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ラヴェンダー・ジュエルの瞳  作者: 朧 月夜
◆第一章◆キスから始まる大冒険!?
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[6]襲撃

 こいつとずっと二人ではないことの分かったあたしは、何となく肩の力が抜けたように、狭いコクピットでさえも緊張は解け、ラヴェルの教える操縦技術もすんなり頭に入っていった。何より『授業中』のラヴェルは真面目そのもので、今までの軽薄さは一ミリも見つからなかったのだ。お陰で初日の授業は順調に終わり、その後の独りエンジンルームでの点検作業も、あたしへの歓迎会を兼ねた豪勢なディナーも、なかなか快適な時間となった。


 が、二人でキッチンの片付けを始めて、にわかに不安要素がふつふつと脳内を闇色に染め出した。まさか寝台は一つしかありませーん、なんて言わないわよねぇ……?


「ユーシィ、此処はもういいよ。あとは自分がやるから、シャワー浴びて来て」


 な、なんか、恋人同士みたいな会話で緊張するんですけどぉ……!


「ああ、ちゃんとタオルはあるから心配しないで。一応この船、四人用に装備されてるから」


 ほっ! そ、そうだよねー、メンバー増えるって言うのだから、それなりに数は有る筈か。


「う、うん」


 あたしは示されたバスルームへ自分の着替えを抱えてそそくさと駆け込み、その扉に付けられた鍵を急いで施錠した。さすがに限りあるゴンドラ内のスペースだから、脱衣所もシャワー室もそれなりに狭いけれど、ちゃんとあったかいお湯も使えて心地良い。こういう時に髪が長いのは面倒だな、と思いながらも洗髪をさせてもらい、支度を整えて出てきた頃にはキッチンもすっかり片付いていた。


「あの、ありがと」


 タオルで髪を撫でながらお礼を言う。こんなシチュエーション、祖父としかなかったからな……まぁ、ラヴェルをおじいちゃんだと思えばいいか。


「じゃあ自分も入ってくるから適当にしてて。其処に電源あるから鏡とドライヤーは此処に置いておくよ。あと上空で眠るなんて初めてだよね? 気持ち落ち着かないだろうから、これでも飲んで」


 ラヴェルは日中同様チェストに座り込んだあたしに、次から次へと説明しながら、鏡とドライヤーと、そして湯気の立つホットミルクを差し出した。って、随分至れり尽くせりだ……!


「ありがとね……ご、ごゆっくり~」


 あんまり優しくされたら戸惑うじゃないか。そんな気持ちを隠せないまま、温かなマグカップを両手で受け取り、(きびす)を返すラヴェルを見送った。離れていく男らしい広い背に、あたしの前から去っていった『あの人』が重なった。でもラヴェルは長髪でも黒髪でもないし、『あの人』の年齢でもない。ああ、でも、本当は黒髪なんだっけ? 伸ばしたら『あの人』の年の離れた弟くらいには思えるのかな。


 あたしが『あの人』に出逢ったのは、もう十年も昔のこと。きっとその時『あの人』は、今のあたしと同じ十八歳位だったと思うから、今は三十手前だろう。もう……結婚でもしちゃっただろうか。それでも『あの人』との約束は叶えたいんだ。だって『あの人』は言ってくれた──「ユーシィ、いつか西へおいで……君の楽園を見せてあげるから」って。だから──




 あたしはいつの日か西へ行く。飛行船に乗って、『あの人』とあたしの楽園を見つける為に──




 『西へ』のキーワードを忘れないように、あたしは名乗らなかった『あの人』に名前を付けた。『ウエスト(西)』って。命の恩人である彼に、再会してお礼を言いたい。その為に此処へ来たんだ。


 おじいちゃん、空から見てて。あたしは父さんと母さんを殺した化け物を、やっつけてくれたウエストに必ずお礼をしてみせるから……って、おじいちゃんも父さん達と居るのね。天国で一緒に。


 あたしはクスりと軽く笑って、ミルクを少しだけ飲んだ。ドライヤーの電源を入れ、熱い風を感じながら、窓に映る自分の向こうの空を望む。

 まるで宇宙を漂う小舟に揺られているようだ。見下ろしても点々と町の明かりが見えて、何処までも星と(そら)が続いている。きっと朝陽も綺麗なんだろうな……そうだ、明日は早起きしよう。


 そうして八割方髪が乾いた頃に、サッパリした顔のラヴェルが戻ってきた。タオルで髪を無造作に掻きながら、何も言わずに隣に座った。

 こいつは何の為に旅をしているんだろう。少なくとも同じ理由でないことは分かる。あたしの目指す西ではなくて、この飛行船は北へ向かっているから。


「あ、のさ……」


 もう一度旅の目的を問い(ただ)そうと、遠慮がちに声を掛けたところ、振り向いた右の頬に髪の毛が一本貼り付いていた。あたしは何の気なしに、それを取り去ろうと手を伸ばしたが、


「きっ、きゃああっ!!」


 何処からか飛んできたピータンに、思いっきり人差し指を噛まれていて……


「ユ、ユーシィ、大丈夫??」


 あたしの貞操もきっとピータンに守られて、万事大丈夫だな、と気付かされていた──。




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