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目覚め

 ファイエルはゆっくりと目を開けた。

 見覚えのある天井は自室のもの。何か夢を見ていたような気がするが、それはすぐに消えてしまい、現実の記憶がすぐに戻って来た。

 鎮痛剤でも注射されたのだろうか、まだ傷はしっかり残っているはずだが身体の痛みはほとんどない。

 気配を感じてファイエルが視線をそちらへ向けると、サナが静かな表情でこちらを見ていた。

「おはよう。……ファイエルって、寝顔もきれいね」

「一度、自分で鑑賞してみたいな」

「もう……」

 照れることなくそう返してくるのを聞いて、サナはちょっとあきれると同時に安心した。

 いつものファイエルが、ここにいる。

 エルパの森から街へファイエルが運ばれた時、顔色が真っ青と言うよりはほとんど真っ白で、このまま目を覚まさなかったら……と考えたら、サナは気が遠くなりそうだった。さっきの笑顔も、やっぱり最期だから見せたのではないか、と。

 だが、レリックもリュレイシアも、ファイエルを知ってる誰もが「あいつはこのくらいで死ぬような奴じゃない」と妙な太鼓判を押した。

 いやいや、あの身体であんな魔法を使ったのに……と反論したいサナだが、周りからそう言われると、それもそうか、となぜか納得してしまう。

 森では大変な状況が目の前にあったが、街へ戻れてもう安全だとしっかり認識できたおかげもある。

 犯人が捕まったということもあり、もう外出禁止は必要ない。安全だから、自由に行動していいのだ。

 サナは日が変わると、すぐにファイエルの元へ訪れた。

 まだ眠っているけれど、と言いながらも、ファイエルの母ローズィーは息子の部屋へサナを通してくれた。頬や額に走る傷が痛々しく思えたが、それでも顔色は運ばれた時よりもずいぶんよくなってきたので、ひとまず安心する。

 みんなが言う通り「やっぱりこれくらいじゃ、死なないなぁ」などと考えたりして。

 ファイエルが聞いたら「俺は不死身じゃないぞ」と言うだろうか。もしくは「俺が死ぬはずないだろ」と偉そうな顔をするか。

 その日は結局、ファイエルの意識が戻らず、サナも家へ帰った。

 で、次の日も当然のようにやって来て、サナはベッドのそばに座る。

 何をするでもなく、ファイエルの顔をじっと眺めて数時間。

 いい加減、サナの視線に気付いたのか、ファイエルは目を覚ました。

「俺、どのくらい眠ってた?」

「二日間、ぐっすりだったよ」

「またそんなに眠ってたのか……」

 前の時もそうだったが、よくそれだけ眠れるものだと、自分でも感心する。

「ライズ先生が薬を注射したからよ。前の傷も治らないうちにこんななるまで無茶してって、怒ってたみたい。で、強制的に休むようにしたって聞いたよ。目が覚めても、しばらくは絶対に安静だって。次はケガしても、面倒は見ないぞって帰ったみたい」

「おいおい。それじゃ、医者として職務放棄だろ」

 今回もスライクの悪意を込めた力で攻撃されたため、医者の厄介になったようだ。幼い頃から世話になっている老齢の医者の怒っている顔が簡単に想像でき、ファイエルは笑みをもらす。

「サナ、どこを通って来たんだ?」

 ファイエルの右手が、ゆっくりとサナの髪に伸びる。

「え……?」

 頬にファイエルの手がかすかに触れて、サナの心臓が跳ねた。

 ファイエルが気を失う前、二人で額をくっつけていたことが急に思い出される。

 あの時は気持ちが高ぶっていたから意識しなかったが、落ち着いてから考えると急に顔に血が上った。

 あの状態はかなり親密な人間同士がするものではないのか。ちゃんと焦点が合わないくらい、ファイエルの顔が間近にあって……動き方によってはお互いのくちびるが触れ合いかねない近さで……。

