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パレーズの森

 ファイエルとレリックの二人はひとまずアイサへ戻り、魔法使い達に事情を話した。

 いやがらせの手紙を送り付けて来る者、もしくは昨日の火事を起こした者がサナを連れ去った犯人であれば、魔法を使うと推測される。そういった人間が相手なら、魔法使い達の出番だ。

 聞き込みをする者。ファイエルの家の周囲を再調査する者。サナが帰るまでに通るであろう道や家の周辺を捜査する者。どこかに魔法の痕跡がないか探る者。

 それぞれ手分けして、サナの行方の手掛かりになるものがないか、捜し回る。

「サナちゃん? ああ、見たよ」

 サナを見掛けなかったかと聞き込みをしていた魔法使いが、目撃者を発見した。

 サナの姿を見たのは、イエスミスの街を出入りしている、布地を扱う行商人だった。

 あれでサナは結構ちゃっかりしている所があり、うまく言って値段を下げてもらって商品を買っていたりする。今ではすっかり常連客のようになっているので、多くの商人達とも顔なじみなのだ。

「彼の話だと、パレーズの森で見掛けたらしい。声をかけようとしたけど、彼女が急いでいたようなのでやめたと言っていた。それと……サナの近くを鴉が飛んでいたらしい」

 その話を聞いて、ファイエルやレリックを含めた数名の魔法使い達が、イエスミスの街を出て西にあるパレーズの森へと急いだ。

 空はもうすっかり陽が落ちて、暗くなっている。サナがどこにいるにしろ、心細い思いをしているに違いない。

 心細いだけならいいが、夜の森で夜行性の肉食獣や魔物が出たりしたら危険だ。サナは魔法はもちろん、護身術などの自分を守る(すべ)を一つも持っていない。

 森へ入ると、魔法使い達は手分けして少女を捜す。

「俺はこっちの方を捜す。……ファイエル、無茶はするなよ」

「レリックもね」

 それぞれ思う方向へ馬を走らせた。

 レリックの方が、俺なんかよりずっと冷静だな……。

 森の奥へ消えて行く親友の背中を見送りながら、ファイエルは小さくため息をついた。

 本当なら、レリックに責められても、ファイエルは文句を言えない。

 ささやかながらも呪いに似た、悪意のある力。この際、はっきり呪いと言ってもいいだろう。

 そんな力がかけられている手紙を受け取っておきながら、ファイエルはずっと何もしなかった。一通や二通ではなかったのに、放ったままにしていた。

 もっと早く相手を突き止めて対処していれば、ここまで事が大きくなることはなかったはずだ。つまり、考えようによってはうっとうしいと思うだけで放っていたファイエルにも、この誘拐事件の責任がある。

 しかも、呪われる程に恨まれているのはファイエルなのに、全然関係のないサナが被害に遭ってしまった。とばっちり、なんて言葉では済まない事件に発展してしまったのだ。

 しかし、レリックはファイエルに何も言わない。心が広いのか、今はサナが心配のあまり、そこまで考え、お前は今まで何をしていたんだと文句を言うだけの余裕がないのか。

 いや、そんなことを考えている時じゃない。一刻も早くサナを見付けなければ。

 相手はサナにどんな仕打ちをするつもりなのか。もうした後なのか。ファイエルには想像もつかない。

 それがさらにファイエルの焦燥感をつのらせた。

 どこかに閉じ込められている、もしくは拘束されているとして、彼女はまともな状態でいるのか……。魔法や刃物の(たぐい)で傷付けられたりしているのでは、と悪いことばかりを思い浮かべてしまう。

 焦る気持ちを抑え、ファイエルは火の妖精を呼び出した。

「チェム、明かりを頼む」

「ずいぶん切羽詰まった顔をしてるわね。ファイエルにしては珍しい」

 チェムと呼ばれた火の妖精は、馬の前に飛んで先を明るく照らす。

 この馬もレリックが乗っていたのと同様、魔獣だ。問題なく暗闇を進むことはできるが、人間のファイエルには周辺が見えないためと、この明かりをサナが見てこちらへ来るかも知れない、と考えてのことだ。

