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ラヴェンダー・ジュエルの瞳  作者: 朧 月夜
◆第七章◆消えた理由を、どうやって!?
58/86

[58]誤解 〈E〉+*

 それから賑やかな食事の時間は終わり、あたしは食器を片付けて、アイガーと共に眩しい表へ出た。

 あたしに何か遭った時、ラヴェルと常に行動するピータンと交信が取れる為にだそうだ。もちろんそんなこと、ないに越したことはないのだけど。


 タラとラヴェルは食後そのままテーブルで、何やら作戦会議を練り始めた。こちらの予測としてはミルモが癒され次第ウェスティは動き始めると見ているが、必ずしもそうとは限らない。いつ襲来があっても対応出来る策は整えておかねばならない──のだと。

 それでもラヴェルには一つの確信があるようだった。あのツパイとの交信を気付かれないように、ラヴェンダー・ジュエルがウェスティを(あざむ)いてくれたこと。今回もジュエルは(ひそ)かに実践している。それを感じ取れるのだと言っていた。


 あたしは少し暑そうに舌を出したアイガーと坂を降りた。毛皮を着ているようなものだものね。後で少しでも短く刈ってあげたら涼しく感じるだろうか?


 そんなことを考えながら街へ入る。城門の向こうはツルツルピカピカの石畳。まるで水を張ったように濡れて見える程の美しい大通り。


 とりあえずずっと東へ進み右折して、ラヴェルの教えてくれたあの孤児(みなしご)達の溜まり場へ向かった。その中庭にミルモが居るのだとしたら、敷地内に入らなければならないけれど……一体どうしたらいいのだろう?


 途中見つけた青空市場でアプリコットのドライフルーツを買う。噛み締める度に溢れ出す甘さが、身体の中に力を湧き上がらせた。


 そして……徒歩十五分で入口から真反対の溜まり場へ到着。本当に小さな街だ。建物の周りにはどんな人影も見えなかった。で……あたしが思いついたのは──。


「アイガー! アイガー? 何処にいるのー!? アイガー!!」


 アイガーに中庭へ侵入してもらい、それを探しに迷い込んだ振りをする、というものだった。


 建物と建物の細い隙間を縫い、暗くじめっとした中庭の入口に立つ。相変わらず城壁の高い壁が大きな陰を作っていて、その真中に半分同化した白黒のアイガーと、頬を舐められてくすぐったそうに笑う、草むらにしゃがみ込んだミルモが居た。


「ア……アイガー、ダメじゃない~」


 あたしの芝居、わざとらしくないだろうか?


「あ……」


 その声に刹那に消えるミルモの笑顔。気付いたあたしは近付きながら、緊張で高鳴る胸の音を聞いた。


「この犬……あんたの?」


 あ、あんたのって言われた……あんたのって~完全に警戒されている証拠だ……。


「ご、ごめんねっ、勝手に……急に走り出しちゃって此処に入るのが見えたから……」


 慌てて取り繕う笑みを顔の表面に乗せたけれど、立ち上がるその威圧的な態度に、一瞬血の気が引きそうになった。


「別に。ドロボウだなんて思わないから大丈夫よ。どうせこんな所、盗む物もないんだし。……それとも『人身売買』にでも来たの? この間も一人減ったのよ。あんたもアタシを売ってお金にしたいの?」

「そ、そんなっ」


 まだまだ身丈の短い痩せた身体に、バサバサの薄茶色い髪。顔は(すす)けたみたいに所々汚れていて、それでも瞳だけは生命力を(たた)えるように、ギラギラと光って見えた。ちゃんと身綺麗にしたらとても可愛らしい子だろうに……姿も言葉もささくれている。


「ごめんね、本当にこの子を探しに来ただけなのよ。えと……大丈夫だった? この子、子供が大好きだから」


 ミルモの隣でアイガーは、依然尻尾を振って遊びたいのだと主張していた。少しだけだったけど、アイガーにじゃれつかれて六歳らしい素振りを見せたのだ。この子はきっと笑顔を忘れていない。あたしはそう思った。


「ふうん。この街で紐付けないで散歩するなんて、あんたよそ者?」

「あ、うん……ちょっと旅をしていて、昨日着いたの」

「旅行者か。優雅なもんね。こんな物価の高い街に来られるなんて」

「あの、いや、そういう旅じゃなくて……」

「じゃあ何なのよ! やっぱり人売りなのっ!?」


 あたしは真っ向から敵視して噛みつくミルモにたじろいた。反論したものの旅の理由なんて言える訳がない……あなたを癒しに来ただなんて──。


「あ、あの……あ、ねぇ? お名前何て言うの? あたしはユスリハ。この子はアイガー」


 張り詰めた場の空気を変えようと、あたしは咄嗟に話題を変えた。こんなに撥ね付けられた懐に、どうやって滑り込めばいいのだろう?


「名前なんてどうでもいいじゃない……」


 途端(しぼ)んだ風船のように、ミルモは言葉途中で俯いてしまった。名前──聞かない内につい呼んでしまったら、益々怪しまれてしまうのだ。早く名乗ってほしかった。


「どうでもいいなんてことないわ。きっと可愛い名前があるのでしょ?」


 あたしは一歩前へ近付いて、目線を合わせるように腰を降ろした。ミルモの反発する雰囲気は変わらなかったけれど、彼女は後ろに下がろうとはしなかった。


「……ミルモ」


 数秒()を置いて、ぽそりと小さく呟かれた名前。あたしは進んだ一歩分、心も一歩近付けた気がした。


「ミルモ……やっぱり可愛い名前だった! ね、これから時間あるかな? あたしまだこの街の周りが良く分からなくて……アイガーを思い切り走らせられる所に連れていきたいの。案内してもらえない?」


 その問い掛けと共に、アイガーが垂れたミルモの手の甲をペロりと舐めた。ミルモも応えたそうにチロりとアイガーと眼を合わせる。が、その時。


「あっ、おーい、ミルモ~! 飯確保出来たってよー!!」


 背後の窓辺から男の子の声が反響(こだま)した。


「う、うん! 今行く!!」


 我に返ったように(おもて)を上げ駆け出すミルモ。あたしは慌てて声を掛ける。


「ミルモっ、あの──」

「ごめん、アタシ行けない。今行かないとご飯食べられないから」


 振り返っても身体は()くようにあちらを向いたままだ。


「そう……それじゃ、また来るね。これ、良かったらアイガーが舐めちゃったお詫びに……」

「『施し』なんていらないっ!!」


 差し出したドライフルーツが、振り払ったミルモの手で宙を舞った。


「パパはあんなに優しかったのに、あんな女にダマされて出ていっちゃったんだ……アタシを置いて! でもアタシはお金持ちに恵んでなんてもらわない! ちゃんと生きていくんだから……一人でも、何もなくてもっ!!」

「あ……」


 ミルモの瞳には憎しみの炎が灯っていた。そんな……二人で出ていっただなんて……本当はザイーダに殺されたのに──!


「ミ、ミルモ!」


 あたしの声は届かなかった。光注ぐ街の闇に、アイガーの慰める啼き声だけが響いた──。

 



挿絵(By みてみん)



■ツルツルピカピカの石畳

挿絵(By みてみん)



■青空市場のドライフルーツ

挿絵(By みてみん)




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