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誰が嘆く?

 牛よりも二回りは大きい黒獅子が、太い足を踏ん張らせて魔法使い達の行く手を遮る。喉の奥で低いうなり声を上げ、こちらが動けばすぐにでも飛びかかりそうな様子だ。

 見た目は魔獣だが、漂う気配が少し違う。獅子の姿はしていても、これはスライクが作り出した魔物だろう。その気配から、パレーズの森で見た魔物と同じものだと思われる。ただし、あの時よりもさらに歪んだ念が込められているように感じた。

「ったく、次から次へと。うっとうしいったらないぜ」

 赤く光る目でこちらを睨んでいる獅子を、獅子以上に鋭い目つきでファイエルが睨み付けた。握った拳は力が入りすぎて、白くなっている。

「さっさと片付けないと、サナに何をされるかわからん。ファイエル、いけるか?」

「当然」

 ファイエルは火の妖精チェムを、レリックは風の妖精シャミルを呼び出した。

 炎の矢と風の刃が、続けざまに黒獅子を襲う。黒獅子はそれを避けながら、空に飛び上がった。地面の小石や葉が舞い上がり、視界を悪くする。

 宙に停止すると、黒獅子はその口から炎のかたまりを魔法使い達に向けて吐き出した。二人は左右に分かれて逃げたが、それまでいた地面に大きな焦げた穴ができる。

 身体の大きさはこけおどしではなく、それに見合ったかなりの攻撃力を持っているようだ。

 ファイエルが力を上げ、炎の矢を槍に変えて放つ。黒獅子は逃げたが、後ろ足を槍がかすめ、耳障りな悲鳴が響いた。翼は健在なので、負傷した足をかばうためか、そのまま空に居座る。

 獅子がまた口を開いた。さっきのように炎を出すつもりかと二人は身構えたが、獅子は炎を出さず、大音量で空に向かって吠える。

「うわっ」

 その音の大きさに、空気が大きく震えた。その震えに耐えられず、周囲にある細い木などは次々に折れてゆく。ファイエル達も、鼓膜を破りかねない大音量に耳をふさいだ。

 だが、黒獅子の咆吼は音だけじゃない。空気が身体を締め付けてきた。見えない魔物に全身を締め付けられているような苦しさが襲ってくる。

 それは、妖精達も例外ではなかった。さっきの炎より、ずっと厄介な攻撃だ。

「……くっ」

 治り切っていないファイエルの左肩の傷が、その攻撃で開いた。服にじわりと血がにじむ。

「……なめんなっ」

 空で吠え続ける獅子に向け、ファイエルはまた炎の槍を放った。さっきよりもずっと太い槍だ。

 吠えることに集中していたらしい黒獅子は、逃げるのが一拍遅れた。今度は前脚に炎の槍が命中し、足は根本辺りから完全にもげた。傷口周辺の毛が焦げ、細い煙が数本上る。

 黒獅子は、大音量で攻撃とは別の悲鳴をあげた。だが、やはり下へは降りて来ない。

「どうしても俺達を見下ろしたいか。レリック、連携でいくぜ」

「あ? ああ、わかった」

 難聴になるのではないかと思うくらい、まだ耳の奥がわんわん鳴っている。

 だが、レリックもすぐに復活して、ファイエルと同時に呪文を唱えた。妖精達もそれぞれの呪文に呼応して、魔法使いの力を増幅させる。

「こんな所で、お前と遊んでいる訳にはいかないんだよ。サナが待っているからな」

 ファイエルの炎とレリックの風が結びつき、黒獅子の上に雷が落ちた。雷撃は一人で起こせないこともないが、二人でなら力も当然大きくなる。

 もろに雷を食らった黒獅子はさすがに堪えきれず、地面へ落ちた。

 すかさず、ファイエルはその場の重力を強力にして、獅子を動けなくする。獅子は地面に張り付けられた形となった。

 だが、その目の光はまだ強い。何とか地面の束縛から逃れようと、必死にもがいている。まだ消えるには至らず、やる気を失ってはいないようだ。

「っつ……」

 黒獅子のさっきの咆吼で肩の傷が開いたが、今の魔法で身体に負担がかかってさらに傷が深くなる。ファイエルの左肩がみるみるうちに赤く染まった。

「ファイエル」

「レリック、後は頼む。地面に縫い付けてやったから、後は風の刃でも何でも放り込んでやれ。俺は奴を追う」

 その目はもう黒獅子ではなく、スライクが消えた方を睨んでいた。

「……わかった。俺もすぐ行く」

 そんな身体で無理だ。その傷で、あいつとやり合えるのか。返り討ちに遭うぞ。そうなったら、本当に命を落としかねない。

 ファイエルに向けて言いたいことはたくさんあるが、今はどれも言えない。言う訳にはいかない。

 だから、この黒獅子を片付けてすぐに追い掛ける。レリックはそれだけを伝えた。

 ファイエルは小さく(うなず)くと、スライクが消えた滝の方へと走る。周囲に何か仕掛けられている様子はない。

 奴は滝の中へ入って行った。滝の水は結界を隠すための目くらましか? 

