[75]解錠
「ど……いう、こと……?」
『鍵の付いた祈り』──その鍵を、あたしが開ける──?
「ラヴェルが止められないと言ったのは本当なのです。この鍵付きの祈りは自身では解除出来ません。ですが……ジュエル継承者が愛し、そしてジュエル継承者を愛する者であれば……その鍵を開くことが出来ます」
それって──!!
「つまりラウルの好きなユスリハちゃんが、ラウルのことを好きな今なら……この祈りを止められるってことネ?」
「はい」
絶句したあたしの目の前の、タラの質問にツパイが即答した。
だから……だからラヴェルは、あたしが彼を好きにならないよう祈ったの!?
「鍵は通常ジュエル継承者の名前です。ですから──お願いします、ユスリハ」
「う、うん」
とにかくもう時間がない。彼の名前──どっちだろう?
「ラウル=ヴェル=デリテリート!」
ジュエルは反応しない。
「じゃ、じゃあ、ラウル=ヴェル=アイフェンマイア!?」
やはり何も変わらなかった。
「ツ、ツパイ~!!」
「ふ……む。どうもひねりが加えられているようですね……」
ツパイの焦燥の横顔が、ゆっくり首を傾げた。
どうしよう……ラヴェルの呼吸が益々浅く小刻みになっていく──ラヴェル──ラヴェル!?
「ラヴェル……デリテリート?」
恐る恐るの呼び掛けに、その途端ジュエルが僅かに反応を示した!
彼が選んだ『パスワード』の前半は、『ラウル=ヴェル』じゃなくて『ラヴェル』なんだ!!
「ラヴェル=アイフェンマイア!」
再び同じ僅かな反応──ラストネームはともかく、ファーストネームはラヴェルなのだと、あたし達は確信し頷いた。
「ジュエ、ル……よせ……」
掠れた声が苦悶の彼から途切れ出でる。ジュエルはもちろん祈りの解除を願うだろう。誰も好き好んで消されたいなどと思う筈もない……そう……そうよ、ラヴェルだって──。
「ラヴェル、お願いよ……鍵の名前を教えて! ラストネームは何にしたの!?」
彼の定まらない焦点が、ふとあたしの必死な眼差しに留まった。苦しいのに辛いのに、やっぱり描かれる微笑み──どうして!?
「ユ……シィ。も……いい、んだ……君が……好きに、なって、くれた……こと、君が……自分の名を……呼んでくれた、こと……とっても嬉し……かった。君と……居られた、この、二週間……ほんと、に……楽し、かった、よ……この、想い出……あれ、ば……僕は……幸せ、に……消え、られる……」
「ラヴェル……?」
ラヴェルが初めて……自分を『僕』って言った──?
やっぱり彼だって消えたくないんだ! だからこそ……彼はついに自我を見せた!!
「ま、待って! この二週間を楽しいって思えたのなら、もっと続けよう! もっと……一緒に居てよ!!」
「ごめん……どうか、忘れて……『今』を忘れて……君は『明日』を、生きて……。僕は──もう……眠り、たいんだ……やっと……楽に、なれる……んだ、よ……。だから……笑って?」
あたしに笑ってほしくて──あなたはいつも笑っていたの?
ううん、きっとあたしだけにじゃない。辛くても哀しくても……あなたは皆に笑顔を見せてきたんだ。
皆と仲良くなりたかったから……自分を受け入れてほしかったから。
あたしはもう一度、彼の頬に触れた。先刻よりも熱のない皮膚。
「嫌よっ! 笑わない!! 消えないって言わなくちゃ、笑ってなんてあげない!! 消えないでっ、消えないで!! 早く教えて、ラヴェル!!」
「ユー……シィ──」
困ったように、微笑むラヴェル。
嫌だ……嫌だ……あたしを置いていかないで!!
誰か助けて、誰でもいい……おじいちゃん、父さん、母さん!! ──母さん!?
「あ……」
もしかして──!?
「みん、な……さ……よな……ら──」
ラヴェルが最後の力を振り絞って、ニッと笑ってみせた。あたしはその両頬を包み込んだまま、ジュエルに向けて叫んでいた。
「ラ、ラヴェル=ミュールレイン!!」
閉じられた左の瞼が、光のエネルギーに耐えきれず開き放つ!
あたしの唇は、気付けばラヴェルのそれに触れていた。まるで宝石のような、血の気のない冷やかな感触。
お願いっ──どうか間に合って!!
あなたのことが大好きなの……
あなたのことが……──ラヴェル──。




