[50]脚色 (Y&R)
「ぷっは! ……ち、違いますって! あいつはあたしを連れてきたくて操っただけなんです!!」
あたしはようやく呼吸を回復し、真っ赤になった顔で釈明した。紅い理由はキスされたことを知られたからなのか、あんなに柔らかいバストに触れたからなのか、はたまた呼吸困難に陥ったからなのかは良く分からない。
「それは違うと思うわヨ?」
「え?」
けれどタラはあっさりとあたしの推理を否定した。
「だってあの子、アナタのこと、三年近くも前から知ってるのヨ? よっぽど会える日が待ち遠しかったんじゃない?」
「いえ、でも……彼が知っているのは八歳のあたしで……」
そうよ……そんな子供のあたしに恋なんて──。
「まぁネ。でもウェスティもラウルも、八歳のアナタに恋したのは間違いないわ。キッカケがたとえジュエル継承の血に依るものだとしても、決定権は宿主にあるのヨ。そうして恋してきたアナタと出逢えた……あの子もたまにはワガママ言いたくなったのかもネ? どちらにせよ大人になったアナタに今でも恋してるんだから一安心ヨー! 二人共ロリコンだったらどうしようかと思っちゃったわ!」
「えぇっ……」
あっけらかんと笑い転げるタラを目前にして、あたしはどうとも出来ない表情をしてしまった。少なくともウェスティはタラの昔の恋人なのだ。今は敵対する相手だとしても……気持ちの良い話ではないに違いない。
「ウェスティとラウル、どちらも年齢より若く見えると思わない?」
俯いていく面を再び持ち上げた。笑いを止めた翠色の瞳があたしを温かく見詰めていた。
「ツパイが継承者を待つため時間を止められたように、継承者にも花嫁を待つために時間を緩やかにする力があるの。そうしてアナタに寄り添おうとしたんじゃないかしら。ラウルは三つしか違わないのだからそこまでする必要はなかったかも知れないけれど……ウェスティに対抗したかったのかもネ?」
「対抗……──あっ」
あいつがあたしをウェスティと同じように『ユーシィ』と呼んだのも……そういう理由?
「あの……タラ。あたしもう一つ質問があるのですけど……」
あたしは最後のピースに手を掛けた。これで……きっと今必要なピースは、全てあたしの手に入る。
「なぁに? どうぞ話して」
ポットからカップに注がれたハーブティーは、ラヴェルの髪色──ラヴェンダー・ティーだった。
「あたしが飛行船修理のお礼にもらった金貨と、メンテナンスの為に同行してほしいと契約した報酬は……何処から捻出されたのですか?」
ウェスティはラヴェルがジュエルを売って手にしたと言った。でも真実は?
「それはね……」
タラはおもむろにカップを艶やかな唇に寄せ、それから潤った口元は、ほんのり上向きに弧を描いた。
「十年前、ウェスティが王位とジュエルを継承し、その後あんな騒動を起こしたでショ。それまでラウルとワタシをウェスティに縛り付けてきた先代王からの詫び料ヨ。実際には亡くなった時に発見された遺書に依り、遺産の分配から支払われたのだけど。ワタシはあれで思いきり豪遊したけど、あの子はちゃんと取っておいたのネ」
ああ……これで『今』を形作るパズルは完璧に完成した。そしてそれは──ウェスティを『悪』とするものだった──。
★ ★ ★
タラの手にしたカップがテーブルに戻されると同時に、彼女とあたしのお腹から警告サインが発せられた。
「とりあえず話はこれくらいにして何か食べまショ~! もう限界!!」
タラはお腹を抱えて、キッチンに残しておいたパンケーキの生地を焼き始めた。あたしもサラダを盛り付けに彼女に続いて流しに立つ。
「ラウルが焼いた方が上手なんだけどネ~、まぁ王家直伝の美味しいタネだから、誰が焼いてもそれなりに美味しいけど」
「彼は王家から料理を学んだんですか?」
ずっと王宮に通っていたのだ。そんな時間もあったかも知れない。
「ん? あー……ううん、王家からって言えばそうかも知れないけれど、実際には彼の母親からヨ」
え……?
「いえ、だって……昨夜彼は──!」
お母さんは家事全般が苦手だったって言ったのに?
「ゴメン……その『ウソ』はワタシが謝るわ。あの子の母親は何処にでも嫁げる自由を持っていたから、ちゃんとその辺の手習いはしていたのヨ。むしろ料理はお得意だった。でも先代王──彼女のお兄さんネ、王が亡くなった頃に彼女も様々な苦悩に苛まれたのネ。心身を崩されて……それから七年間、王宮住まいになる十八歳までは、ラウルが代わって家事を請け負ったの。お母さんのアドバイスとレシピ帳から独学で」
「そんな……」
あたしの手に持つトングから、するりとセロリがボウルに落ちた。
周りから敬遠され、信頼していた従兄に裏切られ、母親は病気に、そして……家族を殺された……そんな人生、あたしには受け入れられない──!
震える身体をタラが抱き留めてくれる。
「大丈夫ヨ。その分ワタシと、王宮勤めになったツパイが、沢山愛情を注いできたつもり。そして今はラウルを大好きなピータンとアイガーと……アナタが居る。きっと大丈夫だから心配しないで」
「はい……はいっ……」
あたしはもう一度タラの胸に顔を埋めた。
泣くな、泣くな! 哀しいのはあたしなんかじゃないんだからっ──!!




