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手紙の意味

 すぐそばで、カキンという小気味いい音が響いた。

 驚いてサナが目を開けて顔を上げると、スライクが放った風の刃が目の前で弾かれている。見えない壁に当たって、跳ね返っていたのだ。

 これ、結界? まさか……。

「そいつの言う通り、堂々とやったらどうなんだ?」

 サナが振り返ると、ファイエルが洞窟を出た所に立っていた。

 ファイエル……。この光景、まるで……あの時みたい。

 その姿を見て、サナは初めてファイエルと森で会った時のことを思い出す。

 魔物に襲われそうになって、頭を抱えてしゃがんでいた。それしかできなかった。

 そこへ、ファイエルが現われて魔物を消してしまう。その時も、今みたいに肩に火の妖精を連れて。

 あの頃よりずっと大人になり、精悍(せいかん)な顔つきになっている。顔には治り切っていない傷があったが、それでもサナはファイエルの姿がとてもきれいだと思った。

 ファイエルの性格を知らない人達にもてるのも、これなら当然だ。まるで等身大の妖精みたいに見える。耳に心地いい声は、変わってない。

 いつもサナをからかったり、ちょっと意地悪な言葉を並べたり、見た目に反して荒い口調だったりするが、やっぱりいい声をしている。

 そんな場合ではないが、サナはついファイエルに見とれてしまった。

「関係ない奴を巻き込みやがって。そんなに誰かをなぶり殺しにしたいか」

 言いながら、ファイエルはゆっくりとこちらへ歩み寄る。スライクもファイエルの姿を見て、立ち位置を変えた。

 逃げようとしてツルに絡まれたサナの横へ。数歩分の距離はあるものの、ファイエルよりはずっとサナに近い。

「貴様だけか?」

 ファイエルだけしかいないのを見て、スライクが確認する。

「あいつをお友達一人だけにまかせて来たのか? それとも、見殺しかな。大丈夫かねぇ、そのお友達は」

「気に病む必要はない。お前は自分の心配でもしてろ」

 ファイエルとスライクの間で、見えない火花が散る。

「ずいぶんいい格好だな。いかした柄のシャツじゃないか。俺にはとても着られない」

 ファイエルの左肩付近が血に染まっているのを見て、スライクはすでに勝ち誇ったように笑う。

「そうでもないぜ。むしろ、俺よりお前の方が似合うだろ」

 売り言葉も買い言葉も、何だかねちねちしてない?

 そばで聞いているサナは、違う意味で怖くなる。

「その格好で俺を倒せるとでも?」

「勢い余って、ぶっ殺すかもな」

 さらに火花が激しく散る。

「お前、ずっと『お前の番だ』ってメッセージを送ってきてたよな」

「もう意味がわかっただろ」


 次はお前の死ぬ番だ


 スライクは、そんなメッセージを送り続けていたのだ。

「あんなちゃっちい術をかけて送られる手紙だ、そういうくっだらねぇ内容だってのはすぐにわかる。送り主に会ったら、ずっと言ってやりたかったんだ。もう少しひねりやがれ。センスのかけらもないし、ストレートすぎだ」

 ファイエルの言葉に、スライクは口を曲げた。

「ふん。親切に教えてやったんだ。ありがたく思え。貴様にはあれで十分だろう」

 ピキピキと、空気が強い緊張感で音をたてていそうな気がする。ファイエルが来てくれて嬉しいが、サナはこの場にいるのがますます怖くなってきた。緊張感が見えない針になって、肌を突き刺す。

 二人が睨み合っている間に、チェムがこっそりとサナの元へ飛んだ。

「来いよ。さっさと決着をつけようぜ。もたもたしてたら、俺のお友達がこっちへ来て、ますます俺にとどめを刺すチャンスがなくなるぜ」

「ふ……ん。じゃあ、お言葉に甘えて、とどめを刺してやるとするか。ずっとこの時を待っていたからな」

「もっとも……俺は刺されるつもりはないぜ」

「こっちはそのつもりだ」

 セリフが終わると同時に、スライクが光の矢を放つ。ファイエルはすぐに防御の壁を出してその矢を跳ね返した。

 続けてスライクは漆黒の刃を放つ。それも、ファイエルの出した壁が弾く。金属同士が当たるような音が何度も響いた。

「その身体でいつまで防ぎ切れるか、みものだな」

 スライクは炎の矢や水の刃など、次々に属性を変えて容赦なく攻撃をしてくる。ファイエルは周りの木を利用したり、自らの魔力で出す壁でそれらを防御した。

 何とかかわしているが、肩の傷があるせいか、サナにはファイエルが劣勢になりつつあるように見えてしまう。防御ばかりで攻撃に移れないのは、やはり傷のために力が発揮できないのだろう。

 このままだと、たとえ直接攻撃を受けなくても、次第にダメージが蓄積されてしまう。ファイエルが不利になる一方だ。

 サナがそう思った矢先、なぜかスライクは急に攻撃をやめた。

「どうした? ネタ切れか?」

「そういう訳ではないが……貴様をもっと追い詰めてからとどめを刺した方が面白いと思ってな」

「何だと?」

「こうして貴様だけを攻撃しても、ただ肉体的につらいだけだろう? 忘れるところだったよ。俺は貴様を精神的にも追い詰めたかったんだ。そのための材料が、すぐそこにあるんだった」

