その言葉の裏
レリックと共に駆け付けた魔法使い達によって、スライクは誘拐、傷害などなどの現行犯で連行された。
と言っても、そのスライクはファイエルの向けた炎で大火傷をしていたため、まずは医者に運び込まれた。
イエスミスの街から南の方へ向かうと、イロードという街がある。そこには「アービエン」という魔法使い協会があるのだが、スライクは以前その協会に属していたとわかった。
彼が魔法を使えたのは、そこで修行したからだ。
数年前、スライクは術を使って、人を殺めたことがあった。協会が認めている余程特殊な事情がない限り、人の命に関わる呪術の使用は禁止されている。協会に属せず、個人で活動する魔法使いはその制約に縛られることはないが、人を殺めたことが役所にわかればもちろん罰せられる。
まして協会に在籍している以上、その類の呪術は御法度だ。スライクはその禁止されている魔法を使ったということで、除名されていたのである。
本来であれば除名と同時に、魔力を封じられる。魔法使いの力を取り上げて投獄するのだ。しかし、スライクは魔封じが行われる前に逃亡していた。
その間に、ファイエルが担当したバドスの件が起きる。
スライクがモーリンが亡くなったと知ったのは、一年以上が経った頃。彼女の死因を調べるうち、スライクはファイエルの存在を掴んだ。
その時から、スライクの中でファイエルへの復讐が始まる。
実際のところ、スライクとモーリンの間には何もなかった。恐らく、モーリンは相手の存在すらも知らなかっただろう。
スライクがまだアービエンにいた頃。
依頼された仕事でスライクが赴いた家に、そこの主人の取引相手としてバドスがたまたま訪れていた。その時、バドスはモーリンを連れて来ており、彼女を馬車の中で待たせていたのだが、スライクはその姿を垣間見る。
それ以来、モーリンへの想いが芽生え……。
早い話、スライクの片思いだった訳だが、彼は相当本気だったようだ。
だが、その想いを告げる前に自分の罪が露見してしまい、彼女と話どころか顔を合わすことすらもできないまま、永遠の別れが来てしまった。
……というのは、後日スライクが取り調べられてわかったことである。
回復したスライクは、今度こそ魔封じの術をかけられて投獄された。今回の事件で死者はなかったが、当分は社会へ出てこられないだろう。出て来ても、二度と魔法使いとしての活動はできない。
こうして、事件はようやく解決をみる。
☆☆☆
若さゆえか、そういう体質か。
ファイエルの身体は、ライズ医師が考えていたよりもずっと早く回復した。まだ大きな魔法を使うのはやめた方がいいと止められてはいるが、もうアイサへは出勤していて、ファイエルはいつものように仕事を始めている。
イノン家やアイサへは、お見舞いの手紙や品、花束がたくさん届いていた。中にはどこでどう話を聞いたのか、ファイエルが死んだと思っている人もいて、お悔やみの手紙が混じっていたりもした。
それにはもう笑うしかない。噂というものは本当にいい加減なものだ。
流しておいた「ファイエル危篤説」については、さりげなく「誤報」だったという噂を魔法使い達が改めて流しておいた。もっとも、ファイエルが歩いているのを人々が見れば、そんなものを流すまでもない。なぁんだ、元気じゃないか、で終わった。
「あら……サナ、そのスカート、かわいいじゃない」
薄い青地に赤い小さな花が点在する柄のスカート。サナが初めてそれをはいて来たのを見て、リュレイシアがほめた。
いつもは無難な紺や地味なベージュ系が多いので、柄のあるスカートは珍しい。
「えへ、そう? ファイエルに買ってもらっちゃった」
リュレイシアにほめられると、サナは赤い顔をしながら嬉しそうに応える。
「ファイエルに? へぇ、サナってば、やるじゃない。あいつが女の子にプレゼントするなんて、びっくりだわ。まさに天地がひっくり返るって奴ね」
リュレイシアの言葉に、サナはちょっと複雑な表情を浮かべながら首を振る。
「えーと、これはプレゼントって訳じゃないの。ファイエル曰く、弁償なんだって」
それを聞いて、リュレイシアはわずかに眉をひそめた。
「弁償? ちょっと何よ、その色気のない単語は」
