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ラヴェンダー・ジュエルの瞳  作者: 朧 月夜
◆第九章◆キスから始まる大冒険、再び!?
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[76]未来

 それから一年と七ヶ月後の……とある冬の朝──。


 あたしは自宅の寝室で、いつものように目を覚ました。

 この季節にしては暖かい一日の始まり。カーテン越しにキラキラとした光が注いでいる。あたしはベッドから起き出して支度を済ませ、『彼』の寝室に向かった。


「おはよう。おはよう、ラヴェル。今日はすっごくいい天気よ」


 そう呼び掛けて、いつもの穏やかな微笑を(たた)える、その唇に口づけた。これが此処へ戻ってからの、あたしの毎朝の日課だ。それから彼の頬に触れる。温かな血の通った柔らかな頬。けれどこの二年弱、彼が応えた試しはない。


「ジュエル……お願い、彼を呼び覚まして」


 左の瞼を優しく開き、ラヴェンダー・ジュエルに願いを込め、キスをする。

 ジュエルは仄かに光ってみせた。そう……ジュエル、あなたはきっと、いつか彼を取り戻してくれる。




 あのあたしが叫んだ最後の『パスワード』は、間違ってはいなかった。


 それはギリギリ間に合った──ラヴェンダー・ジュエルもラヴェルの肉体も、そして彼らが紡いだ歴史と云う、あたし達の中の記憶も消えなかった。


 けれどギリギリ間に合わなかったのだ──ラヴェルは目を……覚ますことはなかった。


 それでも彼は『生きている』。叫んだ直後触れた冷たい唇は、ちゃんと温かみを吹き返した。そしてそれは今も変わらない。




 『ラヴェル=ミュールレイン』




 うちの家系は女性世襲だ。

 彼は未来の希望を宿した名を、命の『鍵』に選んでいた。


 あたしと共にヴェルではない地で、けれどヴェルを忘れないよう自身の名に刻み込んで……『明日』を生きてみたかったんだ。




「おはよー、ピータン」


 ラヴェルの薄紫の髪の向こうで、丸まった灰色のピータンが目を覚ました。彼女もラヴェルと一緒に残り、そして『おはようのキス』だけはあたしに許してくれたので、こうして日課が出来ている。


「ね? こんないい天気、今日は何かが始まりそうな予感がしない?」


 そう言ってベッドサイドのカーテンを端へ寄せた。ピータンが眩しそうに、ラヴェルと同じ黒曜石の瞳を瞬かせ、「起きなさい」と言うように、彼の頬をペタペタと撫でた。




 あれからあたし達は沢山沢山泣いた。沢山泣いて涙は涸れて、声も出なくなった頃に夕闇が訪れた。

 足の治ったタラがラヴェルを背負い、あたし達は何とかコテージに戻った。彼の部屋のベッドに寝かせ、誰もが押し黙りラヴェルを見詰めたまま、いつのまにか次の朝を迎えていた。

 再び夕暮れがリビングを染めた頃、さすがにお腹が助けを求めた。それを機に何かが変わったんだ。


「ちゃんと食べないとダメだよ、ユーシィ」


 ラヴェルにそう言われた気がして、キッチンに立ったあたしは夕食作りを始め、タラとツパイも後に続いた。美味しい匂いが立ち込めた時には、みんなに幽かな笑みが戻っていた。


 翌日は、もう『三日寝入る』ことのないツパイにラヴェルをお願いして、タラとあたしは街の中枢を訪ねた。貧窮者を支援する部署を訪れ、孤児院を作ってほしいと金貨を寄付する為にだ。結局のところラヴェルの財産だったけれど、彼に話せば賛同してくれるに違いない。タラとツパイとそう一致して、役所のお偉いさんに「数年の内に必ず確認に来る」ことを告げ、あたし達はあの孤児(みなしご)達の未来を彼らに委ねた。


 それから祖父母の許に身を寄せたミルモを再訪し、パパとママの仇を討ったことを伝えた。また来るよと約束して、帰宅後早々に荷物をまとめ、コテージを返却し飛行船に乗り込んだ。


 同じ空路を辿って初めに立ち寄ったのは、もちろんロガールさんの峰だ。ラヴェルのことは残念だと瞼を震わせたけれど、「きっと目覚めるよ」との励ましと、美味しいミルクを頂いた。

