[38]隠蔽
『ラヴェンダー・ジュエルとは常に国を平らかに保つ為、大いなる愛情を必要とします。が、王妃は王家の持つ豊かな資産に目が眩み、王に近付いただけの愛のない女性でした』
ツパイは抑揚のない声で淡々と続けた。早く全てを話さなければ──そのように。
『お互いへの愛が通った果てに生まれなければ、ジュエルの継承者とはなれません。ですから愛のない王妃からは真逆の彼が生まれたのです。ラヴェンダー色の左眼を持ち、漆黒の髪をした……ウェスティが』
「え……? ラヴェンダー・ジュエルはその色なのだから、同じ色の眼ならいいんじゃないの?」
あたしはピータンに向かって首を傾げた。満腹そうなお腹に手をやるピータンも、同じように首を傾げる。
『実状を知らない貴女ならそう思うでしょう。が、ジュエルの継承者は黒い、それも右眼に本来の眼を宿して生まれるのです。そして……髪こそがラヴェンダー色で現れます』
「それって──!」
──ラヴェル!?
『はい……実は王には妹君がおりました。王家を継ぐのは男系と決まっておりますので、妹君は何処へでも嫁ぐことの出来る自由な身分でありました。宮廷に出入りしていた王家直属の義眼師──つまりラヴェルの父親と恋に落ち、ウェスティの七年後に生まれたのが、ラヴェルです』
少しだけ話が繋がった気がした。タラさんがラヴェルに呼び掛けた『ラウル=ヴェル=デリテリート』。デリテリートは義眼師の家の名前なんだ。そして王家アイフェンマイアを継ぐ──彼のお母さんが王家の出身で、継承者としての姿で生まれたから──。
『今までの長い歴史の中でも、稀に女系にも現れることはあったようです。が、今回ウェスティの後にラヴェルが生まれたのは、おそらくジュエル自身が危惧したからだと思われます』
「ジュエルが……危惧した?」
宝石が意思を持つ?
『本来そのような真逆の子が生まれた場合、王は王妃とその子を遠ざけ、再び伴侶を探し子を得ます。ですが王は……自分を愛せなかった王妃にさえも愛執を残し、二人を匿いました。城の奥へ二人を隠し、他に妃を娶らなかったのです。そんな七年が過ぎた後に、王家に仕える義眼師の家で継承者が生まれてしまった……国は混乱に陥りました』
確かに……王が王として君臨しているのに、妹とは云え違う所で継承者が生まれたら、おかしなことにはなるだろう。
『話を少し戻しますが、今回訪ねたロガール様は王の遠縁に当たるお方です。以前は王の相談役としてその手腕を奮っておられました。が、ウェスティの生まれた際に王妃と王子を退けるよう助言したことで王から恨みを買い、ご子息と共に国から追放され……現在の生活をされています』
ああ、だから……。ツパイが低姿勢だったのは、ロガールさんも王族の一人だったからなんだ。
『王は妻子を隠しましたが再婚を果たさなかった為に、ラヴェルが生まれるまでの七年間、国では様々な噂と憶測が流れました。先の不安に苛まれた民が、国を捨て方々に散ってゆき、その中には……貴女の母上、ミュールレインの家系である幾つかの家族も含まれておりました』
「……え!?」
いきなり渡された自分と彼らとの繋がりに、あたしは思わず大声を上げていた。母さんが……王国ヴェルの出身って一体どういうこと!?
『ユスリハ、気持ちを落ち着かせて聞いてください。貴女のご祖父は腕の立つ飛行船技師と聞きました。これはヴェルの人間しか知らないことですが、ヴェルへの行き来は現状飛行船でしか出来ません。貴女のご祖父もヴェルでその技術を培われたのでしょう。そして飛行船で国外へ出た……新天地で貴女の母上は父上と出逢い、生れ出でたのが貴女なのです』
全てのストーリーは着実にパズルを完成へと導いていた。でも……一つ分からない。あたしの国では普通男性の姓が引き継がれる。だったら父さんのラストネームであるべきではないの? どうしてミュールレインは母さんの名前なの?? 確かにおじいちゃんは母さんの父親ではあるけれど。
『此処からは貴女も関わる話になります。王家アイフェンマイアと義眼師デリテリートは、基本その職を男系が継いで参ります。が、貴女の家系【薫りの民】ミュールレインと、タラの家系【彩りの民】であるハイデンベルグ、そして……僕の家系【癒しの民】のユングフラウは女系世襲です。ですから、貴女の母上も嫁いだのではなく、父上がミュールレインの籍へ入ったものと思われます』
「な、なるほど……」
そうなれば母さんのラストネームが残るのも納得がいく。けれどタラさんとツパイ、そしてうちの家系が持つ【民】の名前って何なのよ?
『この三家系に共通する物は、「力を与える要素を持つ」ということです。その『力』とは、植物のラヴェンダーにも共通する三要素なのですが……ヴェルがラヴェンダー畑に囲まれた国だというのはご存知ですね? 三要素とは【香り】【色】【薬効】のことです。僕達の家系の女子は、それぞれその力を身に宿しているのです』
「う、うん……」
何となく分からないでもない。だからラヴェンダー・ジュエルを継承する王家出身のロガールさんも、その血統を持つラヴェルも、その血であたしの持つ『香り』を感じたんだ……きっとそういうことだ。
『ラヴェンダー・ジュエルは国を統べる力の発生に、その要素と……同時に溢れる愛情を必要とします。……つまり『愛情』という『恵み』を必要とするジュエルは、この三家系のいずれかから……必ず『花嫁』を選んできたのです。……分かりますか? ユスリハ』
「ふうん……え? ん? ──ええっ!?」
理解する前に適当な相槌を打ってしまったあたしは、良く噛み砕きながら驚きの声を上げていた。
──それって、あたしも……は、花嫁候補!?




