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待っていたもの

「嘘をついてる訳じゃないが……」

 レリックがため息をついた。

「黙ったままでいるっていうのも、案外疲れるものなんだな」

「だけど、さすがのサナも今回ばかりは真相究明に動こう、なんてしていないだろ」

 ファイエルの部屋で、そんな会話がなされていた。

 痛い目に遭って(実際に痛い目に遭ったのはファイエルだが)しばらくおとなしくしていろ、と言われ、さすがにサナも無理にファイエルの所へ来るのは控えてくれているようだ。

 彼女が心配しているのはもちろんわかっているが、こちらはもっと彼女が心配だからこうするしかない。

「いくら俺がファイエルは元気にしているって言っても、サナは納得した顔を見せてくれないんだ。まぁ、あんな噂が耳に入れば、それも仕方ない話だが……」

「なかなかいい感じに流れてるようじゃないか。母さんが、お見舞いの言葉だの物だのを受け取って大変だって、昨日もそんなことをぼやいていたよ」

「噂のはじまりが本人から、なんて聞いたら、サナが怒るぞ」

 レリックの言葉に、ファイエルは苦笑する。

 イエスミスの街で流れている、ファイエル危篤の噂。

 あれはファイエルがわざと流してもらったものだ。

 噂なんだから、原因は適当でいい。とにかく、ケガで完全に動けなくなっている、ということを周囲が思い込んでくれればいいのだ。

 現実にはまだ痕が残っているものの、だいたい治っている。少し体力が回復してから、ファイエル自身が傷を負った時に受けた呪いまがいの力を中和させ、完全にとまではいかないが治癒魔法が効くようにしたのだ。

 魔物にやられた左肩の傷だけは時間がかかり、まだ傷口をふさいだだけの状態。だが、大きく動かしたりしなければ特に支障はない。

「奴をどうにかするまで、確実にサナの動きは止めておかないとな。突き止めるのが思ったより長くなってるし、後日文句のオンパレードになるだろうってことは俺も覚悟しているさ」

 こんな噂を流したのは、もちろん犯人をおびき出すためだ。

 あの夜のことを術者がどこまで見ていたか、ファイエル達には確認しようがない。一部始終を見られていれば、傷があってもファイエルがまだそれなりに動けると判断するかも知れない。

 だが、あの後で傷が悪化し、危篤になったらしいと知れば。

 ファイエルがアイサへ出向かなければ、その噂は信憑性を増すだろう。

 術者があの噂を聞けば、とどめを刺しに来る。もしくは、致命傷になるものを送り付けてくる。

 ファイエルは、それを狙っているのだ。

 呪う相手が死の淵に立ったらしい、と知れば、必ず最後の仕上げをしようとするだろう、と。

 もし何も動きがないようなら、今度は回復したという噂を流し、次の動きを誘うつもりでいた。

 サナに教えないのは、余計な情報を持つことで彼女が今以上に狙われることを避けるためだ。一度狙われた以上、そんなことをしても無駄かも知れないが、念のためである。

 それに、サナはファイエルのケガを自分のせいだと思い込んでいる部分がある。かわいそうだが、今はそれを利用してサナが動き回らないようにするための重傷説でもあった。

 噂を本気にしてイノン家へ押しかけて来ないよう、本当は元気だということをレリックが伝えているが、落ち着かない日々を過ごしているだろうというのは想像できる。ファイエルとしても、早くこの件を解決させたかった。

「動き出すのが遅いのは、相手が自分の予想よりダメージを受けたからかな」

「そうだといいけれどね」

 自分が仕掛けた術を他者に解かれると、その反動がくる。自分の投げた球が打ち返されるようなものだ。サナに二重結界を張った術者は自分がダメージを受けないようにしていたはずだが、完全にはいかなかった……と思いたい。

「アイサの方はどう? 例の呪いの手紙は来てる?」

「いいや、これといって何も送られてきた様子はないよ。ファイエル宛に来た郵便物はお前に言われて全部開封しているが、どれもお前を心配しているお見舞いの手紙ばかりだ。ファイエルが死んだら生きていけない、なんて悲壮なものまであったぞ」

「そういうことを言う人間に限って、長生きするんだ」

「あのなぁ……」

「もちろん、心配してもらっているのはありがたいと思ってるよ。でも、実際はそういうことが多かったりするだろ?」

「まぁ……それもありだろうが。で、こちらではどういう進展があったんだ?」

 レリックは気を取り直して尋ねた。

「ああ。昨夜から窓の外に、新しい使者が現われたよ。中を見られると元気だってことがばれるから、ずっとカーテンを引いているけれどね」

 中が見えないように注意しながら、レリックは外を覗いてみた。

 ファイエルの部屋の外には、チェーリの木が立っている。今は花の季節ではないので緑の葉しかないが、その枝に鴉が一羽、留まっていた。

「昼間からカーテンを引いてると、部屋の中が暗くてうっとうしいよ。だけど、怨念を背負い込まされて、あの鴉も大変だね。もっとも、奴の作り物だろうけれど。それよりも……あんなのに留まられて、あのチェーリが枯れないかが心配だ」

