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ラヴェンダー・ジュエルの瞳  作者: 朧 月夜
◆第五章◆選ぶべきは・・・どっち!?
43/86

[43]接吻

 「最後に一つだけ」とツパイはゆっくり念を押した。ピータンは再び眠そうに瞼が閉じようとしている。


『ウェスティに……唇だけは許さないでください』

「えぇ!?」


 いきなりの意外な発言に、大きな驚きの声がピータンを上下に浮かび上がらせた。


「そ、そんなこと……も、もちろんしないってば!」


 あたしはつい頬を赤らめて、激しく左右に首を振った。幾らこの十年憧れてきた相手だからと言って、そう簡単にキスなんてしない。……あーでも……前科があったな……ラヴェルからの急襲。いきなり襲われたら、避けられる自信は正直ない。


『余りお話したくないことですが、実はジュエルの力を得た者のキスには、他人を操る力があります。ほんの僅かな時間ではありますし、一人に対してたった一度だけですが……でももし貴女が口づけをされた後、ウェスティの魔法によって求婚を承諾してしまえば、それが心からの望みでなくても契約完了となってしまうのです。ですからどうか口づけだけは何とか回避してください』

「操る……」


 そして「余りお話したくないこと」というツパイの言い出しに、あたしはほんの少し衝撃を受けた。ラヴェルも……もしかしてそのつもりでキスしたのだろうか? あの時あいつの契約に即答して、直ちに旅が始まったのは、あたしも操られたからなんだろうか?


「うん……気を付けるわ。ありがとう、ツパイ、本当に。そして……明日の朝、目覚めたツパイに会えるのを……楽しみにしている自分も、ちゃんといるから」


 あたしは心の中に出来た小さな(もや)を奥底にしまって、ニッコリと笑ってみせた。それは今は考えることじゃない。それは……それも、きっといつか分かるから。


『僕も元気なユスリハに会えるのを楽しみにしています。では……ピータン、ラヴェルの為にも頑張るのですよ』


 初めて掛けられたツパイの励ましに、ピータンは嬉しそうに飛膜を揺らした。


『どうか笑顔を忘れないでください。ご両親の為にも、貴女自身の為にも──』

「うん、ありがと」


 ちゃんと見極めてみせる。どちらが真実なのか。

 そして最後にツパイは言った。


『おやすみなさい』


 そうね。あたしも少しだけ眠ろう。ツパイに同じ挨拶を返して、あたしはピータンを懐に抱え、ベッドにしばし横になった──。




 ★ ★ ★




 浅い眠りの中であたしの心は、得ることの出来た沢山のピースを並べ始めた。

 でも全ては嘘であってほしいと願っていた。両親の死、ウェスティの全て、タラさんとツパイの過去、そしてラヴェルの辛い生い立ちも……全てが嘘ならば、あたしは此処に居る筈もないのに。


 ウェスティの口から聞けば、きっと全ては否定される。けれど今度はラヴェルが『悪』となるのだろう。敵対している二人。でも元を辿れば従兄弟(いとこ)同士なのだ……そんなのって……哀し過ぎる。


 どちらが本当なのだろう? そう言えば……金貨の出所を訊くの忘れちゃったな……。ツパイの長い物語は、作り話とは思えなかった。それとも所々が嘘なのだろうか? 出来れば……自分が嘘だと思いたい部分だけ、嘘であって欲しかった。


 やがてまどろみが深い水底に落ちてゆき、横たわった身体は静かな揺らぎを受け流した。夢から覚めた時、あたしはウェスティと対峙出来るだろうか? いや……まだ無理な気がする……それでなくとも以前ラヴェルに言われたっけ──「ユーシィはすぐ顔に出ちゃうから」──そんなあたしが隠し通せるのだろうか?


 けれど『脅威』は既に近付いていた。二度のノックに思わず飛び起きてしまう。取り急ぎの返事をして、布団の中にピータンを隠した。テーブルの上の食い散らかされたフルーツを慌てて片付け、それでも見えないように扉を少しだけ開いた。


「起こしてしまったかな? 気分はどうだい? 夕食の誘いに来たのだが」


 目の前の長身から優しい声が降り注ぐ。それは心配そうに遠慮がちで、やっぱり彼が『殺戮者』だなんて信じることは出来なかった。


「は、はい……少し楽に。でも……フルーツを戴いた所為か空腹は余り……」


 つい俯きがちに答えていた。顔を見られたら嘘がバレてしまいそうだ。身体の前に垂らした両手をキュッと握り締め、思わずラヴェンダー・ジュエルに祈っていた──どうかあたしの声を震わせないで! と──。


「そう……もう少し眠るかい? 先刻(さっき)寝着を渡し忘れてしまったから、これを着て休むと良い。そのドレスでは落ち着かないだろう」


 そうして後ろ手に抱えていた布包みを渡された。こんなに良くしてくれるのに……本当にウェスティが、あのザイーダという化け物を使って、あたしの両親を殺したの?


「ありがとう……ございます。明日にはきっと、元気になりますから」

「楽しみにしているよ」


 下を向いていてもウェスティが微笑んだことは感じ取れた。寝癖で乱れた髪を整えてくれるように、ゆっくり頭を撫で(きびす)を返すウェスティ。その後ろ姿に淋しさを感じて、そして或ることを思い出してふと呼び止めていた。


「あ、あのっ……」

「? 何だい?」


 そうだ……明朝じゃ間に合わないんだった!


「えー、えっと……もし夜中に目が覚めたら、あのテラスへ出ても良いですか?」


 途端口を突いて出た言葉はそんな問い掛けだった。


「ああ……大丈夫だよ。ではあのテーブルの傍にソファとランプを(しつら)えておこう。今の時期は夜風も気持ち良いに違いないね」

「ありがとうございます、ウェスティ」


 にこやかな笑顔と小さく手を振り返し、再び歩き出した背中を見送った。にこやかな──ぎこちなくなかっただろうか? そして──テラスに出たあたしを、彼は追い掛けてくるだろうか──?




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