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目的

 どこからか、パラパラと紙をめくるような音がする。カサカサと紙を折ったりたたんだりするような音が何度も。

 何かを探しているのか、もしくは調べているのか。

 それらの音が少し耳障りで、ファイエルはゆっくり目を開けた。

 カーテンが引かれていない窓から入る明るい光が、目の中へ飛び込んでくる。この明るさは朝ではない。だとすれば、一体どれだけ寝過ごしてしまったのだろう。

 何度もまばたきを繰り返すうちに、ようやく目が光に慣れてきた。

 ファイエルは起き上がろうとしたが、身体が動かない。拘束されている訳ではないが、あちこちが締め付けられているような感覚だ。

 少し視線を動かし、まずはここが自分の部屋だということを確認する。天井や壁、置かれた家具など、見慣れたものばかりだ。

 それから、眠るまでのことを思い出した。

 そうだ……パレーズの森の中で……。ああ、だからこんな……。くそっ、目を覚ました途端、不愉快になった。

 快適な目覚め、という訳にはいかなかったようだ。

 機嫌の悪さはひとまず横へ置き、まだ聞こえてくる音の出所に意識を向ける。

 机のある方から聞こえてくるとわかり、そちらへゆっくりと視線を移した。

 誰かが自分の机の前に立ち、封筒から中の手紙を出したり入れたりを繰り返している。

 背の高い男性。明るい土色の長い髪。自分と同じように、それを軽く一つに束ねて。振り返れば、人なつっこい青緑の瞳を向けてくるはず。

 こちらに背を向けていても、見慣れた姿なのですぐにわかった。

「……レリック」

 呼ばれて、手紙を調べていた青年がこちらを向いた。

「おう、目が覚めたか」

 ファイエルの意識が戻ったことを知って、ほっとしたような笑みを浮かべながらレリックがベッドの脇へやって来る。

「気分はどうだ?」

「……最悪」

 ため息と一緒に、そんな言葉を吐き出す。意識を失う前のことを思い出す程、落ち込んでしまいそうだ。

「いつも以上に色男だからな」

 痛みより、自分の身体のあちこちに巻かれた包帯を見ると、さらに気分が滅入った。

「どれだけ眠ってた?」

「一日半、かな。お前がサナを見付けたのは、一昨日の夜のことになる」

 それを聞いて、ファイエルはますます滅入った。

「つまり、俺はほぼ二日、気を失ってたってことか……」

「仕方ないだろう。無防備で結界に当たったんだぞ。しかも、そこにほとんど黒魔術の呪いみたいな攻撃の力込みだ。ダメージもそれなりに大きいさ。腕のいい魔法使いと言っても、お前だって生身の人間だからな」

 魔物などが近付かないようにするための結界。不用意に触れれば傷も負う。それは魔法使いでも例外ではない。目に見える傷以外にも、身体に与えられるダメージは大きい。

 結界の種類にもよるが、あそこに張られていた結界は、中へ入ろうとする者を排除しようという力が特に強く流れていたようだ。

 さらには、レリックの言うように呪いのような力が込められていた。受けた傷が治りにくいように細工されていたらしい。黒魔術の呪いに近いような力が込められ、そのために治癒魔法の効果がひどく悪くなっている。

 実際、ファイエルが負った傷は止血程度にしか治癒していなかった。医者による一般的な治療をされただけ。だから、今のファイエルは包帯だらけなのだ。

「……サナは?」

 あの時、本人は何ともないと言った。だが、その言葉が本当かどうかを確認できなかったので気になる。傷はあっても問題にする程ではない、という意味だったかも知れないのだ。

 しかし、本当にケガはしていないんだな、と繰り返し尋ねられる程、ファイエルには気力も体力も残っていなかったのだ。

「無事だ。傷一つない。かなり落ち込んではいるけどな。今は、しばらく外出禁止ってことにしてある。また狙われないとも限らないからな」

 傷一つない、とレリックが言い切るなら、本当にケガはなかったのだろう。

 ファイエルは少しほっとした。

「悪かった……」

「お前が謝るな。誰もファイエルのせいだなんて思ってない」

 レリックはベッドの近くにイスを引っ張って来て、それに座った。

「だが、これはもう、お前だけの問題じゃなくなった」

「ああ……」

 それはファイエルも実感している。

「関係ないはずのサナが巻き込まれたし、お前もこれだけ負傷した。サナの話だと、お前は魔物に殺されかかったんだろう? 最初はあの子も気持ちが高ぶっていたんで、どこまでその話が信用できるか怪しいと思っていたんだ。しかし、落ち着いてから聞いた話も同じ内容だった。それに、結界の中に魔物が現われたなら、どう考えてもそれは偶然ではない。だとすれば、これは十分に殺人未遂だ。本気で殺すつもりがなかったとしても、傷害には違いないからな。放っておく訳にはいかない」