「お前ねぇ……木の心配なんかしてる場合か?」

 ファイエルの性格を知ってるつもりのレリックも、どこまで彼が本気なのかわからなくなる時がある。

 鴉は悪意のかたまりをファイエルへ運ぶために、あそこにいるのだ。そのうち、その悪意をファイエルの周囲に振りまき、それらはやがて障気となってファイエルの身体を蝕むだろう。

 噂通りにファイエルが危篤であれば、ますます身体が弱ってついには……という訳である。

 これまでねちねちとした方法を続けてきた、この犯人らしいやり方だ。最後の最後まで、じわじわとファイエルを苦しめるつもりでいるらしい。

 いやらしい方法だが、これまでのことを思えば、予想できたことだ。

 あの鴉はファイエルが待っていたものではあるが、本当に入って来られては困る。家の中に障気を振りまかれては、もう丈夫とは言えない祖母のマリエルの方へ先に影響が出てしまうだろう。

 それは困るので、屋敷には結界が張られていた。だから、すぐには鴉も行動を起こせないでいる。

「ずっと待っていたんだから、しっかり歓迎しないとね。と言っても、俺じゃあ警戒されるから、よろしく」

 あの鴉はまず間違いなく、ファイエルをずっと呪い続けていた術者が送った物だ。

 ファイエルはその相手が使っている物を利用して、術者を探り出すつもりでいる。鴉に術者の所へ帰るように仕向ける魔法をかけるのだ。

 ただ、鴉はファイエルを狙っている。彼が何かしようとすれば、警戒されるはずだ。でも、他の魔法使いなら鴉が気付く前に魔法をかけられる。

 ファイエルが倒れてから、この家には容体確認として魔法使いが何度か出入りしているので、あまり怪しまれることはないはず。

 で、その役目がレリックという訳だ。

「わかった。あちらが動く前に、やっちまうか」

 レリックは屋敷の外へ出ると、鴉のいるチェーリの木のそばへ行く。

 鴉はファイエルの部屋の窓をじっと見て、レリックにはまるで注意を払おうとしない。狙いは間違いなくファイエルだ。それ以外に興味はない。生き物ではないので、警戒心がないのだろう。

 鴉の正体が何であれ、集中してくれているなら、その方がこちらとしては好都合だ。

 レリックは呪文を唱えた。唱え終わると、鴉の身体がビクッと震える。

 かすれた声で一声鳴くと、鴉はチェーリの木から飛び立った。レリックがかけた魔法の効果で、術者の元へ帰ろうとしているのだ。

「よし、かかった」

「さすがだね、先輩」

 いつの間に来ていたのか、ファイエルがそばに立っていた。

「うわっ。……お前なぁ、いきなり現われるなよ」

「刺激があっていいだろ」

「寿命が縮むだろうが。……俺、お前だけは敵に回したくないな。気が付いた時には殺されていそうな気がする」

 言いながら、レリックは手品のように小さな白い鳩を出した。それを空へと飛ばす。他の魔法使い達への合図だ。

「俺がされてるみたいに、じわじわの方がいい? 流星のように一瞬の方が、恐怖や苦痛を味わうこともないだろ」

「お前がそういうことを言うと、冗談に聞こえないんだよなぁ」

 親友の言葉に笑いながら、同じようにファイエルも白い鳩を出す。こちらは帰って行く鴉を追わせた。

 地上で鴉を見失っても、その鳩がちゃんと尾行を続けてくれる。ファイエルは自分が出した鳩の気配を追って行けばいいのだ。

「じゃ、行こうか」

「ファイエル、身体は本当に大丈夫なのか? あまり無理するなよ」

「何日も部屋にいたんじゃ、腕も身体もなまるよ。肩以外はただの切り傷だったし、それもほとんどふさがっているんだから」

 切り傷ねぇ。満身創痍でぶっ倒れたのは、どこの誰だよ。それに、ほとんど、だろ。完治じゃない。手や顔にまだ傷が見えてるってのに。

 そうは思っても、休んでいろとは言えない。だいたい残っていろと言ったところで、それに従うファイエルではないのだ。

 レリックもそれ以上は何も言わず、二人は鴉の後を追った。

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