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ラヴェンダー・ジュエルの瞳  作者: 朧 月夜
◆第七章◆消えた理由を、どうやって!?
62/86

[62]記憶 *

 横になったベッドの上から、ぼんやりと天井を眺める。視界の端から茜色が見えた。もう……夕方か。食事の支度をしなくちゃ。


 あれからあたしはとぼとぼと、アイガーと共に東へ進んだ。門を抜けて海岸沿いを歩く。相変わらずの強い太陽に照らされて、波間は宝石を散りばめたように輝いていた。


 頭の中ではぐるぐると、ミルモとのやり取りが駆け巡っていた。どうしたら彼女は心を開いてくれるだろうか? どうしたら真相を話せるだろうか? ラヴェンダー畑には……どうしたら一緒に行くことが出来る?


 そうしている内に、島へと架けられた橋のたもとに辿り着いた。その先を見やれば、意外に近い丘のような小島。北面であるこちら側の斜面に、うっすらと淡い紫の一角が見える。きっとラヴェンダー畑だ。こんなに暑い夏の最中、涼しい島影だからこそ咲いていられるのだろう。


 どうしようかな……。


 一向に橋へと踏み出さないあたしの足元で、アイガーが「行こうよ」と促すように見上げていた。


「ねぇ、アイガー。今一人で行って、あたしに何が分かる?」


 クゥ~ンと一声、困った声が返ってきた。


「ごめん。そんなこと考えても仕方ないよね。島の入口まで、ちょっと行ってみようか?」


 その言葉で先頭を切った振られる尻尾に(いざな)われ、あたしは真っ直ぐな美しい橋を海風になびかれながら渡り始めた。


 海水の冷たさを含んだ気持ち良い潮の匂い、欄干の隙間から底まで見通せそうな透明な水面(みなも)が見える。時々小さな魚の群れが(かす)めていった。綺麗な濃い碧色の背びれ。


「此処を登っていくのかな?」


 ついに渡りきった先に人幅分の小道があった。眼で辿った方角にピタリとラヴェンダー色が映る。明日、ミルモと此処へ来たい。一緒にあの爽やかな香りに包まれたら、心穏やかに話せないだろうか?


「お嬢ちゃん、観光客かい?」


 そんな想いに(ふけ)り突っ立っているあたしに、目の前から声が掛けられた。背の低い気の良さそうな笑顔のおじさん。大きな籠を背負って、その中には……ラヴェンダーの花束が沢山積まれていた。


「あ、いえ。旅をしてはいるのですが、用がありましてこの街に」


 それでも明らかに視線はおじさんの背中に向かっていて、やっぱりお(のぼ)りさんに見えたに違いない。


「ラヴェンダー、お好きなのかい?」


 その興味津々な瞳に気付き、おじさんは「よっこらしょ」と一声、あたしの前に籠を降ろし中身を見せてくれた。


「わぁ~これだけ集まるとさすがに薫り高いですね! 母が昔これで香水を作っていたんです。すっかり忘れていたけど……思い出しました!」


 そうだ……確かにこの鼻をくすぐる芳香、母さんは香水を作りながら、部屋中に焚き込めて、あたしをこの色と香りで包み込んだ!!


「ラヴェンダーに良い想い出がありそうだね」


 ふふふと笑い、見上げる優しい眼差し。ハッとしたあたしは声にならないまま口を開けていた。そうよ……良い想い出。『ずっと優しいママ』だったお義母(かあ)さんとの間に、ミルモにだって良い想い出がある筈!


「あの……おじさん。あのラヴェンダー畑はおじさんの物ですか?」


 地面に置いた籠はそのままに、しゃがみ込んだ身体を持ち上げ、おじさんはあたしの指差す方向へ顔を向けた。


「ああ、そうだよ。綺麗だろう?」


「は、はい! あの……明日、そのラヴェンダーを少し分けていただけませんか? お代はちゃんとお支払しますから……このくらいの時間にいらっしゃいますか?」


 明日──何とかミルモを説き伏せて来てみよう。やっぱり、此処でこの香りに包まれて心穏やかに話をしたら、ミルモも良い想い出を取り戻すかも知れない。あたしの話す真実にも耳を傾けてくれるかも知れない。


「もう季節も終わるからね……この籠みたいに房が完全な物は少ないけれど、多少見てくれの悪い物なら幾らでもタダで譲ってあげるよ。またこの時間に畑へおいでなさい」

「本当ですかっ!?」


 有難い申し出に満面の笑顔を返すや、おじさんもそれを受け取ったみたいに、益々皺の寄った目尻を細めてくれた。


「ありがとうございます!!」


 あたしは元気にお礼を言い、必ず来ますと約束して戻り……部屋で休んで小一時間、昨日のように今に到る訳で……。


 でも、本当に上手く行くのだろうか?


 あんなに意欲満々だった心の(たぎ)りは、帰宅した途端に(しぼ)んでいた。


「とにかくやってみるしかないっての!」


 勢い良くベッドから飛び起き、首を左右に振った。気持ちを切り替えなくちゃ! 瞳に力を込めてリビングの扉を颯爽と開き……あれ? 今日はタラが作ってくれるの? キッチンには可愛いフリルのエプロンをした、スラリと高い背中が見えた。


「あらん~ユスリハちゃん、おはよ?」


 いえ……横にはなってましたが、眠ってはいませんから。


「夕食当番に指名されちゃったんですか??」


 バーカウンターのような高い椅子に着き、あたしは頬杖を突いて好奇心を寄せた。


「ヤ~ネ~、ワタシだってたまにはやるのヨー、ユスリハちゃんのように花嫁修業しておかないと腕が(なま)るしネ」

「誰が花嫁修業ですか……」


 相変わらずのツッコミに心がくすぐられた気がした。


「ユーシィ、寝グセついてるよ」


 結い上げた髪がふと後ろから撫でられた──ラヴェル、居たんだ。


「明日、一緒に行こうか? ミルモの所に」

「え?」


 続けて訊かれた言葉に驚いて、隣に立った姿を見上げる。


「だ、大丈夫! それにその変な髪色見たら、ミルモ驚いちゃうからっ」


 慌てたあたしはつい語気を強めて拒絶していた。心配してくれてるのに……余計なお世話だと言わんばかりの噛みつきようだ。


「変な髪色……??」


 前髪を一束指で摘まんだ寄り目のラヴェル。あたしはその拗ねたような表情に、ついプッと吹き出していた。


「ラウル、心配は無用みたいヨ? ユスリハちゃん、ちゃんと笑う余裕があるから」

「あ……」


 やっぱり。タラも心配してくれていた。


「明日にはツパも起きる。きっと良い知恵を貸してくれるから、あんまり思い詰めないようにね」

「うん……ありがと」


 あたしは二人へ素直にお礼を言えていた。


 ミルモが心開けば、戦闘が始まる。あたしは常にそのことを懸念していた。同時にタラもラヴェルも自分の使命に向けて前進しながら、あたしのことを気遣ってくれている。


 きっと……仲間だから。家族だから。


「タラ~今夜のメニューはなぁに?」


 あたしはニッコリ笑って問い掛けた。明日の英気をこの楽しい時間から得る為に──。




挿絵(By みてみん)




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