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ラヴェンダー・ジュエルの瞳  作者: 朧 月夜
◆第六章◆頼ってばかりはいられない!?
48/86

[48]空虚

 な・ぜ……ど・う・し・て。


 そんな簡単な二文字や四文字が、口から出てこなかった。

 でも今思えば、きっと訊かなくて良かったんだ。だってラヴェルにとって故郷(ふるさと)は、決して楽しい場所ではなかったから。


 それでも一つの推測に思い当たった。──『ジュエルの花嫁』に選ばれたあたし……きっとヴェルに行ったら、その噂は広まってしまうんだろう。みんなから好奇と興味の眼に晒されることを、ラヴェルは危惧してくれたに違いない。──あたしはそう思うことにした。


「あ、あんたは……全てが終わったら、ヴェルに帰るんでしょ?」


 そうして代わりに出てきた言葉は、そんな未来への問い掛けだった。


「……どうだろ。帰らない、かもね」


 少し投げやりな答えが返され、ラヴェルはおかわりを一口飲んだ。


「そしたら誰が継承するのよ? ジュエルには宿主が必要なんでしょ?」


 右肩を窓に押し付け遠くを望んだ横顔は、微かに微笑んで見える。なのに彼の中身は、何故だか空っぽに思えた。


「スティが『外へ出た民』を優先したお陰で、未だヴェルには継承者を(はぐく)める王家の人間も、君達の民の後継者も少なからず残ってる。自分じゃなくても宿主はこれから現れるよ。スティがヴェルに戻って殺戮を開始する前に、自分がどうにかそれを止められればだけど」

「……」


 こいつはどれだけの命を背負おうとしているのだろう。


 その時、ふと気が付いた。

 ラヴェルが『ラヴェル』と名乗ることと、自分を『自分』と呼ぶことの理由を。

 僕とか俺とか私とか、自我を出すことすら捨て去って、こいつはヴェルという王国自体を背負おうとしているのかも知れない。


「全てが終わったら……このまま飛行船で行ける所まで行くのもいいかもね」


 自分で紡いだ言葉を嘲笑うかのように、フッと息を吐き出して体勢を立てる。それを機に気持ちを切り替えて、時々見せるにこやかな笑顔で楽しそうに声を上げた。


「お嬢様、明日の朝食は何をお召し上がりになりますか?」


 バカね……何を作っても、あんたの料理は美味しいのに。


「どうしてそんなに料理が上手いのよ」


 あたしは少し拗ね気味に尋ねた。スープは引けを取らないけれど、他の料理はきっと負けてる。


「母は王家の出だったからね。そんな手習いをしてこなかった所為で、家事全般が苦手だった。だから……小さい頃から自分がね」

「お互い苦労したわね。あたしも祖父がてんで家事の出来ない人だったから、八歳からは頑張ったわ」


 そうぼやいたあたしを懐かしそうな優しい笑顔で見下ろして、ラヴェルは二杯目をほぼ空けた。そう言えば……こいつは八歳のあたしを知っているんだっけ。やだなぁ~今の言葉で何かを思い出したんだろうか?


 それからラヴェルはあたしの空のグラスを受け取り、飲みかけのボトルを逆の手で持ち上げ、この時間を終わりにしようとした。まだ……あのキスの理由も、金貨の出所も訊けていないというのに。


「さて、もう遅いからそろそろ休もう。グラスは自分が片付けるから、歯磨きしてきていいよ、ユー……。──……『ユスリハ』」


 ──!!


 その時あたしの中の糸が一本断ち切られて、先刻までグラスを握っていた右手は、ラヴェルの左頬を(はた)いていた。


「どうしてよ……!」

「……?」


 向かって左に流されたあいつの横顔が、ゆっくり疑問を抱えて戻ってくる。頬を張られても声も上げず、グラスを落とすこともなく。


「どうして、あたしの過去の悲しみまで背負おうとすんのよ! 今……ウェスティに呼ばれた愛称を……自分が呼んだら傷つくって思ったんでしょ!? そんなくらいで、あたし壊れたりしないから……笑顔を忘れたりなんてしないから……だから!」


 ロガールさんとアイガーの前で、ツパイとピータンの前で、そして昨夜ラヴェルの前で沢山泣いた。だからもうあたしは泣いたりなんかしない!


「そうだね……ごめん。自分だけが思い込んでた。ユーシィは、強いんだね」


 違う、違う……あんたがあたしを強くしてくれたんだ。だってあんたは……。


「十年前の両親のこと、あたし、あんたの所為だなんて思ってないからっ。他の皆だってそうだよ……今回のことだって……だからあんまり背負(しょ)い込まないで……」


 泣かないって思っている矢先から、涙が溢れそうだった。それを(こら)えて顔を上げる。

 ラヴェルは一度左手の中のボトルをチェストに預け、今一度あたしを笑顔で見下ろした。


「ありがとう。それから、ゆっくり休んで。おやすみ、ユーシィ」


 ふんわりあたしの頭頂部を撫でる。再びボトルを手にしてキッチンへ(きびす)を返した。


 そして──。


 あいつは今までのような、おどけてキスをねだる弾けた一面を、この先ずっと見せることはなかった──。




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