋しさはどうしてもある。賑やかで明るいのが好きなサナは、昔から大家族というのが憧れだった。

 ファイエルと知り合い、彼の家へ行くようになると、その憧れが目の前にある。サナはファイエル抜きでも、よくイノン家へ遊びに行ったりしていた。

 イノン家の主人が商業で成功した人で、ファイエルの兄と義兄の二人はそれを手伝っている。そんなおうちなので、家はなかなかに大きい。その家を囲む塀や垣根、門扉なども立派なものだ。

 今回、火事になったのは、家の裏手にある垣根だった。火事と言うよりは小火(ぼや)に近い。

 だが、すぐに消せると思った火は、庭師や近所の人達がどんなに水をかけても消える様子がなかった。

 炎はじわじわと、だが確実に被害を大きくしてゆく。

 これはまずい。普通の炎とは違うぞ。魔法使いを呼んだ方がいいのでは……となったところへ、うまい具合にファイエルが帰って来た。

「あ、ファイエル。よかった。ちょうどいい所に……」

「聞いたよ。みんな、少し下がって」

 懸命に火を消そうとやっきになっていた男達を下がらせ、炎の前にファイエルが立つ。

 やはりその火から魔法の気配がした。それ程に強い魔法ではないが、放っておけば燃え広がってやがては惨事につながる。

 この炎は、いわば魔法で命を与えられた生き物だ。今は垣根を燃やしているだけだが、垣根がなくなれば次は庭へ、やがては屋敷の方へ飛び火するだろう。次の獲物を狙う飢えた獣のように。

 ファイエルは素早く呪文を唱えると、垣根を燃やしている炎に向けて水を放った。魔法の炎に対抗する、魔法の水だ。

 元々、そんなに大きくなかった炎なので、一度水をかけられるとすぐに鎮火してしまった。消火にあたっていた人達の今までの苦労が嘘のようだ。

「よかったぁ……」

 様子を見ていた人達の間から、安堵のため息がもれる。

 少し遅れて到着したサナも、ファイエルが炎を消す瞬間を見ていた。

 どうやら大事には至らなかったようだ。燃えたのは垣根だけなので屋敷の方は被害もなかったようだし、きっと中にいたであろう祖父母達も無事のはず。もしくは、早々に避難しているだろう。

 サナはファイエルへ声をかける前に、彼の荷物を拾い上げた。火を消す前に、地面に放り出されていたようだ。

 誰もがよかったと言いながら火事の後始末を始めていたので、彼の荷物に気を向ける人はいない。ファイエル自身も、火事の原因を調べようとしているのか、燃えた垣根の辺りを見ている。

「あーあ、中身が出ちゃってるじゃない。ファイエルってば、投げ捨てたんじゃないの? 壊れ物とか、入ってないかな」

 カバンの口がちゃんと閉じられていなかったのだろう。中の物が少し外へ飛び出てしまっている。紙ばかりだ。

 その中には、今日届いた手紙の束もある。封は全て破られているようで、さっき話していた通り、一通りは目を通したのだろう。

 その中に一通、封筒からも飛び出てしまった便せんがあった。ちゃんと封筒に入りきっていなかったらしい。

 落ちた物をカバンの中へ放り込んでいたサナは、その便せんを拾おうとして、その手が止まる。

 え……何、これ。

 見る気なんて、全然なかった。人様の手紙を盗み読みする趣味なんてない。

 だが、風で自然に開いてしまったその便せんに書かれた文字が、否応なくサナの目に飛び込んでしまったのだ。


 次は、お前の番だ


 白い便せんには、その一行だけがはっきりと記されていた。

 赤黒い文字の色は、まさか血だろうか。筆跡をわからなくするためか、震えた線の文字。

 筋力のない人が書いた文字……だとしても、内容が普通ではない。

 文章と文字の不気味さにゾクッとなったサナは、急いでその便せんをカバンへ放り込んだ。しかし、緊張でどきどきするのは止められない。

 今の、何? もしかして……ううん、もしかしなくても脅迫状……とか? だって、今のって、普通じゃないよ。お前の番。お前の番って、何があるの? お前の番って、これを書いた人の時には一体何があったの? これを書いた人、ファイエルに何かするつもりなのかな。

 ファイエルに聞きたいが、彼だってあれだけではわからないだろうし、たとえ知っていても教えてもらえないだろう。そんな気がする。サナとは無関係だ、と言われるだけ。

「……ファイエル」

 垣根を調べているファイエルに、恐る恐る声をかけた。まだどきどきはおさまっていない。自分でもファイエルにかけた声がかすかに震えていたような気がする。

 ファイエルが振り返り、サナの姿を見るとその目つきが一瞬鋭くなったように思えた。

 どうしてお前がここにいるんだ、と言われたような。

「帰らなかったのか。寄り道するなって言っただろ」

 これは寄り道……になるのだろうか。

「だって、やっぱり心配だもん」

「見ればわかるだろ。屋敷には何の被害もなかったし、家族も無事だ」

「うん。魔法の火って……ファイエル、何か恨まれるようなこと、したの?」

 人通りの少ない裏通り。だが、ちゃんと整備された道で、この周辺の見通しはいい。

 火の気のない場所で火事。

 それだけでもおかしいのに、魔法の火となればなおさらだ。普通の人には魔法の火など簡単に扱えないから、それなりに知識と技術を持った人間の仕業、と考えるのが妥当だろう。