 最初に思っていたより、事は大きくなってしまったようだ。

 ファイエルは、重い気分を吐き出すように、また小さくため息をついた。左肩の傷が、やけに熱く感じる。

「新しい手紙は来てる?」

 レリックは、ポケットから一通の手紙を取り出した。

「ああ。昨日、届けられた。呪いはかけられてないようだがな。お前宛なのに悪いとは思ったが、こういう事情があるので先に開封したぞ」

「ああ」

 すっかり見慣れてしまった白い封筒。毎日送り付けられてきた物と同じ手紙だ。

 ファイエルはその手紙を見せてくれと言い、レリックは黙って渡した。


 ご機嫌はいかが?


 手紙にはその一行だけが書かれていた。

「俺の大切な親友と妹にこんな仕打ちをしておいて、ふざけた奴だ」

 この文面には、レリックも怒りを覚える。

「……俺を怒らせるとどれだけ怖いか、奴は知らないらしいな」

「そのようだ」

 白い便せんが、ファイエルの手の中でくしゃりとつぶれる。どこまでも神経を逆なでする相手だ。

「俺がケガをしたこと、どれくらい知られてる?」

「アイサでは当然全員が知っているが、街の人間には……今のところ、ほとんど知られていないはずだ」

 ファイエルの質問の意図が読めないレリックだったが、尋ねられたことに答える。

「街へ戻って来たのが夜中近くだったことが幸いしたな。もっとも、どこで誰が見てるかなんて、俺達も把握しきれていない。夜遅くまで寝ない奴がいるからな。そういう奴らの口から噂が流れるってことはあるぞ」

「街に住む限り、それは仕方ないね」

 人が大勢いる場所には、一人や二人、他人のことを何でも知りたがる人間がいるものだ。このイエスミスの街には「情報局」などと呼ばれたりするような人はいないが、それに準ずるような人は多少なりともいる。

 そういった人達が今回のファイエルのことを知り、噂しないとは限らない。

「それでも今のところ、噂はなしに等しい、か。奴は……どこまで俺の状態を知っているかな」

「お前が結界に触れたことは間違いなく術者に知られているだろうし、この街にいなくてもお前が多少なりとも傷を負ったのはわかるはずだ。しかし……こんな文面を送ってくるなんて、本当にいい性格をしてるぜ」

 ファイエルのケガの具合がどうであれ、前後のことを考えれば不愉快極まりない。それをさらにあおるような手紙。さすがは毎日呪いの手紙を送って来る(やから)、とでも言おうか。

「サナの周囲にあった結界は、そう強いものじゃなかった。普通の人間を封じるだけなら、大した力は必要ない。俺が引っ掛かった方は、性質こそいやらしいがやっぱり弱い力で張れる結界だ。どっちも破られたところで、術者が受ける反動は大したものじゃない」

 それ程強い結界ではなかったので、傷を負いながらもファイエルは破ることができたのだ。

「結界が弱いと言う以前に、破られるだろうとわかっているんだから、反動がこない細工くらいはしているよな。魔物の方も、そんなにレベルが高くない奴だった。……くそっ、頭にくる」