最初にサナを捜しにパレーズの森へ行った時、ファイエルは魔物に襲われて傷を負ってしまった。その時、サナがスカートの裾を破いて、その傷に当てた。その後、傷だらけのファイエルにひざ枕をして。
破れてしまい、血で汚れてしまった。そのスカートは当然もう使い物にはならない。ファイエルはその時の弁償のつもりであるらしい。もしくはお詫び。
「ふぅん。……実はファイエルって、案外オクテなのかもね」
事情を聞いて、リュレイシアは意味ありげな笑みを浮かべる。
「えー、だってあんなにもてるのに。手紙だって、相変わらずきてるよ」
今日の分の郵便物を分けながら、サナはファイエル宛の手紙を指す。相変わらずダントツで多い。仕事以外の手紙が多いのも、変わらず。
「もてるって言っても、あれでファイエルはまともに女性と付き合ったことがないもの。あの仏頂面も、本当のところは照れの裏返しだったりすることもあるだろうし。それにしても、プレゼントって言うのがそんなに恥ずかしいのかしらね」
ファイエルの使った単語に、リュレイシアはあきれている。
「リュレイシア。これ、プレゼントって思ってもいいのかなぁ」
実際のところ、その時にはいていたスカートよりずっと高いものなのだ。弁償と言うのなら、もらいすぎな気がする。
「いいわよぉ。これからも色々とねだってやんなさい。それで本当に買ってもらえたら、今度こそ弁償じゃなくてプレゼントよ。ファイエルにそう言ってやりなさい」
「俺に何を言うって?」
二人の会話に、ひょいとファイエル当人が現われた。
「内緒よ」
サナは突然の登場にどきどきしたが、リュレイシアは落ち着いたものだ。
「内緒? どうせ何か悪巧みでもしてるんだろう」
「あーら、悪巧みなんて失礼ね。ファイエル相手にそんなことしても、無駄ってわかってるもの」
けらけらと笑いながら、リュレイシアはその場から離れて行く。どうやら気をきかしたらしい。
「はい、ファイエルの分」
サナは本日分の手紙をファイエルに渡す。
「まーったく、毎日毎日よく来るわね。あの事件からこっち、さらに増えてる気がするんだけど」
小さな「子ども」を助けるために、ファイエルが負傷しながらも大活躍した、なんていう噂がそこここで流れていることを、サナは知らない。
全くの間違いではないが、子どもと聞いたらきっとサナは落ち込むだろう。
ファイエル自身は、手紙の中に「こんな素晴らしいことをなさったのですね」などと書かれているので、ずいぶん英雄的に言われているな、と思っている。
だが、いちいち細かい部分を訂正して回る気にはなれないので、放っていた。世間が何を言おうが、自分は自分だ。
「仕事の手紙はともかく、それ以外についてはサナがガードしてくれれば、多少は減ると思うけれど」
「ガードって、あたしに検閲でもしろって言うの?」
サナは真面目に言ったのだが、ファイエルは少し渋い表情になる。
「……いや。俺の言い方が悪かった」
今、何となく「……バカ」と言われた気がする。
「ファイエル。今、あたしのことバカにしてない? スライクにも、理解力がないとか、バカって言われたけど」
今更ながらに腹が立つ。あんな悪い奴にそんなことを言われたくない。
「そうなのか? あいつはどうしようもない愚か者だったけど、その意見には賛成だな」
「何よ、それっ」
サナが拳を上げ、ファイエルは手紙を持ってさっさと逃げる。二人がばたばたと部屋を出て行き、入れ替わりにレリックが入って来た。
「あいつら、何やってるんだ?」
「別に。じゃれてるだけよ」
リュレイシアが笑いながら答えた。事務所内には、他にも笑っている人達がいる。
「真っ直ぐに言わないとわからない女と、真っ直ぐに言えない男。この先も大変そうね。私達は見ていて面白いからいいけれど」
サナは知らないかもね。ファイエルがわざわざ手紙を受け取りに来るようになったのは、サナがここへ来てからだってこと。
廊下の向こうでサナがファイエルを掴まえたのが、開いたままの扉から見えた。もちろん、ファイエルはわざと掴まったのだ。
それを眺めながら、リュレイシアはもう少しこのことは黙っていようと考えるのだった。