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ファイエルとの帰り道

 一日の仕事を終え、サナは外へ出る。

 この時間帯ならいつもはまだ明るいはずなのに、今日はやけに暗く感じた。灰色の厚い雲が空を覆っている。そのうち一雨くるのだろうか。それにしても、いやな色の空だ。

「サナ、今帰りか?」

 後ろから声をかけられ、サナが振り返るとファイエルがいた。

「うん。リュレイシアはちょっと残ってる仕事を片付けてから帰るって。あたしも手伝おうかって言ったけど、すぐだからいいって言われたの」

「ああ、サナが一緒だと、すぐに終わる仕事も長引くと思ったんだろう」

 サナは無言で蹴りを入れようとしたが、運動神経が桁違いのファイエルにはまるっきり届かない。

「あたし、そこまでリュレイシアに迷惑かけてないもん」

 あくまでも主観的な判断だが……たぶん。

「レリックもまだ残っていた。二人で帰るつもりなんだろう」

「あ……」

 なぁんだ、そういうことか。

 そう聞けば納得する。

 アイサで仕事をするようになる前、リュレイシアから聞いた兄との関係。話を聞いた後でレリックに問いただしてみたら、兄は照れながら認めていた。

 別に今更隠さなくても、とは思うが、仕事が残っているというのも本当なのだろう。

 気付けば、サナはファイエルと二人並んで家路についていた。

 意識した途端、どきどきしてくる。これまでにも並んで歩くことくらいあったのに。今日はがっしりと手を握られたから、余計かも知れない。

 これって……もしかして送ってくれてることになるのかなぁ。でも、ファイエルも途中までは同じ方向だし、こうして並んで歩いても変じゃないのか。じゃあ、偶然……いいや、自分のいい方に考えよっと。

「仕事は慣れたか?」

「うん。リュレイシアがていねいに教えてくれるし、他のみんなも親切だから。難しい仕事はそんなにないからね」

「難しい仕事を任せたら、かえって仕事が増えると思ってるんじゃないか?」

「ファイエル! 結局、そういうことが言いたかった訳?」

 珍しく優しい言葉をかけてくれるな、と思ったらこれだ。普段の会話もなかなかどうして油断できない。

 一方で、ファイエルはサナが予想通りの反応を返してくるのを見て、楽しんでいた。

「まったく、もう……。ねぇ、ファイエル。いつも仕事以外の手紙、たっくさんもらってるじゃない。あれ、全部読んでるの?」

 何となく好奇心で、そんなことを尋ねてみる。

「目は通してる」

「へぇ、結構律儀なんだ」

 忙しいのにいちいち読んでいられるか、なんて言葉が返ってくるかと思っていた。ファイエルなら、それくらい言う。

 なので、その返事は正直言ってサナにはちょっと意外だった。

「中にはまともな仕事の依頼があったりするからな。封筒だけを見て全てがわかれば、いちいち開封する手間が省けるんだが」

 つまり、開封せざるをえない、ということだ。真面目に受け取って目を通している、などというサナが考えていた理由とは違うらしい。

 本来、魔法使いへの仕事依頼は魔法使い協会がまとめて受け付ける。その依頼内容によって、手が空いている者に振ったり、その仕事を得意とする者に回す。

 だが、ファイエルが受け取っている手紙のように、魔法使い個人に依頼が来ることもよくある。その場合は協会に報告し、依頼を受けていいかの申請をするのだ。これまでの仕事で力を認められた魔法使いは、このパターンが多い。

「じゃ、中身が見えてたりしたら、依頼じゃない手紙は読まないの?」

 あの手紙がどんな内容なのか気になる。

「元気ですか、くらいならまだいい。今朝は何を食べましたか、とか、昨日見た夢はどんなでしたか、なんてことを書かれた手紙、忙しい時に読まされて楽しいと思うか?」

「えっと……大変だね」

 思っていたよりくだらない内容らしく、サナも反応の仕方に困る。

 そういう(たぐい)の内容が、あの手紙の束には多いらしい。ファイエルの顔を見れば、それらの手紙に辟易(へきえき)しているのがわかる。仕事中にそんな手紙を押し付けられれば、閉口するだろう。