 スライクがニタリと嗤った。その言葉に、息を切らしているファイエルの顔が青ざめる。

 その「材料」は、まだこの場から逃げられないでいた。

「やめろ。俺とお前の勝負だろうがっ」

「は? そう思っているのは、貴様だけだ。俺はそんなことを言った覚えはない。貴様にとどめを刺すとしか言ってないし、そのためには手段を選ぶつもりはないね。女に手を出さない、なんて約束はしてないからな」

 ファイエルがスライクの言葉に歯ぎしりする。

「俺の攻撃があの女に届くのと、貴様がそれを防ぐのと、どちらが早いだろうな。試してみようか」

 スライクの手に、見てる間に力が集まる。こっそり近付いたチェムがさっきからずっとツルを焼き切ろうとしているが、サナはまだ足を取られたままだ。

 今のサナにできるのは、伏せて頭を抱えるだけ。本当に攻撃されても、チェムにはスライクの力を防ぎ切るだけの力はない。サナと共に巻き込まれてしまう。

 ファイエルは、間に合ってくれと祈りながら、サナの周囲に防御の壁を張る呪文を唱えた。

 その瞬間、スライクがファイエルを見て、またニタリと嗤う。

「甘いんだよ、貴様は」

 サナに投げ付けられると思ったスライクの力は、いきなり方向が変わってファイエルに向けて放たれた。サナの方に壁を出すことに集中していたファイエルは、完全に無防備な状態。