 ファイエルは滝の水を凍らせ、それを風の刃で斬る。落ちる水の向こうは、入口の幅が狭い洞窟になっていた。二人はこの奥へ向かったらしい。

 これは自然の産物みたいだな。この洞窟の向こうへ逃げたか。

 結界や罠などがないことを確認して、ファイエルもその中へ入った。

 サナ、無事でいろよ。

☆☆☆

 スライクに引きずられるようにしながら、サナは無理矢理狭い洞窟を歩かされた。

 何とか隙をついて、とは思ったが、周囲が狭すぎて歩く以外の行動はどうしても制限される。人間二人がぎりぎりで歩ける幅しかないのだ。

 やがて、目の前が明るくなり、洞窟を出たようだとわかる。

 多少開けてはいるが、周囲に木や緑がたくさんあるから、森のどこかには違いないだろう。この先がどんな所か知らないが、サナはまた逃げる努力をしてみた。

「離してよっ」

 相手はそんなにごつい体格をしている訳ではないのだが、やはり男の力だ。思うような展開にならない。

 それに、サナは同い年の子に比べても背が小さい方なので、スライクと並ぶと大人と子ども程に身長差がある。どう暴れても、逃げることはできない。サナの腕を掴むスライクの力が緩む、ということはなかった。

「もうっ。いい加減にしてよね! あたしをどうするつもりなのよっ」

 かみついてやろうかと思ったが、口が届かない。

「あれだけ話を聞いていて、まだわからないか? 殺すんだよ」

「……」

 あからさまに言われ、サナは背筋に冷や汗が流れたのを感じた。

 どうしてそういう言葉を、そんな冷静な顔して言えるのよ。この人……狂ってるの?

「お前を殺して、あいつにその死体を見せ付けてやる。動かないお前を見て力を落としたあいつをゆっくり見物してから、とどめを刺してやるさ。安心しろ。すぐに一緒の所へ送り出してやるから、淋しくなんかないぜ」

「じょっ、冗談じゃないわ。どうしてあたしが殺されなきゃなんないのよ」

 ファイエルに何かされるのも嫌だが、自分の命が消されるなんてもっと嫌だ。とんでもない話を軽くされてしまった。人の命を何だと思っているのだろう。こっちはまだ十代半ばでしかないのに。人生はこれからなのだ。

「理解力のない女だな」

「その人……名前、忘れた。とにかく、その彼女が亡くなったのは、病気か何かなんでしょ。それであたしが殺される理由なんか、どこにもないじゃないのよっ」

「あるさ。お前が死ぬことで、奴が嘆く。助けられなかったと悔しがる」

 その言葉を聞いて、サナの反論がちょっと詰まる。

「悔しがるって言うのはともかく……ファイエルが嘆く、かなぁ」

 そんな場合ではないのだが、疑問が浮かんだ。

 サナが死んだら、ファイエルは本当に嘆いてくれるだろうか。

 レリックは年が離れていることもあってサナをとてもかわいがってくれるし、家族なのだから死んでしまえば嘆くだろう。かなり落ち込みそうな気もする。

 とにかく、兄なのだから悲しむだろう、というのは想像がついた。逆の立場になれば、サナだってとても悲しい。

 でも、ファイエルは。

 サナが死んでしまったら、彼はどんな感情を見せるのだろう。

 魔法使いとして一般人のサナを助けられなかったことに対しては、きっと悔しがるとは思う。自分の力不足を()い、多少なりとも落胆はするだろう。仕事を遂行できなかった、と。

 だが、果たしてファイエルが嘆いてくれるだろうか。

 嘆く……つまり悲しむということ。では、どんなふうに?