 そんなロガールさんに、ツパイはヴェルへ戻ることを打診した。『王』の居ない王国ヴェル──今後を束ねる人物が必要なのは確かだ。ロガールさんは家畜達のこともあるので、しばし時間をもらいたいとの返答だけだったが、あたし達はそれを受け取り再び空へ昇った。


 最後の訪問先はテイルさんの町だった。ラヴェルの約束を果たさなければならない。あの時の子供達は、時を置かずして戻ってきたあたし達を歓迎し、遊覧飛行に瞳を輝かせた。ただ、船尾に近い壁の右下カプセルには、あの約束したお兄さんが眠っていることなど知る(よし)もなく──。


 再会したテイルさんは、別れた時と同じようにはつらつとしていた。けれどジュエルの魔法の『跡』が影響して、彼女も全てを知ったらしかった。実際テイルさんの亡くなったご主人がタラと同じ【彩りの民】で、テイルさんは王国ヴェルのことを一切知らなかった。だからこそラヴェルのあの髪色を見ても、何も驚かなかったのだろう。彼女に嘘をついたこと、あたし達はそれを心から謝ったが、全てを受け入れたテイルさんにはもう、捻じ曲げられた過去の経緯など、気にする弱さは有り得なかった。「自分がレイさん(息子)の分までしっかり生きる」──それこそが彼への供養だと、心に決めて強く生き抜くことを誓ってくれた。


 あたしと出逢う前にラヴェルが癒した遺された人々も、同じく亡くした家族を心に宿して、きっと自分の力で立ち続けているに違いない。




 そうしてついにあたしは我が家へ帰ってきた。ツパイとタラとピータンとアイガーと……眠りから覚めないラヴェルと。


 あたしは彼が覚醒するまで、此処で世話をしたいと申し出た。ピータンも賛成し彼女も共に。

 ツパイは祖国を立て直さなければいけないからと、ヴェルへ戻ることを進言し、アイガーもそれに(なら)うことになった。

 タラはしばらくの間あたしの手伝いをしようかと尋ねてくれたけれど、ラヴェルとピータンという心強い同居者が出来た今、あたしは大丈夫と笑ってみせた。


 タラとツパイとアイガーがヴェルへ旅立ち一ヶ月半──二人と一匹の連名の手紙が舞い降りた。其処には未だヴェルがラヴェンダー・ジュエルの支配下に置かれていること・ロガールさんが戻ってきてくれて、何とか政府が立ち上がったこと、などが書かれていた。


 こんな遠い地で、眠り続ける宿主に(いだ)かれて、それでもジュエルはヴェルに力を注ぎ続けている。ジュエルは宿主の性格も受け継ぐのだろうか? それともジュエルがラヴェルを育て上げた? 彼らの頑固さには感心すらしてしまいそうだった。


 あ、そうそう……あたしは夏休みを終え、高校を卒業、無事専門学校にも入学出来た──ラヴェルからもらった報酬のお陰で、ね。日中はピータンに留守番とラヴェルのお付きをお願いして学校へ、眠るまでの時間と週末は彼の様子を看ながら、時々街に出てはラヴェンダーの花束やサシェを買い、部屋をあの(かぐわ)しい香気で包み込んだ。


 一年が経過し専門学校を首席で卒業したあたしは、半年間の実務も難なくこなした。修理の技術はもちろん、ラヴェル直伝の操縦テクニックも一目置かれている。そして半月前の国家試験にも一発合格、企業の引く手数多(あまた)の中、何処に勤めようかと嬉しい悲鳴を上げている最中だ。




「少し寒いかも知れないけれど……空気を入れ替えようか? ラヴェル」


 あたしは外の景色がとても澄み渡っている感じがして、ベッドマットに膝を着き、ラヴェルとピータンの上から手を伸ばして窓を開けた。


 途端に流れ込む冷たい朝の風。レースのカーテンがひらひらと揺れて……その刹那。




 ──ガッシャーン!!




 まるでそんな擬音が見えそうな、耳をつんざく音だった。


「ええぇ~……??」


 我が家の休耕中家庭菜園に、飛行船が二度目の不時着をしていた──!!




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