 スライクが放った光の槍が、元々負傷していた左肩を貫いた。衝撃で、ファイエルの身体が飛ばされる。

「ファイエル!」

 サナとチェムの声が、同時に魔法使いの名を叫ぶ。

「ちっ、外したか。心臓を狙ったつもりだったが」

 スライクが不満そうに舌打ちする。

「何てことするのよっ」

 チェムが炎の渦を向けたが、スライクはその力に大量の水をぶつける。水はスライクに向けられた火を消しても勢いが衰えず、チェムにも襲いかかった。

 そばにいたサナも、その水をかぶる。水が痛いなんて、初めて知った。それだけ大量であり、勢いがあるのだ。

「きゃあっ」

 水をかけられた火の妖精は、水によるダメージを受けただけでなく、火の力を失って地面に落ちた。

「チェム! 火の妖精に何てことするの。よりによって、水をかけるなんて」

「やかましいっ」

 怒鳴られたサナはびくっと身体を震わす。

「奴をいたぶるためにお前を先に始末するつもりだったが、奴が死ねばお前なんかに用はない。生きていたければ、おとなしくしていろ。その妖精と一緒にな」

 サナは力を失ったチェムを抱き上げながら、スライクを睨み付けた。

 生きていたければ。

 本当だろうか。本当にサナを殺すつもりはなくなったのだろうか。

 サナはそうは思えなかった。ファイエルを殺したら、ついでだから、せっかくだから……なんてことを言いそうだ。

 これまでざんざんサナを殺すと言っておきながら、今更気が変わるとは思えない。奴と一緒の所へ行けなどと言って、殺すつもりでいるに違いない。順番を変えただけ。

 スライクの顔を見たのはサナとファイエル、そしてレリックだけだ。

 二人は自分がここで殺し、レリックはあの黒獅子が始末する。

 そう考えているだろう。終われば、スライクは悠々と逃げられる。人を殺した人間が、目撃者を生かすとは思えない。

 そんなことを考え、サナが動くこともできずにいた時。

「ぐふっ」

 いきなりスライクが血を吐いた。

「え……」

 何が起きたかわからず、サナはますます動けなくなる。

 サナが呆然と見ていると、さらにスライクの左肩から胸にかけて大きな傷ができ、そこから血しぶきが飛ぶ。

 ファイエルが反撃したのかと思ったが、彼は飛ばされた場所でかろうじて身体を起こしたところだ。

「……破られたか。思ったよりやるじゃないか」

 スライクの言葉で、サナは悟った。

 スライクが出した魔物が、洞窟の向こうでレリックに撃破されたのだ。そのため、魔物を作り出した術者にその反動がきたのである。

「一番の自信作だったんだが」

「大した自信だ。これで……公平だな」

 肩を押さえながら、ファイエルが立ち上がる。

「じき、レリックが来る。その前に……決着をつけようぜ。今度こそな」

 満身創痍でも、ファイエルに援軍を待つつもりなどない。

「ふん。貴様、自分の不利がまだわかってないようだな」

「不利はどっちだろうな。さっきみたいなことは、もうできないぜ。いきなり向きを変えて力を放つなんて、もう無理なはずだ。その傷じゃあな」

 一方を狙う振りをして、別の一方を攻撃する。負傷したスライクに、もうその手は使えない。

「負ける気はしないぜ」

 ファイエルは、切れて出血するくちびるをなめた。

「その身体でか。貴様の方が傷はひどいぞ。立っているのがやっとじゃないのか?」

 スライクの言葉を、サナは否定できなかった。

 どう見ても、ファイエルの方が重傷だ。ここへ来た時からすでに出血していたし、そこへまた攻撃を受けてしまった。体力もどこまで回復しているのか怪しい。

 スライクは、あくまでも自分が優位だと信じて疑わなかった。

「大きなお世話だ。お前はこれまで引きずってきた恨みの力があるだろうが、俺には怒りの力がある。付け加えれば、さっきからその新しい力がどんどん増えているんだよっ」

 ファイエルが、スライクよりも先に力を放つ。炎がらせんを描き、スライクへ襲いかかった。負傷している魔法使いが出す力とは、とても思えない激しさ。

「な、何っ」

 その力の大きさに、ファイエルを(あなど)っていたスライクは目を見張る。

「受け取れっ、俺の力だ」

 想像していた以上の速さと勢いに、スライクは防御が間に合わない。

「うわああっ」

 今度はスライクの身体が飛ばされた。木に叩き付けられ、全身に火傷を負い、ショックで立ち上がることもできない。

 しばらくその姿をじっと見詰めていたファイエルとサナ。スライクが呻くだけでもう起きあがって来ないのを見て、勝ったのだと知った。

「終わったか……」

「ファイエル!」

 その場で膝をつき、腰を落としたファイエルを見て、サナは立ち上がった。スライクが倒れたことで、足に絡んでいたツルは普通の植物に戻り、手で簡単に引きちぎれる。

 チェムを抱いたまま、サナは座り込んだファイエルの元へと駆け寄った。

「はは……お互い、すごい格好だな」

 ファイエルは血まみれ、サナはぬれねずみ状態だ。

「ファイエル! 今度はもうダメだ、なんて言わないでよ」

 肩を押さえながら座り込んでいるファイエルは、そばで同じように座り込んで泣き出すサナを見て、くすっと笑った。

 滅多に笑わないファイエルが笑うのを見て、本当に最期なんじゃないかと思ったサナは、ファイエルの様子に安心するところかむしろ怖くなる。

「どうして泣いてるんだ。俺が勝ったんだぜ」

「だ、だって……」

 緊張の糸が切れたせいか、サナは涙が止まらなくなってしまった。

 殺されるかも知れない、という恐怖より、ファイエルが殺されてしまうかも知れない、という恐怖の方がずっと大きかったのだ。

 その脅威が消えた今、サナをかろうじて支えていたものもなくなった。頭のどこかで、泣かなくてもいいのに、泣いてる場合じゃないのに、と自分でもわかっているのだが、涙が止まらない。

「いい子だから、泣くなよ」

 サナを落ち着かせるために頭なり肩なりに触れてやりたいのだが、今のファイエルには何もできない。左肩が負傷しているので左手は動かないし、右手はその肩を押さえて血だらけだ。

 どうしようもないので、ファイエルは自分の額をサナの額にコツンと当てた。

「もう終わったんだ。怖いおじさんはいなくなったから、安心しろ」

「ファイエル! こ、子ども扱い……しないで……よ……」

 懸命に涙を拭きながら、サナが頬をふくらませて抗議した。ファイエルの仕種にどきっとして、それを隠す意図も含まれている。

 さっきはファイエルの最期かも、などと思ってしまったが、こんなことを言えるのだから最期なんてありえない。

「そうよ。ファイエル、さっきもガキって言ってたでしょ。あたし、もう十五歳なんだからねっ」

 滝の前で言われた言葉を思い出し、少し復活のサナ。

「まだ十五だ、十分ガキだろ。それとも、小娘の方がよかったか?」

 変な時に怒り出すサナを見て、ファイエルはくすくす笑う。

「どっちもやだ」

 額をくっつけ合ったまま、上目遣いでサナはファイエルを睨んだ。

 なぜだろう。こんなことになって怒られると思っていたのに、妙に優しいファイエル。

 それが嬉しいような、やっぱり怖いような。これが普段の時ならいいのに、と心底思う。

「じゃ、あいつが言ってたように、お嬢さんがいいか?」

「そんなの、ファイエルらしくないから、やだ」

 むしろ、ファイエルが言うと嫌みにしか聞こえない。

「わがままな奴。じゃ、どう言えば満足なんだよ」

「それは……ファイエルが考えてよ」

「俺がか? また……後でな。意識がちょっと……やば……い……」

 ファイエルの額がサナの額からずれて、頭が肩に乗る。そのままファイエルの体重がサナの方にずしりとかかってきた。

 くそっ、またかよ。二度もサナの前で倒れるなんて、一生の不覚だ……。

 悔しがっても、意識はファイエルの気持ちなど無視して、さっさと遠ざかった。

「ちょっと……ファイエル?」

 ファイエルの顔を見ると、ひどく青ざめている。出血が多いので、貧血になっているのだろう。

 こんな傷で動き、さらには強い魔法まで使っていたのだ。これで身体に負担がかからない方がおかしい。

「サナーッ、ファイエルーッ」

 サナがどうしようかと焦りかけた時、二人を捜すレリックの声が聞こえてきた。

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