 サナにはまるで想像がつかない。

 友人の一人を亡くした、くらいには思ってくれるだろうか。せめてそれくらいは思ってもらわないと、考えているとこちらが悲しくなってくる。まだリュレイシアや他の友人達の方がどんな状態になるか、ずっと想像しやすい。

 どっちにしろ、スライクが期待しているような嘆き方を、恐らくファイエルはしないような気がする。殊勝な表情はしても、涙一つも見せてくれないような。

 スライクの標的がレリックだったら。絶対彼の期待する嘆き方をすると思うが、ファイエルは無理だ。

「何もないはずがないだろう。奴に手紙を送り付けながら、俺はずっとターゲットになりうる女を探していたんだ」

 ファイエルはもてるし、女性が近くにいることも多い。そんな中で、よくサナを見付け出せたものである。

「で、あたしがターゲットなの?」

「奴と一緒にいる時間が、お前は一番長かったからな」

 知らない所でしっかりチェックされていたらしい。それを聞くと、ちょっと気持ち悪い。そういうところで魔法の力を使わないでもらいたいものだ。

 サナは正直なところ、何てくだらないことを、と思ってしまった。

「それは……そうかも知れないけど。でもそれは、ファイエルのあの性格についていける女性が、周りにいなかっただけだからと思う。リュレイシアも平気な顔をしてるけど、彼女はお兄ちゃんの恋人だから、ファイエルとはあまり一緒にいなかったってだけで」

「……奴も馬鹿な女に惚れたな」

 鼻で笑われた。スライクにはパレーズの森の中でも、姿こそみえなかったが、小馬鹿にされていた。こう何度も馬鹿にされると、やっぱり頭にくる。

「バカな女って誰のことよっ。失礼なこと、言わないでよね」

 無駄かも知れないと思いつつも、サナはまた力の限り暴れた。

 ファイエル達はサナがこちらへ来たことはわかっているはず。彼らが助けに来てくれるまで、とにかく時間を稼いでおかなければ。

「うぉっ」

 いきなりスライクが、沈むように身体を曲げる。

「あ……」

 暴れるサナの手が、どうやらスライクの急所を直撃したらしい。力まかせに腕を振り回していたので、結構強く当たった。

 魔法ができようができまいが、男性の急所への攻撃はさすがに効いたようだ。あくまでも偶然なので、スライクも防御できなかったのだろう。

 ちょっとだけ申し訳なく思ったが、こちらは命を狙われているのだから謝る気はない。むしろざまーみろと思うし、これはチャンスだ。

 サナを掴む手から力が抜ける。スライクの腕から抜けると、サナはついでにその横っ面をはり倒した。今までのお礼だ。わずかでもダメージを与えておけば、追われても多少の差はできるはず。

 それから、さっき抜けて来た洞窟へ向かってサナは一気に駆け出した。そこを通り抜ければ、あの向こうにファイエルやレリックがいるはずだ。あの二人の元まで行ければ。

「きゃあっ」

 勢いよく走っていたサナは、何かが足に絡んで勢いよく転んでしまった。

「な、何……?」

 見れば、ツルが足にまとわりついている。これのせいだ。まるで蛇のようにウネウネと動いて。その不気味な動きに、ゾッとなる。

 視線を感じて顔を上げると、うずくまっていたスライクがゆっくりと立ち上がっているところだった。

 少し赤い顔をして、こちらを睨んでいる。視線だけで殺そうとしているみたいに。

 このツルがスライクの仕業だと、すぐにわかった。サナは必死にツルをちぎろうとするが、まるで針金のように固くて傷一つ付かない。

 これって、その辺りに生えているツルじゃないの? 魔法で強くなってるのかしら。

 今は足に絡んだだけ。だが、この強さのツルが首に巻き付いたらと思うと、サナは血の気が引いた。

 そうはならなくても、動けなくなったサナに何かするつもりなら、スライクはどうとでもできる。

「ふざけたマネしやがって。楽に死なせてやろうと思ったが、気が変わった。切り刻んで、苦しませながら殺してやる」

 かなり怒らせてしまったらしい。いや、怒らせなくても、スライクは元からサナを殺すつもりでいたのだ。今更相手を怒らせたことを後悔したって、つまらない。こちらは何も悪くないのだ。

「何よ。逆恨みしてるだけの、陰険男! 真っ正面からファイエルとやり合うのが怖いから、こんな卑怯な手段を使うんでしょ。自分の腕に自信があるなら、堂々と戦えばいいじゃない。単に知り合いってだけで、事件に全然関係のない女の子を使って仕返ししようなんて、その彼女が見てたら絶対にあなたのこと、見放すわ」

 最初から遠慮などしていなかったが、さらにまくしたてるサナ。

「このガキ……さっきから聞いてりゃ、言いたいこと言いやがって」

 風の刃が、サナを狙って放たれた。本気で切り刻んだサナをファイエルに見せ付けるつもりだ。

「いやああっ」

 その場から動くこともできないサナは、頭を抱えて伏せるくらいしかできない。

 ファイエル、助けて!

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