表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラヴェンダー・ジュエルの瞳  作者: 朧 月夜
◆第五章◆選ぶべきは・・・どっち!?
37/86

[37]出生

 それから小一時間、和やかな散策と食事は終わりを告げ、落ち着きを取り戻したあたしは、昨夜の不眠を理由に部屋で休ませてもらうことにした。もちろんおやつ代わりに戴きたいと、沢山のフルーツを籠一杯受け取って。


 けれど実際は心穏やかに戻った訳じゃない。単に目の前の衝撃を端へ押しやっているだけだ……ラヴェルの盗んだ目的と、ウェスティの取り戻した方法──つじつまは合っていて、何の矛盾もない。


「ピータン……何処?」


 扉を開き振り向いて、廊下に誰も居ないことを認めて声を掛ける。鍵がないのが残念だけど、きっと声は洩れていないだろう。


「ピータン? ねぇ~ピータンったら!」


 どうしよう……布団をめくっても、クローゼットの引き出しを開いても見当たらない。此処に居ないとしたら廊下へ出たのか、それとも窓の外へ?

 あたしは慌てて窓際へ走り、血眼になって探し回った。何処か隙間から出ていっちゃったのかしら……もしそうだとしたら、ちゃんと戻ってくるだろうか!?


「ピィ、タァ~ン!!」


 左端の二枚窓を押し開き、思わず嘆きの言葉を吐き出した。室内の明るさに慣れた瞳には、外の光は眩しくてふと細める。その真っ正面から何かが物凄いスピードで近付き、咄嗟に瞼を思いきり(つむ)っていた。


「きゃっ!!」


 いきなり顔面を覆った毛むくじゃらに驚き、気付けば床に尻もちを突いていた。そのままとにかくその柔らかい物体を怖々(こわごわ)引っぺがす……って、ピ、ピータン!?


「もう~何処行ってたのー!? 心配したじゃないっ! あんなに此処に居てって言ったのに~!!」

『すみません、ユスリハ。城の構造が知りたくて、偵察に行かせていたのです』

「へっ!? ピータンが喋った!?」


 両掌の上の毛玉ピータンを凝視する。明らかに彼女からそれは聞こえたけれど、この声は……!


『とりあえず無事なようで安心しました。ウェスティの許も居心地は悪くなさそうですね? ……余り良いのも考えものですが』

「ツ……ツパイ!?」


 当のピータンは他人事の如く真ん丸な瞳を輝かせ、鼻をヒクヒク果物の匂いを嗅ぎ取っていた。




 ★ ★ ★




「どうして? どうやって?? いや、その前にまだ……ツパイが起きるのは明日でしょ!?」


 テーブルに移ったピータンは、まずは籠の中からはち切れそうなブルーベリーに齧りついた。その間にもツパイの答えは流れてくる。


『アイガーに起こしてもらいました。ですが実際には意識のみです。肉体はあのカプセルの中で眠っています。アイガーとは主従の関係を結べましたので、彼の見聞きしたことは全て伝えられました。そしてアイガーとピータンも……あのラヴェルが倒れた際に、共に看病をしたことで深い友好関係が構築されたので、今はアイガーの波長を利用して、ピータンの身体へ送り、音声に変換しているという状態です』

「は……あ……」


 分かったようなそうでないような感じではありながらも、あたしは何とか返事をしてみせた。


「あ! ねっ……二人も無事なの!?」


『はい、ご心配には及びません。傷一つ負うことなく着地出来ました。……ユスリハ、この時点でウェスティと遭遇するのは、こちらにとってはイレギュラーな事態でした。貴女を連れてきたことが影響しているのですが……ともかく状況が想定外となりましたので、貴女に全てをお話しなければなりません。長くなりますので一度しか言いませんから──集中出来ますね?』


 最後の言葉で、背筋にピリリと電流が走ったようだった。その問いに「うん」と頷く。けれどその前にどうしても謝りたかった。


「ね、ツパイ……先に一つ……あの、ツパイが眠る前、本当にごめんなさい……ちゃんと向き合えなくて、ぼぉっとしたままで……」


 しばしの沈黙が挟まれ、やがて変わらぬ声が答える。


『いいえ、ユスリハ。こちらが悪いのです。貴女を連れ出したのはラヴェルであるのに、彼は何も答えなかった。そして僕も……だから貴女がああなったのは必然なこと……それでもどうか僕達を(ゆる)してください。ラヴェルは貴女から笑顔が消えることを、一日でも遅らせたかったのです』

「笑顔が消える……?」


 それは一体どういう……?


『これから話すことが、貴女にとって非常に酷な内容だということです。けれどそれを信じるか、ウェスティの言葉を信じるかは、どうか貴女自身で決めてください。僕は……ラヴェルもタラも、貴女のことが大好きです。もしもこちら側の言い分を信じられなくとも……それだけは忘れないでくださいね』

「ツパイ……」


 あたしは胸に込み上げるものを感じて、一瞬しゃくり上げるように涙が溢れそうになった。それを(こら)えてお礼を言う。本当は「あたしも大好きだよ」って返したかった。でも今は……どちらを選ぶのか決められていないのだ。感謝の言葉しか渡せなかった。


『では……まず。王国ヴェルのことはタラから多少は聞かされましたね? 西の海に存在する僕達の祖国は、他国との交流を持たず独自の世界を築いてきました。隔離されたそんな小さな島国が、ずっと問題もなく平和にやってこられたのは、王家アイフェンマイアが所有する『ラヴェンダー・ジュエル』のお陰でした』


 ベッドサイドに腰掛け、テーブルの上でフルーツを頬張り続けるピータンを見詰めながら、あたしは神妙な顔で頷いた。


『王位とジュエルの継承は男系による世襲です。王族の男子であれば、誰でもジュエルの継承者を生み出せる要素は持っていますが、基本王の許に生まれる傾向にあります。生まれた男子の中でもジュエルに選ばれし者は、特殊な姿をして生まれます。二十八年前、王と王妃が授かったウェスティも、そのような姿で生まれ出でる筈でした……が、彼は真逆の姿で現れました』

「真逆?」


 つい零した声に、口一杯チェリーを詰め込んだピータンがあたしを見上げた。


『はい……彼は愛されざる者として生まれたのです』

「え?」


 ピータンの黒々としたつぶらな瞳が、ラヴェルの黒曜石の瞳を思い出させた──。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