「こういうことをする奴ってのは、絶対に自分が傷付かないようにするものだからな」

 考えれば考える程、怒りがわいてくる。

 あの時は、正直言ってほっとした。してしまった。

 強い結界が張られていれば、傷だらけの身体でそれを破るのは簡単なことじゃない。

 だが、そんな言い訳をしていたら。

 もたもたしているうちに、サナが危険な目に遭ってしまう。怖い思いをさせてしまう。

 だから、サナを囲む結界を破った時、これで最悪の状況にはならない、と心のどこかで安堵していた。

 だが、こうして落ち着いて考えてみれば、結界が弱かったのは当然なのだ。

 もしファイエルが二重結界に気付けば、どんなに強い結界でも自分が傷付くことなくすぐに破ってしまうだろう。そうすれば、細工はしていても術者に破られた反動が生じる。

 相手は自分が傷付くつもりはないだろうから、そんなリスクを冒したりはしないようにしているはず。だから、結界の力は弱かったのだ。

 本来の目的はともかく、今回の目的についてはわかった気がする。

 ファイエルに焦燥感を持たせることだ。

 ささやかな呪いの手紙など、魔法使いには大した危険も感じられないだろう。だが、少なくともこれで送り主が魔法を使える、ということが確実にわかるはずだ。

 その犯人が、魔法使いではなく、知り合いである普通の人間をターゲットにする。

 こんなことをされれば、さすがの魔法使いも焦る。自分なら対処できることも、一般の人間ではされるがままになってしまう。そして、魔法は使い方次第で十分すぎる凶器になるのだ。

 たとえ今回は無事に済んだとしても、次はこうはいかない、という無言の脅迫状を送り付けられる。それまでの、気にもならない呪いの手紙とは比べ物にならない程、恐怖を与えられるのだ。


 自分の大切な人間達が、自分のせいで傷付けられるかも知れない。そんな焦りや恐怖を抱け。


 犯人は恐らく、そういった心理作戦を展開しようとしているのだ。今回ファイエルがケガをしたのは、相手にすれば「もうけもの」といったところだろう。

 ファイエルにすれば、このケガは屈辱以外の何物でもない。

 手強い相手と戦ったならともかく、どれもこれもが低レベルな魔法。

 なのに、自分のこのザマは一体何だ?

 それなりの腕を持っていたつもりだが、プライドを汚泥(おでい)の付いた土足で踏みにじられた。傷の痛みより、そちらの方がずっと腹が立つ。

 同時に情けなくもあった。

 わずかに落ち着きを欠いただけで、ここまでもてあそばれてしまうものなのか、と。

「完全にお前の弱点を利用されたな。冷静な顔して、熱くなりすぎることがある」

「……」

 ファイエルは、さりげなくレリックから視線を外した。

「お前が結界に気付かないなんて、普段なら絶対に考えられない。あそこにサナがいたからだろ。俺だってたぶん、同じことをしでかしてたと思うぜ」

 ファイエルがサナの元へ向かったのも、もしかすると術者に導かれていたのかも知れない。でなければ、あんなにスムーズ見付かったことも、今考えれば妙だ。

「せめて相打ちなら、と思うけど、それはありえない。今回は完全に俺の負けだ」

「相手がそれ程にダメージを食らってないのなら、そこから捜し出すってことは無理だな。不審な傷を負った人間を調べる、という訳にはいかない。この街の中にいるかも怪しいからなぁ」

「わかってる。何をするにしたって、証拠らしい証拠を残していない奴だから、もしケガをしていれば姿を隠しているさ」

 証拠といえば、毎日のようにファイエルへ送られてくる手紙くらい。だが、調べられて何か出るようなドジは相手もしていないだろう。

 実際、レリックがこれまで送られてきた手紙をさっきまで調べていたが、手かがりになるようなものは何も出てこなかった。

「これまでのことを思い返せば、奴は俺を殺したい程恨んでるって訳だろ。で、今回は失敗した。いや、案外これもちゃんとした計画のうちかも。ここまでするくらいだから、奴は俺が確実に死ぬまで続けるだろうな」

「お前ねぇ、そういうことを楽しそうに言うなよ」

「こっちばかりがきりきり舞したって、悔しいだろ。だったら、いっそのこと楽しんでやるさ」

 言いながら、ファイエルは目を閉じた。

「考えをまとめられる程、まだ頭が働かない。もう少し休むよ」

 悔しいが、ここで変に焦ったりしては、また相手の思う壺だ。

「ああ。何をするにしろ、まずは体力を回復させないとな。俺もそろそろ戻る。ゆっくり休んでろ」

「……レリック。頼みがある」

 ファイエルはもう一度目を開け、部屋を出ようとする親友を呼び止めた。

「何だ?」

「俺が瀕死の重傷だって噂、流してくれ」

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