[47]協調
「あの髪色、似合ってたのにね」
意外なことに、先に口を開いたのはラヴェルだった。
あたしはタラのようにキッチンでアルコールを物色し、シャンパンとそれに見合うグラスを二つ手にして、ラヴェルの隣に腰掛けた。
「街へ出られたら髪染めを買うわ。この色も嫌いじゃないけど、今はあの色に戻したい。それより、ね、これ開けて?」
あたしはシャンパンボトルをラヴェルに手渡した。ポンッと軽快な音を立てた瓶の口から、シュワシュワと涼やかな音が流れ、透明な液体が注がれた。
「次に行くのはちょうど街だよ。城砦に囲まれた海沿いの綺麗な街。ところで……何に乾杯する?」
「全てを知ったお祝いに」
その言葉に一瞬ラヴェルの義眼が揺らいだ。相変わらず自分自身の右眼は強張ったままだ。
「そうだね……乾杯」
細身のシャンパングラスが静かに重ねられる。あたしは一気に半分を空けた。
「その街で何をするつもりなの? 前に言っていた「『あれ』は今後やってもあと一回だから」って奴? それで本当に終わりになるの?」
いきなりまくし立てたあたしに、少し驚いたような眼差しが返された。ごめん……助けてもらったのに、まだお礼も言えてないのに──まるで責め立てるような言い草だ。
「……その件はそれで終わる。でも多分、それでは終わらない」
ラヴェルは一口だけつけたグラスを覗き込むように俯いた。
「ウェスティのこと?」
うん、と一つ頷かれた後、更に言葉は続く。
「彼はこちらが何をやっているか知っている。だからすぐには現れない。自分が最後の一人を癒し、体内に疲れを溜め込むのをきっと待つ。だから……しばらくは襲ってこないよ」
「ご、めん……」
「え?」
何とか絞り出した謝罪の言葉に、ラヴェルはもう一度驚いた。
「あたしがあっちへ行かなければ、ラヴェンダー・ジュエルを取り戻せる良いチャンスだったかも知れないのに。結局振り出しに戻っただけじゃない」
ジュエルも救い出されたかったのに……あたしだけが救われてしまった。
「そうでもないさ」
「え?」
ラヴェルに続いて俯いたあたしは、ラヴェルに続いて驚きの言葉を返していた。
「何も得られなかったかも知れないけれど、何も失うことはなかった。これは大いなる結果だよ。まだ何とかなる余地があるってことさ」
「そ、そういうものなの?」
「あちらにジュエルがありながら、これだけ出来たのはなかなかの状況と言える」
あたしを不安にさせまいと何となく丸め込まれた感も否めないが、ラヴェルの自信に満ちた言葉と微笑みに、とりあえず自分を納得させた。
「ねぇ……あたし達の家系って、どんな風にあんた達の役に立つの?」
グラスを手にしたまま窓辺に立ち上がったラヴェルの背中に、あたしはチェストから問い掛けた。
「ツパイが所属する【癒しの民】の乙女は、ヴェルに広がるラヴェンダー畑から『薬効』を抽出する。それとジュエル継承者の血液を混ぜることで、悲しみや苦悩を癒す力になる。テイルやアイガーに処方したのがそれだった」
そう一息に言ったラヴェルはこちらに振り向き、ガラス窓に寄り掛かった。
「タラの所属する【彩りの民】の乙女は、同じくラヴェンダーから『色素』を抽出出来る。それとジュエルを研磨した粉を合わせることで、継承者に蓄積された澱を浄化する。自分の作業室には義眼調整の際に出た粉末が飛び散っていたから、タラにはそれを集めに戻ってもらったんだ。その色粉を髪に浴びることで、自分の堆積物をリセットした」
ああ、だから……やっぱり実際には髪を染めたっていう訳ではなかったんだ。髪色が戻った時、ラヴェルの疲労もリセットされた。確かにそんな精気に満ちた雰囲気ではあった。
「それじゃ……【薫りの民】は?」
そこで一旦口をつぐみ、ラヴェルはシャンパンを飲み干した。あたしはおかわりを注ぎに立ち上がって、続きを催促する言葉を投げ掛けた。
「……君の所属する【薫りの民】の乙女は、ラヴェンダーから『香料』を抽出する。それと継承者の涙を合わせ、アロマオイルやキャンドルを作れば、その香りは人々に優しい気持ちを与える」
「優しい……気持ち」
それでも悪に満たされたウェスティの涙と合わせたら、その香りは人々を悲しみで包み込んだのだろうか?
「あたしの母さんも、香水を作ってたんだ……あの、あたしもいつか、ヴェルに行けるのかな?」
母さんの、おじいちゃんの故郷。行ってみたい気持ちがした。なのにラヴェルは──。
「君は行かない方がいい」
──え?
そう言ったラヴェルの瞳は、哀しいほど暗い色をしていた──。




