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ラヴェンダー・ジュエルの瞳  作者: 朧 月夜
◆第四章◆誰が嘘をついてるの!?
29/86

[29]別人

「ユーシィ……」


 知らない声があたしを呼ぶ。とても低い(かす)れた声。か細い視界から夕闇が見えた。いつの間にか眠っちゃったんだ。呼んだのはラヴェルなの? って、あんたしか居ないわよね。


 長細いベンチチェストに預けていた身体が、突然物凄い力でひっくり返された。驚きの声も上げられぬまま、あたしは仰向けにされて、その上には顔の両側で手首を拘束する黒い影が見えた。


「ほぅ……予想より良い女に育ったじゃないか」


 ──!?


 だ……誰?


 悪意のある聞き覚えのない声に、あたしは聴覚以外の機能が麻痺した。昨夜ツパイの就寝中かその前に、強盗でも侵入したのだろうか? でも今の台詞……あたしを知っている素振りだ。


 身体の芯から恐怖が湧き上がって、声も震えも出てこなかった。ただひたすら瞳だけは、()し掛かる黒い人物を見出そうと闇を凝らす。どうしよう……ラヴェル、叫んだら聞こえるだろうか? あのカプセルまで少し距離があるし、扉も閉まっているから聞こえないかも知れない。


「ラっ──!!」

「『ウル』を呼んでも無駄だ。私がその『ウル』なのだから」


 ──ウル……?


 それでも何とか唇を動かし、発しようとしたあいつの名は、知らない誰かの名に置き換えられて邪魔された。ウルって誰? 目の前の人??


「どうやら君には陰になって見えないようだな……親切に明かりを灯してやるんだ。感謝してくれよ……」


 ひゅう、と口笛のような息の音が聞こえ、ポッと右眼の端に仄かな光が生まれた。その光源が照らす真上の人物は……薄紫色の髪の先を、相変わらず黒々とさせている──『ラヴェル』だった──。


「あ……あ……」


 いつの間にか驚きが言葉になって洩れていた。ラヴェルだけど……ラヴェルじゃない? この声、この邪悪な(わら)い……こんな姿、今まで見たこともない!


「ふっ……驚愕の表情もなかなか良いじゃないか。もっとそんな顔を見せてやろうか? ウル」


 ラヴェルの右手があたしの手首から離れ、左手があたしの頭上で両手首を押さえつけた。自由になったあいつの右手人差指は、自由の利かないあたしの鎖骨真中を押し、そのまま胸元へと真っ直ぐ降りていった。


「いっ……ゃ──」


 怖ろし過ぎて声が出ない──。


「いいねぇ、その恐怖。ゾクゾクするよ……そうだろ? ウル」


 どういうこと……? 自分が『ウル』だと言いながら、『ウル』という誰かに問い掛けるような台詞を放つ……ラヴェルの中に別の人格が居るの? じゃあラヴェル本人は??


「愉しませてもらおうか──」


 右手が器用にボタンを外し始めて、あたしは慌てて(あらが)うように身体を左右へ振った。なのに脅威は止まらなくて、()()なくて……耳の真下にあいつの顔が近付き、鼻先を首筋に撫でつけながらスウっと息を吸う。「そう、この香りだ……快感だねぇ」そんな嘲笑うような囁きが聞こえて……嫌だっ、助けて! ラヴェル、ラヴェル! もしいつもの人格が眠っているのなら、早く目を覚まして!!


「……や……めろ……!」


 その時あたしの心の叫びが通じたように、普段のあいつの声が幽かに現れた。同時に襟元を開こうとする指先も直ちに止められた。


「ほぉ……まだそんな力が残っていたか」


 再びの低い掠れた声。ラヴェルの肉体の中で二つの人格が会話をしているなんて……!


「あなたにとっても……大切な女性の筈だ……スティ」


 スティ? 


 そう呼ばれた余裕のある忌々(いまいま)しい音声に対して、ラヴェルの本来の声は(いちじる)しく苦しそうだった。どういうこと? 大切って誰のこと??


「そうさ……この世で一番欲しい女だ。が、その前にお前に味わわせてやろうと言うのじゃないか……私に感謝したらどうだ?」


 その台詞と共に、再び右手が動き出した。露わになったデコルテが、ラヴェルの大きな掌に一瞬触れられ、けれど抵抗を試みたあいつの力で今一度持ち上げられた。


「こんなに心地良いのに。どうしてお前は触れない? ウル」

「……これ以上……彼女に触れる資格なんて……ないからだ……スティ、あなたも」

「──ふん。面白い」


 鼻に掛かった最後の言葉が吐き出された後、急にいつものラヴェルが戻ってきた。もちろんこんな行為の後に、あのにこやかな笑顔が返された訳じゃない。でも瞬間気付く。この雰囲気、本物のあいつだ。


「ごめん……本当に。本当にごめん……」


 ──涙?


 両腕が解放され、チェストの上で脱力したままのあたしの頬に、一雫水玉が落ちてきた。

 それから疲れたように立ち上がったラヴェルは、髪で顔を隠しながら後ろを向き、数歩進んだ先の壁を拳で一発叩いた。


「タラ……早く来てくれ!」


 そんな祈りの叫びを窓の向こうへ吐き出しながら──。




 ■そしてついに!? あの方、登場です♪

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