[27]主従 〈P〉
ロガールさんの戻る頃にはスープは煮えた。無断で野菜を使ったことも意に介されず、ホッとしたあたしは隣室のあいつを呼ぶ。何となく弱々しい足取りだけど、ラヴェルは自力で食卓に着いた。
皆が朝食を始める少し前に、アイガーが扉を押し開き帰ってきた。どうやら一晩中ツパイについていたらしい。あの会話をしてからツパイとは何も話せなかったので、あたしの中には罪悪感が渦巻いていた。次に目覚めた時にはちゃんと謝ろう。そう反省して食事を進めた。
「ラヴェル……もう発つのか?」
「え?」
おかわりの冷たいミルクを頂きながら、その会話に驚く。発つって……そんな調子なのに、もう!?
「休むなら飛行船でも出来るからね。そろそろタラとも合流出来るだろうし……彼女は北路を使っている筈だから、進んだ方が早いんだ」
ほぼあたしへ顔を向けて説明したラヴェルは、それからミルクを飲み干し、更なる問い掛けをするロガールさんを見上げた。
「『タラ』とは?」
「ハイデンベルグの一族です」
「──【彩りの民】か」
ハイデンベルグ? 彩り??
二人のやり取りに、あたしの脳内にはハテナが駆け巡る。頷き肯定したラヴェルにロガールさんは、
「それだけ揃っていれば、よりどりみどりじゃないか」
ニヤリと皮肉のように笑い一瞥した。
「自分には選べる資格などないですから」
ラヴェルはそう言い瞳を伏せる。まったくもう少し分かる会話をしてほしいものだわ。
「そうかね……今からでもアイフェンマイアを継承する道はあるとは思うのだが」
「デリテリートが似合いと思いますので……これ以上は」
「うむ……」
──アイフェン……マイア?
話の繋がりも意味も殆ど理解が出来なかったけれど、その言葉には何故だか引っ掛かる物があった。何だろう……何処かで聞いたことがあるような……ないような??
「……あのっ──」
ロガールさんが渋い声を出して沈黙してから、二人に続きの言葉はなかった。そこであたしは質問しようと口を開きかけた矢先、ラヴェルがおもむろに椅子から立ち上がってしまった。
「ロガール、飛行船のシャワールームは狭いので、出る前に浴室を貸してもらえます?」
「もちろんさ。ゆっくり入ってくるといい」
ああもう、いつも話の腰を折ってくれるんだから~!
こうして再び『訊くに訊けない日常』が始まるように、ラヴェルは湯浴みに、ロガールさんはアイガーと共に家畜小屋の清掃に、そしてあたしはキッチンの片付けに、全員が自分の場所へと流されてしまった──。
★ ★ ★
全てが整ったのはもうお昼近くだった。ラヴェルの荷物は見送りのロガールさんが背負い、白馬の背に乗せられたラヴェルの後をあたしとアイガーが追う。
飛行船は変わらずちゃんと其処に有った。出てきた時と同じように、ツパイは自分のカプセルでぐっすり眠りについているのだろう。
「ロガールさん、お世話になりました」
自分の荷を船内に戻し、ラヴェルの荷物を受け取って、ロガールさんに深くお礼のお辞儀をした。ラヴェルに手を貸して馬から降ろしたロガールさんは、はにかむように笑顔で応えてくれた。
「旅が終わったらまたおいで。たっぷり新鮮ミルクとチーズをご馳走するよ」
「はい、是非! ゴロゴロシチューもお願いしますね!」
「ははっ、あんなので良ければ幾らでもだ。君のスープも美味しかったよ。……じゃあね、アイガー、楽しくやるんだぞ」
そうしてあたしの横に佇むアイガーの前に進み、腰を屈め頭を撫でた。アイガー……本当に一緒に行くのね?
「アイガーの主人はもう決まったからね」
と、ラヴェルは心の声を聞いたように、隣の様子にあっけに取られるあたしへ呟いた。
「主人? って……あんた?」
「ううん。ツパだよ」
「え!」
そ、そうなんだ……? なんでだろ?? あ、もしかして……ラヴェルが倒れた時、一番にアイガーの気持ちを分かってくれたから?
「自分にはもうピータンが居るしね」
そんな嬉しい言葉を投げ掛けられたからか、ふわふわの飛膜をパタパタ盛り上がるピータンの興奮は止まらなかった。もしかして……この子も誰か大切な人を失って、ラヴェルに救われたのだろうか?
「ラヴェル、余り無理はするなよ。ユングフラウも言っただろうが……君に責任はない」
ユングフラウ──ツパイのことだ。ロガールさんもやっぱりラヴェルの行為の意味を知っている。
最後にあいつに掛けたロガールさんの声は、ピンと空気を張り詰めさせた。それでもラヴェルはいつもの淡い微笑を崩さなかった。
「ありがとうございます、ロガール。心には留めさせてもらいます」
軽く握手を交わして船に乗り込む。今一度お礼を述べたあたしも、アイガーと共に奥へ続いた。
「必ず! 必ず全員で戻ってくるんだぞ!!」
手を振るロガールさんの白髭の口元が、そう言ったのを背中に聞きながら──。
◆第三章◆ウシ、ウマ、ヒツジ・・・ヤギにイヌ!? ──完──
※以降は2015~16年に連載していた際の後書きです。
ピータンをこよなく愛してくださり、再び描く気持ちにさせてくださった名瀬ほのか様に捧げます☆(返品不可ですw)
相変わらずの薄いシャープペン画ですので、見づらい場合はイラストをクリックしまして、出てきましたイラストを更にクリックしていただきますと、多少鮮明に表示されます*
LINEのスタンプにしたら売れますかねぇ・・・苦笑。




