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ラヴェンダー・ジュエルの瞳  作者: 朧 月夜
◆第七章◆消えた理由を、どうやって!?
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[60]佳日

 キスって、キスって……あの初めて逢った時のように!?


 驚きの口元は開かれているのに何も発しなかった。ううん、発せなかったんだ。だって……ラヴェルはあたしに恋してるって言ったけれど、あたしは未だ何も彼に返せていない。答えられていない。そんな今……口づけを承諾出来る筈もなかった。


「……頬に、でいいから。やり遂げたご褒美に」


 その追加で、止まった時が動き出した。そ、そうだよね……それなら──。


「そっ、それくらいなら……構わないけど……」


 彼の掌から逃れるように、もう一度俯いて何とか答えた。……ん? でもご褒美なら、あたしがラヴェルの頬にしてあげるんじゃないの? それじゃあ褒美をもらうのはあたしにならないのかな??


「ありがとう。これから夕食までまた訓練を頑張るよ。ユーシィはもう少し休んでて」

「う、うん……」


 改めて背を向けようとしたラヴェルの右眼が、今度はあたしの部屋の何かを捉えたらしい。去っていく筈の横顔が、フッと笑みを(たた)えて立ち止まった。


「買ってきたの? 髪染め」


 ああ……その話か。ピンク色の小さな紙箱が、買い物袋から覗いていた。


「うん。でも今はやらないって決めたの。あたしも全てが終わった時のご褒美にね」

「そう……あの髪色が見られないのは残念だけど。先に嬉しいことが待っていると思えば、お互い励みになるね」


 励み──それってあたしの頬にキスすることを言ってるの??


 あたしはとうとう三度目の俯きで、上気した顔を戻せなくなってしまった。そんな小さなことが、彼の励みになると言うのだろうか? 彼は……。


 ラヴェルは……そう言いながら、それ以上のことは望んでいないような気がした。以前『スティ』に告げた『触れる資格がないから』? いや……それとも──




 ──あの髪色が見られないのは残念だけど。




 まさかそれ……永遠に、って意味ではないわよね? ウェスティとの闘いに、死を覚悟しての発言なんかじゃ、ないよね??


「あ……の」

「ん?」


 赤らんだ頬は既に血の気が引いて青ざめていた。悲痛な面持ちを上げて、いつもの懐っこそうな笑顔に懇願する。


「し、死なないでよね……」


 その時ラヴェルはこの上ない嬉しそうな顔をした。


「スティにはもう誰も絶対に殺させないよ。タラも、自分も」

「……うん。や、約束だよ」


 満面の笑みは真摯で真剣な真顔に変わる。


「自分は二度と、ユーシィに嘘はつかないから」


 その言葉に嘘はないように思えた。


「うん、じゃ、頑張って」

「ありがとう、ユーシィ」


 ついに遠ざかる、ラヴェンダー色の髪。その背中はキリリとして、沢山の覚悟が詰まって見えた。そして感じる幾つもの消えていった命の重さ。それを背負ったラヴェルの後ろ姿は、力強くて、優しくて……手を伸ばせば未だ届く距離なのに、何かがあたしの邪魔をしている感じがした。


 扉を閉めて机の前に立つ。

 髪染めの箱と共に袋に入れられた、もう一つの品物を取り出し、あたしは息を呑んだ。


「使わずに済んだらいいのにな……」


 『忘れ物』の入った引き出しにそれを移し、今度は大きく息を吐いた。


 ミルモに一日も早く元気になってほしい。でも……ラヴェルが闘う日は遠ざかってほしい。


 あたしの心の中で二つの望みが葛藤した。


 それから夕食を作り終えるまでの時間、あたしは何度溜息をついたのだろう。それでも和やかで美味しい夕食と、まったりと流れる食後のひととき、明るい笑顔を絶やさなかった。


 あたしもきっとやれるよね。


 タラもラヴェルも、そしてあたしも……全てが終わったらみんなで笑おう。心の底から、一点の曇りもなく。


 その時ちゃんと言えるといいな。


 ラヴェル(あなた)のことが大好きだって──彼の口づけが頬に触れた瞬間に──。




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