[52]準備 〈Y♪〉+*
着陸前にまとめておいた荷物を担ぎ、あたしは船の扉を押し開いた。其処から同じようにリュックを背負い、大きな鞄を下げたタラと、小さな荷を背中に結わえたアイガー、そして眠りに落ちたツパイをおんぶしたラヴェルが、肩にピータンを乗せて現れる。閉じないようにドアを抑えたあたしの後頭部へ、初夏とは思えない熱い太陽が注いでいた。
この丘はこれから向かう街と海を見晴らす景勝地として、沢山の旅人が訪れるらしい。そのため街の北面を行き来するゴンドラが常時動いていて、その管理事務所が飛行船の出入りや停泊管理をしているのだという。
ラヴェルは胸の前にもリュックを抱えながら、あたし達をゴンドラの昇降所へ導いた。タラがチケットを購入し、全員で四角い箱のような大きなゴンドラに乗り込んだ。
眩しい陽差しが溶け込んだ、キラキラの波を立てる美しい海。飛行船からも見えたオレンジ色の街は、尚一層近くなった所為か、その色にも少しずつ濃淡や形の違いが見え、それぞれ個性があることに気付かされた。そんな視界から斜めに昇ってくるゴンドラがすれ違ったが、その中は観光客で溢れかえっている。降りるこちらもギュウギュウ詰めで、あたしの頬は軽くガラス面に押し付けられていた。
「大丈夫? ユーシィ」
ツパイを背負っている為に両手が塞がっているラヴェルは、隣でどうにかバランスを保ちながら、あたしの横顔に問い掛けた。苦笑いで相槌を打つあたしの真後ろでは、長身外国人からの熱烈アタックを受け流すタラ。やっぱりこの美貌とスタイルなら、引く手数多は当たり前か。
「ふわぁ~凄かった!」
辿り着いた麓でゴンドラから押し出されてすぐ、あたしは膝に両手を突いて大きな息を吐いた。あれ以上乗っていたら窒息死か圧死でもしてしまいそうだ。ピータンやアイガーはペチャンコにならなかっただろうかと、思わず二匹の様子に目を向けた。
「全員無事だったみたいだね。じゃあ行くよ」
一番の大荷物を抱えている筈のラヴェルは、それでも涼しい顔をして海と街を左手に歩き出した。すぐ先に街への入口である堅強な北門が見えたが、其処には入らず真っ直ぐ道を進む。五分程して現れた別の事務所にタラと赴き、外で待つあたし達の前に戻ってきた時には、其処の従業員らしき男性を伴っていた。
あたしの国から随分離れたとはいえ、語源は同じなのでそれなりに言葉は聞き取れる。けれど文字は全く違っていて、何の事務所なのかまでは分からなかった。
「コテージの管理事務所ヨ。此処では宿じゃなくて、短期滞在型の一軒家に泊まるの」
疑問を抱えたまま落ち着かないあたしの視線に気付いて、隣を歩くタラが教えてくれた。これからその物件を数軒巡って選ぶのだという。
緩やかな坂を登り、眼下に街が一望出来るほど上がった斜面のコテージは、平地で通りに面した一軒目の物件を、渋ったラヴェルとタラには好条件だったらしい。二人は即座に顔を見合わせニッコリ頷き、そのコテージを即決した。
「タラ、どうして街の中に泊まらないんです?」
あたしは荷物を降ろし、リビングを隅々まで見渡した。白に統一された清潔で解放感溢れた大部屋。南側は一面ガラス張りで、生け垣に囲まれた広い庭園と、遠くに一本水平線が見える。
「街は建物がぎっしりしていて、これだけの庭を確保出来ないのヨ。ほら、剣術の鍛練しないとでショ? 隣家は結構離れてるし、裏手の上にも家はないし、周りからは早々怪しまれないかと」
「あぁ……はい」
納得しながら改めて緊張した。到着してずっとはしゃぐ旅行客ばかりを目にしていた所為か、あたしはすっかり目的を忘れていたのだ。そうだ……この地には人助けと仇討ち(?)に来ているのだった。
「部屋割りだけど、どうする? ユーシィは東南、ツパが東北、タラが西南で、自分が西北……でいいかな?」
「ワタシはそれでOKヨ。ツパイも寝てるばっかりだから、涼しい北側でイイんじゃないかしら? ユスリハちゃんもそれで構わないわヨネ?」
ラヴェルの提案にタラは即答し、お次にあたしへ同意を求めた。「ココはあの子を立ててあげて」と内緒で囁かれ、レディ・ファーストを通したいラヴェルの意を汲んで、それでも申し訳なさそうに受け入れた。
「え、ええ……」
「じゃ、荷物を部屋へ。片付けが終わったら街へ降りよう。たまには気分転換に外食でもしないとね」
その言葉を機にソファからツパイを抱え上げたラヴェルは、ピッタリくっついて離れないピータンと、ツパイにべったりのアイガーと共にリビングを出ていった。タラは「新鮮なシーフードには白ワインヨネっ」と独り盛り上がりその後へ続く。そしてあたしも一足遅れで、与えてもらった風通しの良い自室の扉を開けた。
露骨な華美ではなく、シンプルで使い勝手の良い装飾と造り。東と南に大きな窓があり、朝陽も気持ち良く感じられそうだ。南に見えるベッドの向こうには、手入れの行き届いた芝生の絨毯と、暑さを和らげてくれそうな大樹があった。
これから……どうなるのだろう──。
作り付けの戸棚の上に荷物を置き、その下の引き出しに衣服をしまいながら溜息をつく。本当に……闘うのだろうか? ウェスティとラヴェルが。従兄弟同士の彼らが。
それを見守るタラの想いは? そしてあたしの気持ちは?
いや……その前に、何か一つでも役に立てる自分になりたい。
「ラヴェル……」
どうしてだろう? あたしはあいつの前で、ずっと彼の名を呼ぶことが出来なかった。
いつか笑って呼べるだろうか?
好きになってしまった──かも知れない、優しいラヴェルの漆黒の瞳に──。
■街と海
■城壁北面
■北門上部(実際は西門)
■斜面のコテージ(彼らが選んだのは平屋です)
※以降は2015~16年に連載していた際の後書きです。
味醂味林檎様よりとても切ない表情のユスリハを頂きました! 一つの作品に三枚もの、そして全てにユスリハを描いてくださるなんて~我がヒロインをこよなく愛していただきまして、本当に感謝でございます!!
こちらは五章の戸惑い続ける彼女をイメージして描いてくださったイラストですが、まだ私がドレス姿の挿絵を入れる前に、既に線画を描き上げてくださっておりました* 私の本文のドレス描写が乏しい為に、裾広がりのプリンセス・ドレスに仕上げてくださいましたが、そちらでは後ほど寝台カプセルに入れませんので、今更ながら三十五話のドレス描写に「細身のAライン・ドレス」と追記させていただきました(汗)。全く脳内映像化に不親切な作者で申し訳ございません~(涙)!
ただ逆を申し上げれば、お陰様でこんな可憐なドレス姿のユスリハを拝めることになったという訳で♪ 反省しつつも得した気分の作者でございます(笑)。
今話の文末では、いきなり乙女に目覚めてしまった少女の戸惑いが現れ、まさにこちらのイラストと重なりましたので、此処に置かせていただいた次第でございます☆
今後も彼女の心情の変化、前話から挿入し始めました、昨夏旅したクロアチアの写真などをお楽しみいただけたら幸いでございます。
味醂味林檎様! この度も誠に誠に有難うございました!!
朧 月夜 拝




