[33]巧詐
『ウエスト? そう……思った通り君は聡明だね。私の少ない言葉の中から、ちゃんとキーワードを見つけ出してくれた。ウエスト──あれは君へのヒントだったのだよ。私の場所を示すと共に、私の名前を連想させる……正確にはウェスティだけどね』
「ウェスティ……」
彼の本当の名を呟いて、あたしはハッとラヴェルを見返した。依然厳しい顔色で立ち尽くすあいつが呼んだ名──『スティ』──ウェスティの一部だ。でも……今聞こえる彼の声は音楽のように澄んでいて、昨夕の低い悪意のあるものじゃない。
「スティ……あなたは何処に居る?」
「え?」
今一度ラヴェルがねめつけ問い掛けた先の、ウェスティの姿を目に入れた。十年前と変わらない美しく流れる黒髪、精悍な姿勢。だけど何処に居るって、其処には居ないの?
『もちろん、これはホログラムであって実体ではない……でも近くには居るよ。彼女を君から救い出す為にね、ラウル』
確かに瞳を凝らせば、ウェスティの輪郭は時々震えるように揺らいでいた。それでも声はその映像から聞こえていて、あたかも其処に居るみたいだ。そして……救い出すって……誰を? あたしを!?
『ユーシィ、君は騙されているんだ。周りの人間は皆嘘を言っている。『ラヴェンダー・ジュエル』を盗んだのは私ではない……ラウルが私から盗んだのだよ。私はそれを取り戻しただけ……何故なら私がジュエルの正統継承者──ヴェルの王家アイフェンマイアの血を継ぐ者なのだから』
「スティ……!!」
ラヴェルが初めて吠えるような大声を出した。悔しそうに歪む口元。どういうこと? どういうこと!? あたしはずっと騙されてきたの? そうだ……確かに、絵本に出てきた王様の名はアイフェンマイアだった!
「ラウル、落ち着きなさい。これじゃあ、ウェスティの思う壺ヨ」
今にも映像に殴り掛かりそうなラヴェルに近付き、肩に手をやったタラさんは、今でも変わらぬ自信ありげな表情をしていた。
『タランティーナ、お久し振りだね』
「あら、ワタシを『ティーナ』と呼ぶのはアナタだけだったのに、随分お見限りじゃない?」
長い睫に彩られた妖しい瞳をウェスティに向ける。其処に僅かな淋しさが感じられた。
『そんなこともあっただろうか……とにかくユーシィを返していただくよ。ユーシィ……脱出用シューターで外へ出ておくれ。私が必ず見つけてあげるから』
「えっ……」
そのお願いに思わず三人の姿を振り返り、誰の指示に従うべきなのか迷ってしまった。あたしは……ずっとラヴェルに騙されていたの? それとも嘘をついているのはウェスティ? でも……そんなこと……どっちも信じたくないっ!
「ユーシィ……自分は嘘はついていない」
ラヴェルはそう言って懇願するように右手を差し出した。でもあんたは……沢山隠してきたじゃない!! 自分の気持ちを押し殺して、他人の為に犠牲になって……それを嘘とは言わないの!?
「あたし……あたし、は……」
見える全員から遠ざかろうと、あたしは思わず後ずさりしていた。誰を信じていいのか分からない……誰も……信じたくない? 信じられない??
『どうやら随分と洗脳されてしまったようだね。大丈夫、私がちゃんと元に戻してあげよう。ユーシィ……少し手荒いけれど、強硬手段に出させておくれ。とにかく早くシューターで逃げるんだ。良いね?』
その声と共に突然飛行船が揺れ出した。同時にウェスティの笑顔が乱れ、プツンと画像が消え去った。船首が徐々に頭を下げ、グラスがテーブルを滑って落ちる。
「さすがにダメか……アイガー、ツパのカプセルに入って! ロックしてボタンを押すんだ!!」
寝台を守るようにずっと船尾でこちらを見守っていたアイガーは、ラヴェルの声に即座に反応を示し、途端言われた通りの行動に移った。って、アイガー、いつの間にそんなことを覚えたの!?
「ユーシィ、ごめん……とりあえずシューターで逃げてくれ……タラ! タラも右下のシューター使って!」
「ちょ、ちょっと待って! タラさんがあんたのシューター使ったら、あんたは!?」
斜めに傾いてゆく床を心配しつつ焦燥の色を見せたラヴェルは、あたしの手首を取ってカプセルへと引っ張り寄せた。タラさんは言われたことに頷き、ラヴェルのカプセルに頭を突っ込む。確かにタラさんのカプセルは荷物が詰まっていて使えないけれど、それじゃああんたはどうするのよ!?
「自分はマントを使えるから心配しなくていい。とにかく入って! ロックしてボタンだよ!! ピータン! ユーシィのカプセルに入るんだっ、ピータン!!」
「マント!?」
ラヴェルは答える間もないといった様子でピータンを探し、あたしは強引にカプセルに入れられてしまった。
「あいつ……マントを取りに行ったのか……ユーシィ、ピータンは待たなくていい! すぐ脱出してくれ!!」
「ラっ──!」
あいつの名を呼ぶ前に、扉は閉じられてしまった。仕方なくロックして、シュートボタンを思いっきり叩く。心の準備が出来ない内に、あたしは空を飛んでいた──。




