[49]決心
ドヨーン……。
そんな擬音が似合いそうな顔をして、あたしはテーブルに左頬を押し付けていた。
見える景色は遠くに船首の空──の手前ずっと近くに食べかけの朝食。進まないフォークに何の疑問をぶつけることもなく、ラヴェルはいつもの淡い微笑で「ちょっと用があるから、後で片付けてもらえる?」そう言って階下へ降りていってしまった。
別に普通にしていればいいのに……あたしのバカ。
起き抜けあいつは普段の調子で「おはよう、ユーシィ」って言ったんだ。あたしもそれにちゃんと「おはよう」って返せた。ツパイはいつも通り今日から三日は起きないし、タラは何故だか寝過ごしたので、あたし達はピータンとアイガーに食事を差し出し、二人きりの朝食を始めた。そうよ……今までと特に変わらない朝。なのにあたしの後頭部には、徐々に昨夜の一件が重く圧し掛かってきて……。
あ~あ、助けてもらったお礼を言う筈だったのに、何で責めたり叩いたりしたのよ!?
今までのあいつに戻ってほしかっただけなのに。もちろん、キスのおねだりはされなくていいのだけど。
「アラ~ユスリハちゃん、どうしたの? 朝から夫婦喧嘩でもした?」
背後からそんなとぼけた質問が投げ掛けられて、あたしはだるそうに首を反転させた。が、ふと言葉の意味を理解し、慌てて上半身を直立させた。
「お、おはようございますっ。って、誰が夫婦ですか! それに喧嘩なんてしてません!!」
眠気眼を擦りながら隣の席に着いたのは、今朝も透け透けネグリジェ下のセクシーなスタイルが眩しいタラだった。
「んじゃ、どうしちゃった? 昨夜あの子を叩いたことでも反省してた?」
「えっ!!」
ど、ど、ど、どうして知ってるの!?
驚き固まったあたしに、タラは頬杖を突いてニヤリと嗤った。
「ふっふん~タラねえに秘密なんて通用しないのヨ? でも反省なんてしなくてOK! むしろ良くやってくれたわっ、ユスリハちゃん」
「え……?」
タラは一度席を立ち、ラヴェルの荷物の入ったチェストを開いてみせた。
「ほら、今日は練習用のレイピア・フルーレじゃなくて、サーベル系のロングソード持っていってる。やっとあの子も本気になったのヨ。その重い腰を上げてくれたのは、きっと昨夜のアナタネ」
レイピア? サーベル?? ロング……ソード!?
「な、なんか物騒な単語が聞こえたんですが、それって!?」
「もちろん、ウェスティとの闘いに備えてに決まってるじゃない」
まるで当たり前と言うように、タラはあたしにウィンクを投げた。
今一度呆けたままのあたしの許へ戻り、見つけたミニトマトを口へ放り込んで頬杖を突く。
「ジュエルを持たないラウルが魔法で勝てる訳ないでショ? もうワタシ達には武力行使しか残ってないのヨ。まぁ心配しないで~あの子まだまだだけど、強くなる素質は持ってるから」
「はぁ……」
言われてみれば確かにそうなのかも知れない。それでもあたしは何処かで『魔法vs魔法』みたいなお伽話の対決をぼんやりと思っていた。そして其処でやっと気付いた。昨日も今日もあいつの姿が見えなかったのは──!
「あのっ……彼、もしかして昨日から……」
「ん? あ、そうそう。格納庫で剣術の練習中。グライダー傷つけたらタダじゃおかないんだからっ」
タラはふざけて拳を握ってみせたけれど、あたしは更に意気消沈してしまった。またあいつは独りで抱え込もうとしてるのだろうか? あたしは何も役に立てないのだろうか?
「アナタは気にしなくてイイのヨー、これはこっちの問題なんだから。それより、ネ? 朝食の続きしまショ? ワタシお腹空いちゃった~」
「タラはどうして寝坊したんです? 一緒に食事したかったのに」
ごめんなさい。一緒が良かったのは、二人きりが気まずかっただけだ。
「ん~昨日の二人の会話、盗み聞きしてたら何となく眠れなかっただけ」
キッチンからケトルを持って戻ってきたタラは、そう言ってポットに湯を注いだ。それって、あのやり取りがタラまで悩ませてしまったのだろうか?
「ワタシにもあんな初々しい時期があったのかしら~なんて思ったら楽しくなっちゃって!」
「……へ?」
ちょっと方向が違うのではないですか? タラお姉様??
「うっふ……実はツパイから聞いちゃったのヨネェ~」
「なっ、何を……?」
何だか嫌な予感がする。
タラは益々いやらしい視線を寄せて、あたしの耳元へ囁いた。
「ラウル、アナタと出逢ってすぐ、唇奪ったんでショ? 意外だわ~でもさすがワタシの可愛い弟ちゃん!」
「タ、タラ、それは……!」
あたしは弁解の言葉を返す前に、独り興奮して盛り上がるタラの、豊満な谷間に息の根を止められていた──!!