 魔法を使うのに失敗して……とは思えない。それに、こんな所で魔法の練習はしないはずだ。

「さぁな。こっちにその気はなくても、相手の感情がおさまらないってこともある」

 それは、さっき見てしまった手紙の主のことだろうか。

「やっぱり何かあるんだ。早く犯人を捕まえないと、今度は垣根じゃなく、家に直接火をつけられたりするかも知れないじゃない」

「お前は魔法使いの仕事に口を出すな。早く帰れ」

 きつい口調でファイエルに言われ、サナは口をつぐむ。

 サナが考えることなど、ファイエルはとっくに考えているのだ。サナの言うことは、野次馬が騒ぐのと大差ない。

「ごめんなさい。これ……放ったままだったから」

「ああ……」

 サナは拾ったファイエルの荷物を渡した。相手が受け取ると、礼を言われるのも聞かずにサナはその場から走り出す。

 暗かった空から大きなしずくが落ち、地面をぬらし始めた。あっという間に土砂降りになり、軒先に品物を出していた商店の人達が慌てて片付ける。

 そんな中を、サナは走り抜けた。

 顔をぬらしているのが雨なのか、それとも別の物なのか、よくわからないままに。

 雨の粒が温かい。え……あたし、もしかして泣いてる? どうして泣いてるんだろう。ファイエルに叱られたから? そんなの、いつものことじゃない。叱ると言うか、冷たい言い方をされたって言うか、とにかくよくあることで……。

 違う。何だか無性に怖かった。怖くて、だから子どもみたいに泣いちゃって。だけど、何がそんな怖いんだろう。ファイエルの手紙を見ちゃったから? あの手紙の内容が脅迫状めいていたから? それとも……ファイエルがなぜか本気で怒ってるように感じたから? ああ、もうわかんないよ。何が怖いのか、自分でもわかんない。わかんないから……すごく怖いよ。

☆☆☆

 その日の夜。

 火事の話を聞いたレリックが、イノン家の扉を叩いた。

「大変だったな。大事には至らなかったようだが」

「おかげさまでね。お見舞いなら、明日でもよかったのに。わざわざこんな雨の夜に来なくても」

 夕方から降り出した雨は、時間が遅くなるにしたがってさらに強くなっていた。

 もっとも、それなりの腕がある魔法使いなら、自分の周囲に結界を張って濡れずに行動できる。天候にはさほど左右されないのだ。

「気になって眠れなくなる。こんな強い雨の音があったら、なおさらな」

 魔法の火でイノン家が火事になったと聞き、言い方は悪いがレリックはその犯人に対して非常に興味を覚えた。

 ファイエルは、アイサ内外で腕のいい魔法使いとして通っている。そんな彼の家に、あろうことか魔法で火をつけた。犯人はファイエルに挑戦、もしくは挑発しているようなものだ。

 しかも、一気に焼き尽くすのではなく、小火(ぼや)程度。単に実力がなくて、小さな火しか出せなかった、とは思えない。何かしらの意図がそこにあるとかんがえられる。

 では、何を考えているのか。

 こんなことをやらかしたのがどんな相手なのか、レリックはとても気になったのだ。

「きみや世間のご期待にそえるかどうかは知らないよ」

 言いながら、ファイエルはレリックを自分の部屋へ招き入れた。琥珀色の酒を入れたグラスを渡す。

「で、心当たりは?」

「さぁね」

 他人事のように、軽く肩をすくめる。

「さぁねって、お前……まさか、全然ないのか?」

「逆だよ。ありすぎて、困ってる」

 本気とも冗談ともつかない言い方だ。

 ファイエルの無愛想に腹を立てる人間は多い、ということはレリックも知っている。だが、それくらいで放火する者がいるとは考えにくかった。

 彼の容姿をひがむ、もしくは自分の好きな女性がファイエルに好意を抱いたことで敵視する、というのはありえそうだ。そのつながりでいけば、自分に振り向いてもらえなかった、という女性の仕業もありだろうか。

「仕事の方では?」

「きみが来るまで、あれこれ考えたよ。仕事は完璧にこなしてきたつもりだし、逆恨みされるような筋合いはない……と思っていたけれど。ちょっと後味の悪い事件があったことを、さっき思い出した」

「後味の悪い?」

「呪われていた男を、俺が監獄送りにした件だよ。覚えてる?」

「監獄……ああ、あれか」

 レリックの記憶にも強く刻まれている事件。

 確かに後味の悪い事件に、レリックは眉をひそめた。

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