[67]祝宴
が──。
コテージのエントランス手前であたしの手足は機能を止めた。満面の笑みも何処かへ忘れてきたように、すっかり消え去り口角が下がってしまう。
「ユスリハ」
斜め後ろからツパイが呼び掛けたけれど、あたしは振り向いたものの返事が出来なかった。
「もう一度笑ってください。これから始まる闘いは、未来への第一歩なのです」
「ツパイ……」
湧き上がる不安が、つい涙を溢れさせる。それを何とか収め、あたしは「うん」と一つ、頷き一度夜空を見上げた。
そうだよ……あたしが怖がってちゃダメなんだ。二人を励ませなくちゃ、あたしの居る意味なんてちっとも無い。
大きく息を吸ってツパイに笑顔を見せる。返ってきた微笑みは、あたしがちゃんと笑えていることを教えてくれた。
「たっだいまー!」
勢い良く扉を開き、大声をリビングへと向けた。途端大きな破裂音と、小さな色紙やリボンがあたしの頭に……山盛りになった!?
「……へ?」
「タラ、これって人に向けちゃダメなんじゃないの?」
唖然としたあたしの声と、ラヴェルの呆れたような問い掛け。
「あらん……そうなのぉ?」
二人の手には淡い煙の立ち昇るクラッカーの空筒があった。
「まぁ大丈夫だったみたいだからイイじゃない! 何はともあれ~」
振り向きラヴェルを適当にあしらったタラが、再びこちらに笑顔を戻し、それから先刻のあたしみたいに大きく息を吸った。その唇と──
「「ミルモの復活成功、おめでとー!!」」
「あっ──」
──ラヴェルの唇が、同時にあたしに祝福を刻んだ。
「ど、どうして!?」
何故あたし達が成功したことを知ってるの??
「アイガーがピータンに知らせたんだ。それを聞いてね。今夜は自分がごちそう作ったから、みんなでお祝いしよう!」
「う、うん。ありがとう」
とても嬉しいという気持ちを、微笑みとお礼の言葉に乗せたつもりだった。けれど僅かばかりの不安が、結局ラヴェルに次の言葉を紡がせていた。
「まだスティから打診はない。だから『今』を楽しもう? ユーシィ」
「……うん。──うん!」
ごめん、ラヴェル。そして、ありがとう。
タラとピータン、更にツパイとアイガーにもお礼を言い、あたしはみんなに続いてリビングへ足を進めた。きっと大丈夫。きっときっと大丈夫。だから出ていけっ、あたしの不安! そして出てこいっ、あたしの笑顔!!
既にダイニングテーブルの上には色とりどりの料理が並び、あたし達の鼻腔と胃を刺激した。手洗いとうがいを済ませ席に着く。メインディッシュは良く煮込まれたブイヤベース。魚介の深い味わいが、食欲を永遠に失わせないかと思わせた。
あたしは沢山沢山お喋りをした。ミルモのこと、彼女の家族のこと、ラヴェンダーの島のこと、その畑のおじさんのこと……アイガーの活躍に、ツパイのさすがな助言、花摘みの唄に……そしてあたしの母さんのこと。その度にラヴェルがニコニコと頷く。タラが突っ込む。ツパイはそれに上手く返して、ピータンが飛び跳ね、アイガーは元気良く一吠えした。
みんなの笑顔は明日を忘れさせてくれた。忘れられた明日は、そのまた次の明日という未来を楽しい時だと信じさせてくれた。
明日──きっと良い結果が待っている!
「ふわぁ~美味しかったー! お腹いっぱい~ごちそうさま!!」
四人で分担し、キッチンはあっと言う間に片付いた。
「おやすみ、ユーシィ」
入浴を先にと勧め、申し訳なさそうにそれを受け入れ済ませたラヴェルは、リビングで寛ぐあたしに声を掛けた。
「おやすみなさい。良く休んでね」
タオルを肩に掛けた濡れ髪の紫色が、コクりと振られ消えていった。
絶対みんなで笑顔を掴もう。
例えそれが辛い経緯であろうとも──!