「サナがいなくなった。気配を感じたら、教えてくれ」

「サナが?」

 大きな目を見開いて、チェムがこちらを振り返る。

 チェムはサナが初めてファイエルと会った時、そばにいた妖精だ。ファイエルは他にも色々と妖精を呼び出すが、チェムがサナに一番馴染みがある妖精になるだろう。

 ファイエルがチェムを呼び出したのは、明かりを頼むのはもちろんだが、人間以上に鋭い感覚を持つ妖精の力でサナを感じ取ってもらうためでもある。彼女と馴染みがある分、その力は他の妖精よりも強いはずだ。

「あいつの近くを鴉が飛んでいたらしい。たぶん、サナはその鴉に惑わされて、森へ来るように仕向けられたんだろう。俺が時々見掛けていた鴉と同じだと思う」

 誰かと話せば話す程、後悔が押し寄せる。

 どうして害がないうちに処理しておかなかったのか、と。

 あの程度の呪いであれば、魔法使いがすぐに動かないとふんでいたのだろうか。放っておかれたのをいいことに、小さないやがらせを続け、ある日突然、大胆になって本来の目的を果たす。

 そういう可能性をもっと考えるべきだった。

 相手が何を目的にしているのか知らないが、標的は間違いなくファイエル。そして、その標的を苦しめるためなら何でも利用する、というのが相手のやり方であれば……。

 手綱を握る手に、力がこもる。

「ファイエルを敵に回すだなんて、度胸のある奴もいたものね」

「まったくだ」

 サナが無事であろうと、もう容赦はしない。もしも……もしも無事な姿で見付からなければ、なおさらだ。

 誰が止めたって、許すつもりはない。必ず同じ目に遭わせてやる。

「ちゃんとそばに置いとかないからじゃないの。横で見ていると、こっちの方が歯がゆくなっちゃうわ」

「何か言ったか?」

「いーえ。こっちの話」

 チェムはファイエルから視線を外し、ふわふわと先を飛ぶ。ファイエルはその後を、慎重に進んだ。どこかにサナの手掛かりとなるような物があっても、見落としたりしないように。

 (かご)の鳥、か。やはりどこかに閉じ込められてる、という意味だろうが、この森に人間を閉じ込められるような場所があったか? それとも、何かの比喩、か。もしくは、引っ掛けやひねくれた暗示の(たぐい)……。

 周囲に目を配りながら、ファイエルは記憶をたどる。だが、人を閉じ込められそうな場所がこの森に存在するという覚えはなかった。もちろん、全てを把握している訳ではない。

 俺が知らないだけで、どこかに小屋があるのか。いや、まともな小屋でなくても、サナに逃げられさえしなければ、落とし穴のようなものでもいい訳だ。奴が魔法を使うのであれば、洞窟にでもサナを放り込んで壁を作り、牢代わりにもできる。

 あれこれ考えているうちに、ふと思い付いた。

 そんなものがなくても、簡単な結界を張ればそれで事足りる。奴のレベルがどれだけのものかにもよるが、短時間ならできなくはないはず。魔法が使えない人間を単に閉じ込めるだけなら、それで十分だ。結界が解けてサナが逃げたとしても、森の奥から街へ戻るのには時間がかかる。まして、方向オンチのサナじゃ、余計だ。

 そういったことを考えれば考える程、サナがいる場所の選択肢がどんどん増えてきた。あの短い文面では、ヒントが少なすぎるのだ。

 奴は俺にサナを見付けられたくないんだろうか。もしくは、サナを捜して右往左往している俺や魔法使い達をどこかで見ていて、笑っていたいだけなのか。だから、手掛かりを与えず、ただサナが手の内にあることだけを示して……。

