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ラヴェンダー・ジュエルの瞳  作者: 朧 月夜
◆第七章◆消えた理由を、どうやって!?
65/86

[65]抱擁

「ミルモだって……?」


 おじさんは驚愕の眼差しのまま、それを背後のミルモへと合わせた。


「君……ミルモというのかね? フローラさんとこのお嬢ちゃんかいっ?」

「ア……アタシ……」


 近付く小太りの身体に、怯えて後ずさりするミルモ。それを遮るようにアイガーが後ろへ回った。


「アイガー?」


 ミルモは首を回し足を止めた。アイガーの「恐くないよ」という訴えに気付き、おじさんの質問を受け留める。


「は、はい……フローラは、ママの名前、です」

「やっぱり! 彼女元気にしてるのかい? 突然来なくなってしまったから心配していたんだよ」

「……」


 ミルモは答えられずに俯いた。まさかミルモの信じる通り「パパと一緒に出ていった」とは言えなかったのだろう。


「あの、おじさん。ミルモのお義母(かあ)さんを知っているんですか!?」


 あたしとツパイも二人の許に駆け寄り問い掛けた。ハッとミルモの(おもて)が上がった。


「ああ……もう二年前になるかな。香水を作る為に分けてほしいと、昨日の君のように突然現れてね。それから毎年数回は摘みに来ていたんだ。作業中は必ず先刻(さっき)の唄を歌っていて、そりゃあ綺麗な歌声だった!」


 おじさんは彼女のそれを思い出すように、うっとりと眼を伏せ微笑んだ。


「最後に来たのは今シーズンの始まりだったね。まだ早いのに採りに来たのは、翌日が娘さんの誕生日だからだと言っていた。彼女の為だけの香水を作って驚かせるんだと……その名前が確かミルモだったのを思い出したんだ。あの時のプレゼント、ミルモは喜んで受け取ったのかい?」

「アタシ……ママは……アタシ……」


 わなわなと震える唇に手をやったミルモの声は、そのまま掻き消えて涙と代わった。


「おじさん、ごめんなさい。後で全てちゃんと説明します。今はミルモとあたし達だけにしてもらってもいいですか?」

「……何か事情がありそうだね……分かったよ。あの小屋に居るから、後で声を掛けておくれ」

「ありがとうございます」


 おじさんは快く身を退()いてくれて、あたしはミルモの小さな肩を抱き寄せ、先程までツパイと腰掛けていた見晴らしの良い場所へ戻った。


「ママの名前はフローラというのね。お花が大好きな人には相応(ふさわ)しい名前だわ」

「……うん……」


 ミルモは涙を落としながら、小さく同意の頷きを返した。


「ずっと……言えなくてごめんね、ミルモ。あたし、あなたのパパとママが居なくなった理由を隠してた。それは二人が居なくなっただけではないからなの。ミルモにはもっと辛いこと。それでも受け入れて前へ進んでほしい。だから辛くても言おうと決めたの。だって……二人は進みたくても、もう進めないから……」

「……え……?」


 疑問の顔を上げられた先のあたしも、ミルモのそれが伝染(うつ)ったように涙が溢れていた。でも……悲しくても止まってちゃダメなんだ。進まなくちゃ……だってあたし達の前にはまだ道があるんだから!


「ミルモのパパとママはね……黒い毛むくじゃらの化け物に襲われてしまったの。ミルモを置いて消えちゃったんじゃないのよ……その時……天国に召されたの……」

「あっ──」


 ミルモの顔がクシャクシャっと波打ち、覆った小さな両掌の中から、籠もった嗚咽が零れてきた。あたしは丸ごと彼女を抱き締めて、同じように一緒に泣いた。


「ママっ……パパぁ……!!」


 あたしもあの時こうやって泣いたんだろうか? あの時、おじいちゃんの胸の中で──それはとても優しくて温かくて……今のあたしの抱擁も、ミルモに同じ力を与えられているだろうか。


「ごめんね……ミルモ──」


 ミルモの向こう側でアイガーが遠吠えし、それからピタリと身を寄せた。あたしの背中はツパイに抱き締められ、三人と一匹は風を受けながら、お互いの温かみを心の底で感じていた──。




 ★ ★ ★




「お姉ちゃん……ごめんなさい」

「ミルモ……」


 しばらく泣き声は止まらなかったけれど、それはいつしか小さくなり弱くなり……やがて消え去って、ミルモはあたしを『お姉ちゃん』と呼んでくれた。


「パパとママは、あのおじさんの言ったアタシの誕生日の前の日にいなくなったの。お友達のお家から夕方帰ったら、ママの仕事場はラヴェンダーの花が沢山散らばってて、踏んだみたいに潰れてて……だからもう全部……仕事もミルモのこともみんな嫌いになって、パパを連れて逃げちゃったんだと思ってた……」


 うな垂れてゆく目の前の少女を、あたしは今一度ひっしと抱き締めた。


「お姉ちゃん……あのね」

「うん?」


 彼女を自由にして顔を合わせる。それはとても申し訳なさそうな雰囲気を放っていた。


「アタシ、本当はもっと前からお姉ちゃん達の話を聞いてたの。お姉ちゃんのパパとママも、もういないって本当?」

「あ……うん」


 そんなところからミルモは居てくれてたんだ。あたしは嬉しさと気まずさが複雑に絡み合った淡い笑みを返した。


「あたしも八歳の時に同じ化け物に襲われたの。あたしは助かったけど、父さんと母さんはね。でもおじいちゃんが居たから……あたしは何不自由なく生活出来た」


 ミルモのように、独りぼっちになんてならずに済んだんだ。


「ごめんなさい……アタシにもおじいちゃんとおばあちゃんがいる……」

「え……?」


 ミルモは同じ気まずそうな表情をして謝った。


「ママのパパとママ。一週間に一回は来てくれて、一緒に暮らそうって言ってくれるの。でもアタシ、ママのこと嫌いにならなくちゃって思ってたから……」

「ミルモ!!」

「え?」


 あたしは思わず叫んでいた。


「よ、良かった~! ミルモにもちゃんと家族が居るのね!! もうおじいちゃんとおばあちゃんの所へ行くでしょ? 一緒に暮らすでしょ!?」

「う、うん……おじいちゃんとおばあちゃんがいいよって言ってくれれば……」

「言うに決まってるわ! だって家族だもん!!」


 あたしはツパイとアイガーに目を向けた。同時に頷く一人と一匹。そうよ、家族なら過去に何が遭ったって揺るがない!


「ねっ、これからラヴェンダー摘んで芳香蒸留水(ハーブウォーター)を作らない? 花束とそれをプレゼントに持って、おじいちゃんとおばあちゃんの所へ行こう!」

「お姉ちゃん……」


 ミルモはあたしの目の前に立ち上がった。


「ありがとう……ありがとう、お姉ちゃん!」


 『ごめんなさい』は『ありがとう』に変わり、あたしからの抱擁は、ミルモからの抱擁に変わった──!!




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