 気を失わなければ、ファイエルはあの後どうするつもりだったのだろう。

「森の中でも走り抜けたのか? 葉っぱがついてる」

 小さな葉っぱを見せられて、サナは激しくなりかけた鼓動をおさめる。ファイエルは髪についたゴミを取ってくれただけだ。

「あ……えっと、家の周りを掃除してた時に付いたのかな」

 サナは笑ってごまかしておいた。自分ばかりが舞い上がって恥ずかしい。

「ひげがあるファイエル、初めて見た。何だか不思議な感じ」

 こんなきれいな顔でも、ひげは生えるんだなぁ……と、人間の成人男性なら当然なはずなのに妙な感想を抱いてしまう。

「お兄ちゃんより薄いけど、ちゃんと生えるのね」

「当たり前だろ。外へ出る時は、必要最低限の身だしなみとして剃ってるんだ。見慣れてるなんて言ったら、レリックが卒倒するぞ」

「え? どうしてお兄ちゃんが卒倒するの?」

 ファイエルの言葉に、サナはきょとんとした顔で聞き返す。

 ほんのわずか、部屋に沈黙がおりた。

「……いや、いい。ガキじゃ、無理か」

「あー、何よ、それ」

 意味が通じなかったようなので、ファイエルはさっさと話題を変えた。

「ずっとここにいたのか?」

「うん。あ、ずっとって言っても、お昼前くらいから。もうすぐ夕暮れね。昨日も同じくらいの時間までいたよ」

 ファイエルが窓の方へ目を向けると、空の色が静かに変わりつつあった。

「ずっと何もしないで、ただ俺の顔を見てたのか?」

「うん」

「暇な奴だな。観賞用じゃないんだぞ」

「さっき、自分で鑑賞してみたいって言ったじゃない。あたしはその鑑賞するチャンスを生かしただけ。それに、今日も仕事は休んでいいって言われたもん。だから、暇なの」

 あんなことがあってすぐに、誰も仕事をしろなんて言わない。ショックも大きいだろうからと、特に期限は決められず、サナは休暇をもらっていた。

 仕事をしている方が気が紛れていいようにも思ったが、こうしてファイエルのそばにいられるのだから、休ませてもらってよかったかも知れない。

「ケガしてないか? それと……風邪、ひいてないか?」

「うん。あいつが魔法で動かしたツルに絡まれた時、転んでひざをちょっとすりむいたくらい。後は何ともないよ。あ、チェムも元気だから、心配しないで」

 スライクがチェムに水を浴びせた時、サナもかなり大量のとばっちりを受け、服がかなり濡れてしまった。

 いくら寒い季節ではないと言うものの、服のままで全身が濡れていいことはない。だが、その程度ではサナに影響はなかったようだ。

 チェムもあの後すぐに他の魔法使い達に手当を(ほどこ)され、元気になっていた。

「そうか……。お前、やっぱり風邪をひかないタイプだな」

「……それってどういう意味よ」

 ファイエルがくすくす笑うのを見て、サナは頬をふくらませた。

 その一方で、ファイエルの笑うところを何回見ただろう、と考える。無表情の時は冷たくすら思えたのに、今はとても温かい雰囲気だ。

「いや、別に。とにかく、サナが無事でよかった」

「え……」

 その言葉に、どきっとなる。

「お前にもし何かあったら、あいつに殺されなくても、レリックに殺されてたかも知れないからな」

「……」

 どきっとして損した。さっきからこんなのばっかりだ。早とちりしすぎだろうか。

「じゃあ、何? お兄ちゃんの存在がなかったら、ファイエルはあたしを助けに来てくれなかったの?」

 さっきから自分だけ一喜一憂しているのが何だか悔しくて、ちょっと意地悪を言ってみる。

「は? 何言ってるんだよ、サナ」

「だって……。今の言い方だとあたしが『レリックの妹だから』仕方なく助けに来たみたいじゃない」

 言ってるうちに、何だか本当に悲しくなってきた。助けられた理由が本当にそれだったら、立ち直れなくなってしまう。

「ちょっと待てよ。サナ、俺があんな奴に挑戦状を叩き付けられて、こそこそ逃げるような臆病者だとでも思っていたのか」

「え、そんなことは……」

 切り返され、サナは返事に困る。

「ふぅん……。女の子が危ないってわかっているのに、それを無視するような卑怯者だと思っていたんだな、サナは」

 小さくため息をついて、傷付いたとでも言いたげにファイエルが横を向く。

「ちがっ……そんなこと、あたしは思ってないよっ。ファイエルはケンカ売られたら、絶対に買うタイプだって思ってるし、やられたら倍に返せるくらい、腕も……?」

 慌てて否定するサナだが、ファイエルの肩が小刻みに揺れてるのに気付いた。

「……ファーイーエール~」

「サナが俺を言い負かそうなんて、百年早いんだよ」

 こちらを向いたファイエルの顔には、さっきの傷付いたような表情はどこにもない。それどころか、すごく楽しそうだ。

 いつもの無表情は本当にどこへ行ったのだろう。スライクを負かした後から、ファイエルが変だ。

 でも……変な方がいい。

「あんまり笑わせるなよなぁ。傷にひびくだろうが」

 意地悪をしてやろうと思ったのに、気付いたら立場があっけなく逆転していた。あっさり返された自分も情けない。

 サナは、ファイエルの枕を引き抜いて、そのまま顔にぶつけ……てやろうかという衝動を、どうにか抑える。相手は、これでも一応ケガ人だ。しかも、自分を助けに来てくれた人である。

「何よ。助けに来てくれてありがとうって、素直にお礼を言おうと思ってたけど、もうやめるっ」

「やめるって……全部言ってるぞ」

「今のはお礼じゃなくて、お礼の中身を説明しただけ」

「何が違うんだ」

「知らない」

 口を尖らせて、サナは立ち上がった。

「じゃあね。お大事にっ」

「サナ」

 怒りながら扉の方へ向かうサナに、ファイエルが声をかける。

「何よ」

 怒ってるくせに、呼ばれるとつい振り返る。単純なものだ。

「また来いよ」

 思いっ切りフェイントをかけられた。

 今までに見たことのないような、優しい顔がそこにある。

 エルパの森でも穏やかな表情だったが、ファイエルと知り合って以来、初めてとも言えそうな優しい顔。

 おまけに、口調までもがいつになくやけに穏やかで。

 一気に顔に血が上る。

「……し、知らない。気が向いたら、来てあげるっ」

 何とかそれだけ言って、サナは部屋を出て行った。

 まったくもう、ファイエルってば、ああいう状態になっても人をからかって。……あんな口がきけるなら、元気だって思っても大丈夫だよね。

 知らず、顔がほころんでいく。

 一時は本当に危険な状態ではないのか、と不安だった。でも、もう心配しなくていいのだ。

 ほっと一息つくと、サナはぱたぱたと居間の方へ走って行った。

「ねぇ、おばさま。ファイエルが目を覚ましたよ」

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