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ラヴェンダー・ジュエルの瞳  作者: 朧 月夜
◆第七章◆消えた理由を、どうやって!?
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[61]誘導

 翌朝。あたしは大きく深呼吸をした。昨日のリベンジを果たしたい! 今日こそはミルモと心繋がりたい!! どうしたら出来るのかなんて全く分からないけれど、とにかくやってみるのみだ。エントランスの扉を勢い良く開いて、刺すような太陽光にも負けず外へ出た。


「行くよ! アイガー!!」


 後ろに続くアイガーですら、たじろぐ程の大声を上げていた。ちょっと力み過ぎただろうか? あたしはもう一度深呼吸をして、そっとアイガーの頭を撫で、「ごめん」と笑い駆け出した。


 引っ張られるようにして走り始めたアイガーが、途端一気にあたしを追い越してゆく。さすがは牧羊犬だ。下り坂であることも手伝って、見る見る内に白黒の身体は点になった。


「ア、アイガー~速いって~~」


 北西の砦で待っていてくれたアイガーは、あたしが追いついたのを認めて再び走り出した。まさかミルモの許まで走っていくつもりなの!?


「ふぁっ……つ、辛い……」


 それでも結局最後まで、アイガーを追い掛け走り抜いてしまった。中庭の手前で膝に両手を突き、肩で息をして整えている間に、頭の向こうから人の気配を感じた。


「ねぇ……アタシになんか用があるの?」

「へぇ?」


 まだ息が上がったままのあたしは、つい変な返事をしてしまった。視界に小さな汚れた靴先が入り、見上げれば昨日と同じ、アイガーにじゃれつかれる不機嫌そうなミルモが居た。


「ご、ごめんね……アイガー、ミルモのこと……本当に気に入っちゃったみたいで……あー疲れたっ」


 何とか起こした身で息切らし答えた。


「ふーん。変な犬と変な飼い主ね。あっちに水飲み場があるから少し飲めば? アイガー、一緒に行こ」

「あ……」


 ミルモがアイガーの名前を呼んでくれた!


 あたしは慌てて一人と一匹の後を追った。


 背の高い噴水のような水飲み場は、上下二ヶ所から水が注いでいる。アイガーは下の出口の溜まり場から、あたしは上の出口から手で(すく)い、しばらく無言で飲み進めた。


「ありがとう、ミルモ」


 夢中で飲み続けるアイガーの横で、その様子を穏やかに見詰めるミルモ。煉瓦の仕切りに腰掛けた小さな姿に、あたしは一息ついてお礼を言った。


「それでー? 昨日みたいに、アイガーを走らせられる場所を案内しろって? もう十分走ったみたいだけど?」


 なかなか棘のある質問だけど、言葉数は明らかに多くなって、昨日程の警戒心はないように思えた。

 その言葉に笑ったあたしも、アイガーを挟んで仕切りに座る。


「ううん……昨日帰りにお土産屋さんの店先で、ラヴェンダーの産地だって知ったの。まだ何とか咲いているみたいだから、一緒に行ってみないかなぁって」


 特に決めていた台詞ではなかったものの、不思議と口を突いて出ていた。


「ラヴェンダー……」


 ふいに曇りうな垂れるミルモの(おもて)。やっぱり……きっとお義母(かあ)さんは、それで香水を作ってたんだ。


「いやっ、ラヴェンダーなんて……大っ嫌い!」

「ミルモ……」


 あたしはその言葉に、あたしを含むヴェルの民全てが拒絶された気持ちがした。そしてその代表──ラヴェル。


「パパは……そのラヴェンダーの所為で居なくなったんだ! ずっと優しいママの振りしてたあの女にっ、パパは……パパは連れていかれちゃった──!!」


 頭を抱えて顔を隠すミルモは、小さく小さく身体を(こご)めて、自分の殻に閉じ籠もろうとして見えた。


「ね……ミルモ。本当に絶対にそうなのかな……?」

「え?」


 あたしは咄嗟に上げられたミルモの瞳に、膝を抱えて微笑みかけた。


「だってそのママはずっと優しかったんでしょ? 今あなたは言ったもの。『ずっと優しいママ』だって。ミルモがそう思ってるから、きっとその言葉が出たんだよ。そんなママがあなたを置いて、パパと一緒に出ていくと思う? 本当は違う理由があるんじゃないかな?」

「……違う理由って?」


 ザイーダに殺されたから──真実を伝えたい。でも……それは時期尚早に思われた。あたしは言葉を呑み込むように、喉元の唾を呑み込んだ。


「そ、それを探しに行ってみない? ラヴェンダー畑へ。何か手掛かりが見つかるかも知れない」

「……」


 ミルモは困ったように再び俯いてしまった。あともう一押しなんだろうか? その殻を破れたら、ミルモのピースは手の内に入る?


「ア、アタシ、やっぱり行かない!」


 あたしの焦りが伝播してしまったのかも知れない。

 ミルモは急に立ち上がり、背を向け走り去ってしまった。


 今回はあたしのミルモを呼ぶ声も、アイガーの慰める啼き声も、届くどころか口から出てくる隙も与えてはもらえなかった──。




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