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ラヴェンダー・ジュエルの瞳  作者: 朧 月夜
◆第七章◆消えた理由を、どうやって!?
63/86

[63]憤怒

「おはよー、ツパイ」


 ロガールさんのお宅で目覚めた朝の真逆だ。あたしの呼ぶ声に向けておもむろに寝返りを打つ。相変わらず瞳を見せないツパイの表情は、それでも驚いたみたいだった。


「ユ、ユスリハ……お、おはようございます?」


 ツパイは慌てて布団から這い出し、


「なかなか良いコテージですね」


 首を左右にぐるりと巡らせ、部屋の様子に口角を上げた。


「うん、とっても快適よ。で……そろそろ起きられますか? 朝食もまもなく出来ますよ」


 と、あたしはツパイの口調でウィンクしてみせた。ツパイは珍しく吹き出し、あたしもそれに吊られて笑顔になった。


「どうですか? ラヴェルの調子は?」


 ツパイは寄ってきたアイガーの頭を撫でた。「アイガーから全て聞いています」と言い、こちらへ顔を戻す。一番にラヴェルを心配してきたのは、王宮で彼の許、仕事をしていたからだろうか?


「んーあたしも日中は出ていたから、剣術の方は良く分からないけど。準備は整いつつあるんじゃないかな。料理や掃除は分担してやってるわ。昨夜はタラがラムのハーブ焼きとサーモンのキッシュを作ってくれて、すっごく美味しかった!」

「それは僕も食べたかったですね。ラヴェルも楽しんでいるのなら何よりです」


 後半の台詞には何か引っ掛かるものがあった。ツパイはラヴェルの何に安堵したのだろう?


「ではユスリハ、着替えて顔を洗ったらリビングへ参ります。そして今日は貴女のお供を致しますよ」


 さすがね。あたしは微かに苦笑しながら、それでもツパイという助け舟に、心強さを又一つ得た気がした。


「ありがとう、ツパイ。助かるわ」


 着替えに手を伸ばすツパイに背を向け、あたしは部屋を後にした。




 ★ ★ ★




 それから三日振りの全員揃った朝食を済ませ、三日目となるミルモの居場所へ足を進めた。今日はこんもりとした雲が空を埋め尽くし、お陰で少し空気が優しい。それでも自己主張の強い太陽が恋しかった。あのラヴェンダー畑には、山陰から注ぐヴェールのような光のドレープが、きっとお似合いだろうと思っていた。


「此処なの。ちょっと待っててね」


 ツパイとアイガーを残して、忍び足で建物の隙間に身体を滑り込ませる。先に広がった中庭の視界はいつになく暗く、目を凝らしてみてもミルモの姿は見当たらなかった。


「こんにちは。君がミルモですね? 僕はツパイ。このアイガーの飼い主です」


 と、キョロキョロと落ち着かないあたしの後ろで、ツパイの挨拶が聞こえた──って……ん? ミルモ!?


「毎日良く飽きないわね~そんなに暇なの? だったら早く次の街へ行けばいいのに」


 昨日の少し馴染んだ感覚は消えていた。またふりだしに後戻り、か……いや、もっと分が悪そうだ。言葉の棘が胸に痛い。


「ミルモはアイガーが好きだと聞きました。これから少々お付き合い願えませんか?」

「……? あんたって何歳? こっちの人は飼い主じゃなかったのね。別にどっちでもいいけど」


 こっちの人って言われた~……仕方がないけどやっぱり辛い……。


「ユスリハもまた僕の家族ですから、アイガーの飼い主と言えますよ。ああ、ちなみに僕の外見は十歳程度です」

「外見??」


 ツパイのへこたれない淡々とした返しに、ミルモはペースを乱されていた。これならもしかしたら心近寄れるかも?


「とにかく……アタシ、あの小島だったら行かないわよ。行くんだったらもうココには来ないでっ」

「ミルモ……」


 あたしはつい名を呼びながら立ち尽くしてしまった。こんなことじゃダメだ……こんなことじゃ……。


 両拳を握って顔を赤くしたミルモは、くるりとあたし達へ背を向けた。その肩は(いか)っていて、何物をも受け入れる余地はなかった。やがて一歩を踏み出し遠ざかろうとする。


「ミルモっ!」


 それでもあたしの叫びに何とか彼女は足を止めた。少しだけ戻される視線。でもそれはまだ憎しみを帯びている。


「ミルモ……お願い、あたしの話を聞いてほしいの。あたし……少なからずあなたのお父さんとお義母(かあ)さんが居なくなった理由を知っているわ。お義母さんがあなたを捨てて、お父さんと去ったのではないことを、ミルモにちゃんと分かってもらいたいの」

「ウソ……ウソばっかり! あんた、あの女の仲間だったの!? どうりでおんなじ匂いがすると思ったっ! ……あの女に頼まれたの? アタシをダマして、やっぱりどこかに売ろうとしてるの!?」

「ちがっ──」

「あんたなんか、自分のパパとママのところでぬくぬくしてればいいじゃないっ! アタシは誰も頼らない……! アタシは独りでもちゃんと生きていくんだからっ!!」


 途端駆け出す小さな影。あたしは無意識にその後を追いかけていた。近付いた後ろ姿に最後のお願いを投げかけた。


「ミルモっ、聞いて! あたし、あの島の……ラヴェンダー畑で待ってるから! ずっと待ってるから!! お願いだから必ず来てね!!」


 それでもミルモの駆け足は止まらなかった。


「アイガー、付いてあげてください」


 ツパイはアイガーの背中を撫で、アイガーは一吠えミルモを追った。


「ごめん、ツパイ……やっぱりあたしじゃダメなのかな……」


 とぼとぼともう一つの小さな影の許へ戻り、意気消沈とばかり(こうべ)を垂れる。


「ユスリハらしくないですね。まだ勝機はあると思いますよ。アイガーを信じて、僕達はラヴェンダー畑で待ちましょう」

「そ、だよね……」


 あたしは薄く笑んで振り返った。ミルモとアイガーの消えた街角へ、瞳の焦点を合わせ息を吐いた──。




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