 だが、恋をすれば、相手のどんなささいなことでも知りたくなるものだ。サナには、ファイエルが感じている迷惑と同時に、手紙の書き手の気持ちもわかるような気がする。

 だが、残念ながら、彼女達にとっての相手が非常に悪い。

 今朝はライ麦パンとミルクと野菜を少々、とか、昨日はあなたと二人で語り合う夢を見ました、なんて言葉が返ってくることなど、絶対絶対、間違っても絶対にないのだ。

 彼女達が実際にどこまで期待しているのかはともかく、ファイエルに尋ねてもこれ以上ないくらい無駄な質問である。

「じゃ、返事なんて……」

「時間の無駄だ。知らない人間に手紙を書く趣味はない」

 サナのこの質問も、無駄だった。

 毎日、束になって送られてくるのだ。しかも、ほぼ会ったことのない相手ばかり。サナだって全てに返事なんて無理だ。

 たとえ一通しか来てなくても、ファイエルならそういう手紙に返事なんて書かないだろう。初めから予測できた答えである。

「それじゃ、送られてきた手紙はどうしてるの?」

「定期的にまとめて処分してる」

「えーっ、心をこめて書かれた手紙を処分しちゃうの?」

 あの手紙の束の末路がそんなことになっていようとは。

「読み返すことのない手紙を、ずっと手元に置いていても仕方ないだろう。互いをよく知る奴からならともかく、顔も知らない相手だぞ。しかも、ほとんどが思い込みの激しい内容ばかりだ。思念がそのうち形になったら、俺だけでなく、周囲も困る」

 束の手紙を大事にとっておいたら、そのうち置く場所がなくなる。紙というものは、案外かさばるものなのだ。

 サナには思念がどうこうはわからないが、言われてみればもっともな気がする。だが、このことを知ったら、手紙の書き手達はさぞ悲しむだろう。

 もしあたしがファイエルに手紙を書いたら、読んでくれるのかな。……あ、だめだ。ファイエルに手紙なんて無理。恥ずかしくてあたしには書けないや。それに、書いても誤字脱字を指摘されそう。

「ファイエルには、大切に取ってある手紙ってないの?」

「サナはあるのか?」

 逆に尋ねられた。

「あたし? あるよ。まだリープの村に住んでた頃、お兄ちゃんからもらった手紙」

 魔法使いの修行に忙しかった見習いの頃のレリックは、サナの所へ帰って来る回数が少なかった。とても遠い場所、ではないにしろ、こまめに帰る、ということは難しい。その分、時間を割いて手紙を書いてくれたのだ。

 兄に会えない淋しさを、幼いサナはその手紙を読むことで紛らわせた。幼いサナでもちゃんと読めるよう、わかりやすい文字と文章で書かれた手紙を、サナはまだ大切に取ってある。

「そう言えば昔、レリックが女が好きそうな色の便せんを買っているところを見たことがある。あれ、サナに書いていたのか。その時、誰か好きな奴がいるのかって尋ねたら、赤い顔で必死になって否定してた。兄妹そろって赤面症だな」

 その言葉に、歩いていたサナは何もないのにつまづきそうになった。

「ファイエル、そういう結論で終わらないでよ……」

 美しい兄妹愛の話が、赤面症で締めくくられてしまった。完全な間違いではないが、どうしてその点を指摘して話を終わらせるのだろう。

 こういうおかしな着地の会話をするから、甘い幻想を抱いて話しかける女性達は傷付いたり怒ったりするのだ。

「ああ、ファイエル。大変だよっ」

 脱力してしまいそうな会話をしながら歩いていると、慌てた様子のおばさんがファイエルの方へ駆け寄って来た。商店街で果物屋をしている、顔見知りのおばさんだ。

「あんたの家が火事だって」

「ええっ?」

 ファイエルより、サナの方が強く反応する。

 言われてファイエルの家がある方向を見れば、空へ向かって黒い煙が立ち上っていた。それを見て、サナが青ざめる。

「火はそんなに大きくないんだけど、水をかけても消えないらしいんだよ」

「水をかけても消えないって……ファイエル、それってまさか魔法?」

「だろうな。教えてくれてありがとう、おばさん。サナ、寄り道しないで帰れよ」

 早口で言うと、ファイエルはすぐに家へ向かって走り出していた。サナが返事する暇もない。

「ちょっ……ファイエル!」

「サナ、火事なんだし、魔法ならよくないものかも知れないから、あんたはあまり近付かない方がいいよ」

 ファイエルの後を追おうとしたサナを、おばさんがさりげなく止めた。

「う、うん……」

 そうは言われても、気になる。

 ファイエルの家族には、サナもかわいがってもらっている。火事と聞いて、知らん顔をしたまま帰るなんてできない。

「平気。あまり近くには行かないから。様子だけでも見て来るよ。火が消えた後でおうちの人の手伝いとか、何かできるかも知れないし」

「そうかい? でも、気を付けるんだよ。例え自然のものでも、あまり火を甘く見ちゃいけないよ」

「うん、わかったー」

 おばさんの声を背中に聞きながら、サナはかなり遅れてファイエルの後を追い掛けた。

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