[36]目的
「義……眼……?」
あたしの声はいつの間にか震えていた。両目とも彼自身の物だと思い込むほど自然な瞳であるのに、その右眼は義眼であり、そしてラヴェルが継承した……いえ、盗んだという宝石だなんて──!!
「食事が冷めてしまうよ。さぁ行こう」
「……」
驚きで強張った背中が、柔らかく押すその力に従った。あたし達は並んで回廊を歩き、螺旋階段を昇り詰めて、やがて広々としたテラスに出た。振り向けば城の高い塔が青空を貫き、正面を進めば海のような樹海が足元に、波立つような枝葉の先を城壁へ向け打ち寄せている。
「おいで、ユーシィ。乾杯しよう」
布のシェードが張られた一角に、テーブルと贅を尽くした食事が並んでいた。けれど給仕する者は特に居ない。思い出してみても城の中では未だ誰一人、従事する姿を見かけていないことに気が付いた。
「再びの出逢いに……乾杯」
精密なカッティンググラスに注がれた、淡い桃色の食前酒を交わす。果実らしい仄かな甘みと酸味が、乾いた喉を潤した。向かい合わせに席に着き、ウェスティの背後に飛び交う白い鳥に目をやった。
「さぁどうぞ、召し上がれ」
「はいっ」
慌てて両手の先のフォークとナイフを握り締める。一応テーブルマナーは心得てはいるが、こんな豪勢な料理を目にするのは初めてだ。失礼のないように極力静かに食事を進める中、ふとウェスティが手を止め言葉を紡ぎ出した。
「私は王国ヴェルの、百五十四代目を継ぐ──予定の嫡子でね。本名はウェスティ=ヴェル=アイフェンマイアと云う」
「あ……はい」
あたしも返事と共に彼を見上げた。
「ヴェルは代々我が一族の、その男子が継承を受けることになっている。その時王位と共に受け継ぐのが、この『ラヴェンダー・ジュエル』なのだよ」
『ラヴェンダー・ジュエル』──淡い紫色の、瞳のような宝石。
「私は半年程前にその儀式を行なう筈だった……が、前夜ラウルに調整を頼んだ際ジュエルを奪われ、やっと取り返したのが数ヶ月前だ」
調整──義眼として? 確かに……ラヴェルは王家直属の義眼師だと言った。
「そう……なんですか……」
ラヴェル……本当に彼から宝石を盗んだんだろうか? もしそうならその目的は?
「どうやら……私の話を信じられないようだね?」
「え?」
静止した手を見詰めるよう俯いていた顔を刹那上げる。淋しそうなウェスティの笑顔に、つい未だ決めきれない答えを投げ掛けていた。
「そ、そんなことないですっ。ただ……あの……どうして彼はそれを盗んだんですか? ウェスティは……どうやって、それを取り返したんですか?」
どちらが正しいのか、どちらを信じればいいのか、やっぱり……どうしてもその迷いが表情に出てしまうんだ。でももうこれ以上彼を傷つけたくない。
「ふむ……ラウルは厖大な金貨を持っていなかったかい?」
「あ……は、い」
まさか……?
「それが彼の目的だよ。この宝石は世界に唯一つしかない。更に美しい色と不思議な力を持つからね……そんな宝石、売れば高くつくだろう? 彼はこれを売って金貨を手に入れた。私はそれを探し出し、店から買い戻したんだ」
「そ……んな──」
あたしが手に入れたあの金貨には、そんな汚い経緯があるの!?
「落ち着いて、ユーシィ。少しショックの強い話だったみたいだね。大丈夫だよ……これからは私が君を守る」
席を立ち、テーブルの端を回ってあたしの横へしゃがみ込んだウェスティは、わなわなと震え出したあたしの上半身を抱き留めてくれた。
誰でもいい……誰か本当は嘘だと言って──。
「可愛い人。ゆっくり呼吸をして。気持ちが鎮まったらまた食事を続けよう。少しテラスを歩こうか?」
抱き締められたまま立ち上げられた身体が、更なる抱擁に包まれた。あたしは心の平穏を求めるようにその背に手を回し、伝わるぬくもりから真っ正直で真っさらな、本物の真実を見つけ出そうとしていた──。
◆第四章◆誰が嘘をついてるの!? ──完──