 どちらにしろ、相手が「(かご)の鳥」に何をするつもりなのかは、まるで読めない。

「ファイエル、サナの気配がするわ」

 先を行く妖精の声で、ファイエルの思考が途切れる。

 チェムが地面から何か拾い上げた。小さなピンクのリボンだ。

「これから、サナの匂いと言うか、気配がする。たぶん、あの子の服に付いていたものね」

 髪飾りにしては小さいので、ブラウスかスカートに付いていたものだろう。それが森を歩くうちにどこかで引っ掛け、本人も知らないうちに落ちたようだ。サナは確かにこの近くまで来たらしい。

「チェム、注意して見てくれ。他にも手掛かりがあるかも知れない」

 そんなにいくつも手掛かりが落ちているとは思えないが、少しでも何かしらの糸口が欲しい。暗いことを言い訳にして、手掛かりを見失いたくなかった。

「わかってるわ」

 そう言って飛んでいたチェムだが、ふと止まる。

「ファイエル」

「何か見付けたか?」

「魔法の気配がする。かすかにサナの気配も。気を付けて」

 一瞬、なぜかファイエルの頭に最悪の場面がよぎった。

 だが、すぐにそれを打ち消す。余程弱気になっているらしい。ここで自分を見失っている場合ではないのだ。

「行ってくれ」

 チェムは(うなず)いて、再び進む。

 空は晴れていたが、今は新月期で月明かりはない。

 森に広がる暗闇が、口を開けてファイエルを待ちかまえていた。

☆☆☆

 チェムが感じ取った気配をたどり、ファイエルは少し開けた場所へたどり着いた。

「ファイエル、あそこっ。サナがいるわ」

 それまでよりもひときわ強く、チェムが周囲を明るく照らした。さらに、目標地点を照らすように、一方向へ光を走らせる。

 その光の先には、確かにサナがいた。ひざを抱えて座っている様子は、まるで少しでも小さくなって自分の姿を消そうとするかのようだ。

「サナ!」

 ファイエルの声に、サナが顔を上げた。チェムの光で、サナの頬が光る。涙のあとだろう。

「ファイエル!」

 魔法使いの姿を見て、少女の顔がぱっと輝いた。

 ファイエルが馬から下り、サナも急いで立ち上がる。

 だが、こちらへ来ようとするサナの足がすぐに止まった。困ったような表情で、こちらを見ている。進みたくても、それ以上進めないのだ。

「あの子の周りに結界が張ってあるわ。あの結界のために、サナは動けないのね」

 サナには見えないが、チェムはもちろん、魔法使いのファイエルにもその結界の存在がわかった。言ってみれば、サナはガラスの箱に入れられたような状態になっている。

 五、六歩離れたこの場所から彼女の姿を見る限り、サナにケガはないようだ。帰って来なかったのは、ここから帰りたくても結界に閉じ込められ、動けなくされてしまっていたから、とわかってひとまずほっとする。

 これが「(かご)の鳥」の意味か。大したひねりはなかったな。建物などなくても、人間一人くらいは簡単に閉じ込められるという、自分の力を見せ付けるための行為か。

「サナ、今出してやる。もう少しおとなしくしてろ」

「うん」

 ファイエルに見付けてもらったものの、まだ不安そうな顔でサナは(うなず)いた。

「ファイエル!」

 チェムの声で、ファイエルもはっとする。サナの後ろに突然魔物が現われたのだ。ファイエルの視線と何かしらの気配を感じたのか、サナも振り返り、悲鳴を飲み込む。

 さっきまでは何もいなかったはずのその場所に、巨大なナメクジのような姿をした魔物が現われたのだ。サナの身体の半分以上はありそう魔物が、十歩も進めば触れられそうな位置にいる。爬虫類ではないが、こういう姿の生物も苦手のサナは、その大きさに声を上げることすらできない。

 魔物は結界の中に現われた。これだと、サナは猛獣の檻へ放り込まれたような状態と変わらない。

「どうやら魔法使いが現われたら登場するようになっていたみたいね」

「まったく……ずいぶんと遊んでくれるじゃないか」

 サナを人質に取ったような状況にしたかと思えば、さらにこちらを焦らせるような演出。こちらを相当バカにしている展開だ。

 いい加減頭にきたファイエルは、一歩前へ踏み出す。

 その途端、ファイエルの周囲で火花が散った。

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