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ラヴェンダー・ジュエルの瞳  作者: 朧 月夜
◆第四章◆誰が嘘をついてるの!?
34/86

[34]飛翔

 頭の方向へ物凄い勢いで飛び出したカプセルは、刹那広がった青い世界を斬り裂いた。そのスピードが徐々に失速し、重力に身を委ねようと落ちる力に変わる頃、頭上に大きな花びらが開く──パラシュート。あたしの身体は立っている時と同じく頭が上に、足は下を向いて左右に振られながら、ゆっくりと落下し始めた。


 カプセルは全面が透明なので、ブランケットを下へ押しやり遠く背後を見やる。既にかなり低位置の空にツパイらしきカプセルが見えた。左手やはり少し下方にタラさん、そして正面には……落ちてゆく飛行船が認められた。


 ラヴェル……どうなったのだろう? ちゃんと脱出出来たんだろうか……マントってあの初めて会った時に(まと)っていた黒いマントよね? あれで心配ないってどういうこと?


 あたし達の真下は深い森だった。これが砂漠や荒野ならば、降り立った後に皆を探し易いけれど、木々の下ではかなり困難だ。だけど……そう……ウェスティはあたしを見つけてあげると言った。あたしは一体どちらと合流すべきなの?


 自分が少しずつ下降していくように、飛行船も向かって右方向へその巨躯を落としていった。あの中にまだラヴェルが居るとしたら……森に不時着したら、船と彼はどうなるの!?


 成す術もなく見送る白い楕円の気嚢(きのう)が、少しずつあたしから遠ざかってゆく。が、その向こう側から小さな黒い点が現れた。重力に逆らって気嚢を飛び越えこちらに向かってくるのは……ラ、ラヴェル!? ホントだ……黒いマント! それがモモンガ(ピータン)の飛膜のように膨らんで、あいつを上昇気流に乗せ運んできた!!


「ラっ、ラヴェル! ラヴェル!!」


 あたしは気付かぬ内にあいつの名を叫んでいた。その口の動きに気付いたのか、ラヴェルも数回唇を開いたけれど、残念ながら何も聞こえない。あーもうっ、このカプセルって防音なの!?


「ラヴェルっ!!」


 やがてラヴェルはカプセルに追い付き、掌と足先をトンと着いた。いつものうっすらとした微笑は変わらない。その肩にはピータンがしがみ付いていてホッと胸を撫で下ろす。あたしを見下ろすようにカプセル上部に()まったラヴェルの右掌が、次第に黄金色の輝きを帯び、触れられたガラス面が急に溶け出した!


「ど……いう……こと……!?」


 彼の掌サイズに開かれた空間に、あいつは逆の手で掴まえたピータンを、何とか中へ挿し込んだ。両手で受け取ったあたしに、徐々に閉じようとするその穴から「ユーシィ、必ず助け出すから」──あいつの声も微かに挿し込まれた。


「ラヴェルっ──!!」


 あたしの声は届いただろうか?


 どうしてそんなに(はかな)そうな笑顔をするの?


 あいつはカプセルを足場にと力を込めて、飛行船へ向けて飛び去った──。




 ★ ★ ★




 結局あたしはラヴェルの姿も飛行船の不時着も見届けられないまま、大きな樹の枝にカプセルごと宙吊りにされた。


 しかし……どうしてラヴェルはあたしを嫌っているピータンを預けたりなどしたのだろう? やっぱりこの子はあたしの見張り役なんだろうか?


 あたしの肩に乗ったピータンは、ラヴェルを心配するように飛行船の落ちた方を向いたままだ。よっぽどこの子、あいつのことが好きなのね。


 でも……どうしよう……。


 きっとその内ウェスティはあたしを迎えに来るのだろう。ピータン、見つかったら大変よね? それにあたしはそれでいいの? 十年前あたしを助けてくれたウェスティ。もちろん信じたいし会いたいし……ちゃんとお礼を言いたい。でも昨夜あいつの中に現れた『スティ』は、ウェスティじゃないと本当に言えるの?


 ブツブツ考えながらもあたしはどうにも出来ずにいた。何故なら……眼下の陸地はまだまだ下の方で、扉を開いて飛び降りるには遠過ぎる。助けが来なければ降りられないのだ。


「ユーシィ! 遅くなってしまったね……大丈夫だったかい?」


 突然現れた声に一瞬ビクッとしてしまった。振り向いた先には駆け寄るウェスティ。その刹那ピータンが瞬く間にあたしの腰のポケットに収まった。良かった……この子、ちゃんと分かってるんだ。


「心配しないで。飛び降りておいで」


 とウェスティはあたしの真下で両手を掲げた。僅かに不安は残るが、頷いて足元のロックを外す。開かれた扉からまずはブランケットを押し出し、余裕の出来た空間に真っ直ぐ身を立てた。スッと落ちてゆく感覚が、柔らかく包み込む抱擁に変わった。


「ずっと……会いたかったよ、ユーシィ」

「あっ……」


 受け止めてくれるだけだった筈の彼の腕が、ギュッとあたしを抱き締めて、思わず頬が染まり、全身が硬直してしまった。十年前とは違う情熱的な腕の力。どうしよ……重ねられた胸が熱い。


「あのっ──」


 恥じらうように幽かに揺らぐ小さな声で、ウェスティは慌てたようにあたしを自由にしてくれた。


「ああ、すまなかったね。苦しかったかい? つい嬉しくて……」

「い、いえ……」


 はにかみながら笑うウェスティを見上げて、あたしも吊られたように微笑んだ。


 先程飛行船に現れたホログラムと変わらない見目麗しい姿。それは十年前よりも少しだけ年を経て感じられたけれど、想像していた以上に若く見えた。漆黒の艶やかな長い髪と、薄紫色の宝石のような瞳。身長はあたしより頭二つほど高いから、ラヴェルより頭一つ分、ヒールを履いたタラさんと同じくらい。……って、どんな計り方なのよ……ツパイ・アイガー・タラさん・ラヴェル……みんな無事だろうか? あたしは……これからどうしたらいいの? 何を信じたらいいの??


「近くに屋敷があるんだ。其処で少し休むと良い」

「……はい」


 タラさんのように優しく肩を抱いたウェスティに連れられ、あたしは森の奥へと導かれた。




 ──「ユーシィ、必ず助け出すから」




 ラヴェル……あたしはあんたにとって、助け出す価値が本当にあるの──?




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